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被害者に寄り添うことの意味。 

 福島の昔の知り合いが、様々なニュースを編集してニュースを送ってくる。

 福島県での甲状腺の2巡目の検査で新たに甲状腺ガンと判定された人たちのことをニュースにしている。

 見出しに「泣き叫ぶ」という言葉を使い、ショッキングに伝えている。ただし被害者の会を立ち上げた人には一言の断りもないという。

 各地で放射能被害の問題で、ショッキングなニュースを取り上げる人たちがいる。

 気になるのは、自分では何もしないのに、あたかも自分がその中心であるかのように振る舞う、という態度が見え隠れしていることである。

 そういっては何だけれど、そういうことを探して自分のニュースとして喜んでいるように見えるのは私の偏見であろうか。

 自分では何もしないのに、「放射能でこんなに被害が出ている。それ見たことか。」と・・・

 例えば被害者の会を自分で関わって組織したのならそれもいい、しかしそういう人は面倒くさいことはやらないで、そういうニュースだけをショッキングに表現して伝えることが気になるのである。

 被害者と言われる家庭内を想像してほしい。自分の子供が甲状腺がんに罹患したら、ショックと「誰にも言えない」という葛藤の中で相当に苦しむはずである。だからそういう人たちの心情を理解して慎重の上にも慎重にしないと被害者からはそっぽを向かれてしまう。

 被害者が感じるのは「自分たちを利用しようとしている」ということである。

 前述の事例は、そういうことを被害者に思わせるに十分な危険を孕んでいるということなのである。自分でできないことは自分がやったようには書くな、と言いたい。

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