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宮城県丸森町筆甫地区との交流。 

 一日がかりの交流会であった。

 那須塩原市からは、私たちの、那須塩原 放射能から子どもを守る会から3人、那須野が原放射能汚染を考える住民の会から4人、関谷 下田野地区 未来を考える会から4人、獨協医科大木村准教授、それと筆甫地区からは4人が参加して3時間半にわたって様々交流をした。

 3つの市民団体の内私たち以外の団体からは資料を持参しての参加で、様々な取り組みの話をして、交流を深めた。

 丸森町の筆甫地区と言うのは、地区内住民が260世帯で650名が住んでいるという。Iターン移住者が、16世帯いて4世帯9人が原発事故で避難し、1家族が帰ってきたが、2家族は避難したままであるという。

 ADRへの和解申し入れの取り組みは、線量を測ることさえ「測るな」という電話による圧力が様々にあったという。運動の中心はIターンの2人が中心に進められたという。一人の移住者が「測りたくてしょうがなかった」というから、線量計測を始めて、筆甫地区内だけでなく、第一原発周辺まで計測に行き、全体像をつかんだというから、徹底した調査だったのだろう。

 そういう取り組みの継続から、地区内は徐々に纏まって行って、「お金の賠償」となることで、90%がADRの和解申し入れに参加したという。(これは那須塩原市も同じ)

 結果、福島県内の30キロ圏内以外の扱いと同じ(18歳以上8万円、18歳以下40万円、自主避難者の経費40万+20万円)で和解になった。

 今は筆甫地区で、ベクレルを測る170万円の計測器を備えて、常に測れる体制を備えていて、測って食べるのがごくごく普通に住民の中に浸透しているという。

 避難したり留まったりは、其々の判断でしているが、そのいずれの判断にも批判はないという。自然に受け入れているのだろう。そうならざるを得ないのである。

 まとまりのある地区であること、移住者が16世帯もいたということ、こういった取り組みには様々な抵抗もあるが、その抵抗も一度破れると一気に動いていくのである。

 寄り集まりの地域よりも、保守的と言われる地域の方が周りを考えて立ち上がりにくいぶん、一度立ち上がるとずーっと強いものになっていくように感じるのは私の勘違いだろうか。

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