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金と理念の闘い。 

 最近よく思うことである。理念についてである。

 ここ高萩市の行政を見ていると、まるで理念と言うものが感じない。何故かと言ったら理念なんかないからなのである。理念なんかなくても政治家は出来る、それが日本なのだ。

 それならば考えが何もないのか、と言ったらそうでもないのだろう。それは何かと言ったら権力にしがみついて金を溜めこむことである。

 世界で一番貧しい大統領、として来日した南米ウルグアイのムカヒ大統領が「金に執着する人は一番政治家になってはいけない。そういう人はそういう仕事に就くべきだ。」と言った。その言葉を政治家や日本人はどう聞いたのだろうか。

 「他人のために何かできたら、自分の家族も幸せになる」というムヒカ氏に対して、「自分のために金儲け出来たら自分だけが幸せ」という政治家が大半を占めている日本では、政治家が悪いことをして懐を肥やした話がしょっちゅうマスコミをにぎわしている。

 理念とは哲学である。哲学のない人間は政治など語る資格はない。そういう政治家は人受けのいい話をして当選すればそれでいいのである。(選ぶ方も選ぶ方だけど)

 学校では言われることに忠実になることが、”良い子”としてもてはやされいるので、自分の考え方を持たずに、そのまま大人になって、政治家になろうと、安倍総理の言っていること、橋元とおるの言っていることを表面上で理解して、真似事をして”過激な発言”をする若い馬鹿な政治家が増えて、それが鼻につく。あほ丸出しなのにそのことにさえ気づかない。

 最終処分場建設の受け入れ問題においても、選挙に勝ったからと有頂天になって、自分の故郷が汚染されていくのに喜んでいる議員などを見ていると、そいつの頭の中には脳みそなど入っていないのではないか、と訝ってしまう。

 最近わたしはそういう理念を持たない政治家が語ることの薄っぺらさが気になって仕方がないのである。

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