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渋柿の木に生る柿の実の話 

 舛添東京都知事が、政治資金のハチャメチャな公私混同ぶりが仇となって辞職した。

 当然と言えば当然だし、またか!の感想を持った人は多いと思う。東京都市民の支持はほぼゼロに近い状況であったという。そうして「今度はクリーンな人を知事にしないと・・・」と感想を言っている。

 しかし思い返してほしい。猪瀬前東京都知事が金にまつわる不祥事のため、任期途中で辞職した時の出直し知事選挙でも東京都民は同じことを言って、舛添要一を選んだのである。忘れてもらっては困る。

 今の東京都民は、金の亡者になっていると思う。働きもせずに株での大儲けを追い求め、百円玉がチャリンと落ちればすぐに反応するのに、沖縄に自分たちの安全を守るはずの米軍基地を押し付けて、若い女性が暴漢に襲われて殺されたことなどには一切目もくれず、普段はすっかり忘れている奥深い地方の水源からいただいている飲み水のことも、取水制限になって初めて気が付き、毎日の生活に欠かせない電気も地方に作ってもらっていることも感謝もせず、毎日を金を追いかけることに精根を使い果たしている都民が選ぶ知事などは、金の亡者でないわけがあるまい。

 これからも日本は繰り返しこういう政治的指導者を選んでいくのだ。

 土や根っこが腐っていては良い木は育たない。人の命より金が大事になった日本では、金を追いかけそうな知事の匂いをかぐことが優れている。何故優れているかと言えば、自分たちの中にそういう共通性があるからである。

 東京都民は、自分たちの腐った環境を変えなければまともな知事など選べないのだということを、肝に銘じなければならない。反省すべきは舛添ではない。東京都民である。

 渋柿の木には甘柿はならないのである。

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