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福島県の甲状せんがんの内訳。 

 福島県の原発事故当時18歳以下の人たちの甲状腺検査の責任者である、福島医大の鈴木伸一教授が、2巡目の検査の内訳について公表している。

 福島医大で手術が行われた125例のうち、男女比では、男性44例、女性81例で、男1に対して女性1.8の比率。左右両葉手術は4例のみ、残り121例は片葉飲みの手術である。

 乳頭がんが121例で最も多く、低分化がんが3例、その他が1例であった。

 次に腫瘍の大きさが1cm以下が43例、1cmから2cmが31例、2cmから4cmが2例、4cm超または甲状腺被膜浸潤が49例となっている。

 次にリンパ節の転移が97例と多い。そのうち中央部での転移が76例、頸部に広がって転移が21例、

 リンパ節転移なしは28人で、甲状腺の皮膜から外に広がる経度甲状腺外浸潤は49例、1cm以下でリンパ節転移もなく甲状腺がや遠隔転移していないケースはわずかに5例であったという。

 鈴木教授は質疑の中で、手術後に再発している患者がいることを認めている。

 腫瘍を観察した結果、大きさが縮小しているケースはなく、むしろ大きくなっていると述べている。

 鈴木教授は相変わらず「昆布を食べているから大丈夫」とか「スクリーニング効果」を主張して、「原発事故による放射能由来ではない」ということを言い続けているが、放射能由来かどうか、という結論の出ないはなしは一旦棚に上げて、単に甲状腺がんが多発していることを原因からではなく、結果を観察していく必要があると思う。

 鈴木教授は「甲状腺検査の選択制」を主張して、出来るだけ検査の縮小をして、甲状腺問題の社会問題化を避けたいのだろうが、図でに174例に達した甲状腺がんの現状は、放射能と関係あろうがなかろうがどうしようもない現実なのに、と思う。
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ブログ本筋と記事と。 

 この地で始めた活動をこのブログで書いていくことがどう伝わるか?難しいことになる。

 このブログは「原発現場労働者の叫び」というタイトルなので、この地の社会問題にかかわる運動をどう理解してもらえるのか・・・考えると難しい。

 しかし、私は遊びも仕事も社会運動も境目を持たずに生きているので、まったく同じなのだが、それが中々理解してもらえない。

 遊びも運動も同じってどういうこと? となる。説明も難しい。分かる人にはわかる世界かもしれない。

 でもしかし一応そのことに触れると、
 農業の政策は今は農業者を見捨てている。そこには政治的な犠牲者が生まれる。
 商業に関する政策も今は小規模商業者は見捨てられている。そこに政治的な犠牲者が生まれる。
 勿論労働者は、貧富の差の最大の犠牲者で、日本の中でも膨大な政治的な犠牲者が生まれる。その中に原発下請けの労働者が含まれている。地域的にも多くの政治的犠牲者が生まれている。

 そういう政治的な犠牲者を野党が組織して政治が一方的な流れにくぎを刺す力になる。

 しかし今は、野党にその力が存在しない。上記のような人たちは自民党に組織されてしまっている。だが農業者はそうはいかないし、商業者も一部には抵抗も生まれている。しかしそういう人たちを野党はほとんど組織しきれないのである。そこにこそ抵抗の目があるのに、である。

 わたしがやろうとするのはそういう人たちと一緒に、ある程度のところまで行けないか?と思っているということなのである。

 原発反対、と言わなくても、自然エネルギーを作ることに力を入れてエネルギーの形を変えただけでも、結果的には原発に反対することにつながる可能性はないのか・・・と。TPPに反対する運動が原発反対につながる可能性はないのか・・・と。

 新潟知事選も鹿児島知事選も、実は自民党の支持基盤と言われてきた人たちの反乱である。

 この地でいきなり「原発反対」などと叫んでも、まったく力にならない。だからその力を政治的犠牲者を味方につけることで方向を見いだせないか、と考えている。その力を作ることから始めようというわけである。

 こんなことを書いても理解されないかもしれない。しかし、そろそろ気付かなくてはならない。単に「原発反対」と叫んだだけでは、政治的な勝者にはなれないし、同じ失敗を繰り返すだけである。どこに政治を変える力が潜んでいるのかを考えなくてはならないのではないかと。・・・

思わず言い過ぎたかな? 

 12月いっぱいまで市民団体の要望を聞く時間はない、という小田木真代市長。

 就任の言葉を見ると「市民のために、市民とともに」と決意を書いている。しかし実態はほとんどの市民団体とは話をしないという。今日の要望書の提出も、役員3人で実施したが、担当役員が対応するのみであった。

 要望書は「市が予定している道の駅構想に、地元農産物の加工場の併設を求める」ことと、「レストランを作って地物無農薬野菜を使うこと」の要望と、「乳製品の加工場を併設して作って、高萩ブランドとする」こと、そうして、その為のプロジェクトチームを市の中に作って、市民のアイデアを持ち寄って、市民参加型の道の駅にすること、というのが1点。

 2点目は、市内の買い物難民解消に向けて、JAの移動販売が山間部のみなのを、市内の中にまで市の補助金を使って広げる工夫をしてほしい。ということである。

 道の駅は遠くの住民をも引き付けるコンテンツ(中身)がないと、地産地消だけでは埋没してしまって、逆に市民の重荷になっていく可能性が高い。

 そのために、無農薬野菜のレストランで他の道の駅との区別化をすることと、最近特に品薄感のでている国内産乳製品の加工品をブランド化して、そこに行かなければ手に入らないものを作っていくという、作るまでは苦労するが出来上がるものは独自性にあふれているものにしていくということなのである。

 市長は「やるかどうかは検討してみないと分からない」と言っている。今はコンサルト会社に市の予算を使って調査している段階である。「決めるのはコンサルト会社なのか?」と聞いたら、中央から来た青年部長はシドロモドロで、「議会が決める」というので、「市長ではないのか」というと「議会の承認を得ないとできない」と・・・

 私が聞いているのは誰が事をリードするのか、ということである。全然答えになっていない。まーしょうがない。期待が出来ないから要望するのだから・・・

 ちょっと驚いたのが新聞記者が2人来ていたが、秘書課の課長が「記者に言ったんですか、こういうのは市から言うことにしているんです。」と言ったっことだった。「言うかどうかは市に決めてもらうことではないでしょう。」と言ったが、記者は取材もせずに帰って行ってしまった。マスコミまで統制しているのだなーとびっくりした。

ご無沙汰のブログ記事 

 PC操作が疎くて自分のブログに入れない状態が長引いていたが、何だかいじっていたら繋がったので、活動報告を兼ねて書いてみたい。

 ここ高萩市で住民グループの結成をした。団体名を「農・食・人セーフティーネット」と言って、私が代表に就任することにした。

 役員体制は代表・副代表・事務局長・事務局次長(財政兼務)で、各方面の方々にアドバイザーの就任して頂いている。各方面と言うのは、農業関係・行政区長・青年会議所・商店会・一般住民など等・・・

 それで趣旨は、ここ高萩市内の農業者・商業者の活性化を目的にしている。読者諸君は知っていることと思うが、農産物の自給率は40%以下と言う惨状で、加えてTPPはここ高萩市内の農業も崩壊に陥れかねない。

 商業地はご多分に漏れず「閉店ガラガラ」の状態で、日中店を開けて電気をつけていることさえ厳しい商店が沢山ある。

 その現状に活を入れたいと思う。

 団体は、各方面にアイデアを示して要望をする活動を中心にしたいと考えている。

 ここの市長は右翼集団、「美しい日本国憲法を作る国民会議」のメンバーで、市内の現状を憂いて何とかしようなどという意識は微塵も感じられない。

 多くの人たちに、私のアイデアを話して歩いたが、大半が市長に批判的な声であった。それも自民党内部の人間である。

 その人たちと繋がって行けないかどうかを模索中である。ある意味では自民党の中にあって政治的な犠牲者でもあるのである。行き場のない怒りを一つの方向に集約できれば、この地の政治の在り方をある程度まで変えることが可能である。

 その道筋を作っていくためには、農業者と商業者を元気にするアイデアと決意を私自身が持たなければならない。そう考えている。

 明日25日は一回目の要望書を市に提出する日である。可笑しなことに市長は「12月まで市民の要望とか会見などが詰まっていて、まったく時間が取れない」と断られた。流石は市民のほうを向かず、安倍政権だけを向いている市長らしい。徐々に徐々に盛り上げていくことを考えている。
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