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ブログ本筋と記事と。 

 この地で始めた活動をこのブログで書いていくことがどう伝わるか?難しいことになる。

 このブログは「原発現場労働者の叫び」というタイトルなので、この地の社会問題にかかわる運動をどう理解してもらえるのか・・・考えると難しい。

 しかし、私は遊びも仕事も社会運動も境目を持たずに生きているので、まったく同じなのだが、それが中々理解してもらえない。

 遊びも運動も同じってどういうこと? となる。説明も難しい。分かる人にはわかる世界かもしれない。

 でもしかし一応そのことに触れると、
 農業の政策は今は農業者を見捨てている。そこには政治的な犠牲者が生まれる。
 商業に関する政策も今は小規模商業者は見捨てられている。そこに政治的な犠牲者が生まれる。
 勿論労働者は、貧富の差の最大の犠牲者で、日本の中でも膨大な政治的な犠牲者が生まれる。その中に原発下請けの労働者が含まれている。地域的にも多くの政治的犠牲者が生まれている。

 そういう政治的な犠牲者を野党が組織して政治が一方的な流れにくぎを刺す力になる。

 しかし今は、野党にその力が存在しない。上記のような人たちは自民党に組織されてしまっている。だが農業者はそうはいかないし、商業者も一部には抵抗も生まれている。しかしそういう人たちを野党はほとんど組織しきれないのである。そこにこそ抵抗の目があるのに、である。

 わたしがやろうとするのはそういう人たちと一緒に、ある程度のところまで行けないか?と思っているということなのである。

 原発反対、と言わなくても、自然エネルギーを作ることに力を入れてエネルギーの形を変えただけでも、結果的には原発に反対することにつながる可能性はないのか・・・と。TPPに反対する運動が原発反対につながる可能性はないのか・・・と。

 新潟知事選も鹿児島知事選も、実は自民党の支持基盤と言われてきた人たちの反乱である。

 この地でいきなり「原発反対」などと叫んでも、まったく力にならない。だからその力を政治的犠牲者を味方につけることで方向を見いだせないか、と考えている。その力を作ることから始めようというわけである。

 こんなことを書いても理解されないかもしれない。しかし、そろそろ気付かなくてはならない。単に「原発反対」と叫んだだけでは、政治的な勝者にはなれないし、同じ失敗を繰り返すだけである。どこに政治を変える力が潜んでいるのかを考えなくてはならないのではないかと。・・・

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