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日本人の人権意識、オリンピックを見て。 

 オリンピックを見てあきれ返り、うんざりしたことがあった。

 それは女子レスリングの吉田沙保里選手が決勝で敗れて銀メダルに終わったことを嘆いている姿である。「日本選手団の主将なのに金メダルを取らなければならないのに取れなくて申し訳ない・・・」と言うのである。

 そんなことが無駄な緊張を生んで普段の力を発揮できない背景になっていたらしい。個人の個がない話である。

 成人したバカ息子が犯罪を犯して親が出てきて謝罪する姿も、あほらしいと思っているのだが・・・

 為末大氏が「外国選手は自分のやり方について感想を言うのに、吉田選手の対応には違和感を感じた。」と言っていたが、同感である。いい年をして自分の人権意識もなく、個を発揮できない空気を気味悪がって見ていたのだろう。

 自民党の若い代議士が「戦争をしたくないという利己的なやつがいるのが許せない」という趣旨の発言をしてバッシングを受けて自民党を離党したが、こいつは吉田沙保里選手をべた褒めしていることだろう。

 こういうことの積み重ねが日本を悪い方向に悪い方向にと動かしているのだと思う。嫌なものを嫌と言えない空気と言うのが蔓延しているのである。

 翻って、体操個人総合を争ったウクライナの選手が、最終競技を残してトップを走っていたが、最後の種目で内村航平選手に逆転されたことを巡って記者団から「内村選手は審判団から好かれているから金メダルになったのではないか」と質問されたことに、「無駄な質問だ、内村選手と自分が金メダルを争えたことが光栄なことだ」と内村航平かばったことが報道されたが、見習ってほしい。

 吉田沙保里には、銅メダルを取るために4年間努力してきた選手や、銀メダルを誇りとしている選手に対して、極めて失礼だということに気付いてほしい。

 マラソンで転んだ相手を気遣って助け合った話や、カヌー競技で銅メダルを取るために人生をかけて臨んだ感動話がある陰で、オリンピックを見ていて、この吉田選手の涙くらい気分の悪いことはなかった。ええ加減にせんか!
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状況によっては放射能より怖いもの 

 放射能が目に見えなく、それが尚更人々を不安に陥れていると思いますが、目に見えない不安は放射能だけに限らないという話。

 毎月定例的に開催している座談会でその話をした。

 アメリカ、モンサント社が恐怖の農薬、ネオ・ネコチノイド(7種類)を売りまくっています。その農薬はヨーロッパ各地でミツバチの神経系を破壊し、アメリカでも日本でも(時に北海道)ミツバチの巣の崩壊を引き起こし、石川県ではアキアカネの全滅という現象を起こしている。

 このモンサント社はベトナム戦争で”枯葉剤”を振りまいて多くの犠牲者をだし、ラウンドアップという除草剤では世界中から嫌われて、その経験のノウハウで、ネオ・ネコチノイド系農薬を世に送り出している、人殺し会社である。(日本では日本モンサント社)

 ヨーロッパ各国では禁止する国が相次いで、売れなくなったネオ・ネコチノイドを日本と韓国に売りまくっている。

 葉物野菜に時に大量に使われるこの毒薬は、ホウレンソウでは今までの13倍に残留農薬基準を緩和した。日本の馬鹿ぶりだ。

 更に、モンサント社は遺伝子組み換えというとんでもない野菜を世界中に広げようとしている。農産物の加工品として雪崩を打って日本に出回って、チョコレートが、アイスクリームが、スナック菓子が、油類が、「基準以下は表示義務なし」と出回っているのである。まったく目に見えていない。

 これから先、TPPによって何もかもが自由に出回って、文句をつけようならば、「TPP違反」「憲法より強い法律TPP」「ISD条項違反」に日本は支配されるのである。

 目に見えない恐怖は放射能だけではない。いま私たちの身近なところに氾濫しているのであり、これから益々氾濫していくのである。

原発事故時の避難計画に思う。 

 鹿児島県の三反園知事が、鹿児島川内原発の避難計画に対して、見直しをしている。

 避難計画の具体性を見てみたら、避難先も指定されていることすら分からなかったり、多くの住民が避難することが現実的には無理だったり、問題点が浮き彫りになりつつあるという。

 避難計画の非現実性の最たるものに、国が基準を示している、原発事故が起きたときに、原発から5キロ以内の住民には避難命令を出すのに、それより以遠の住民には、500μsv/毎時以上の放射線が観測されるまでは自宅待機しろ、という命令をすることになっているが、その地域の住民に話を聞くと、60%の住民が「すぐに逃げる」と答えている。事実福島原発事故でも30キロ圏内はほぼ100%の住民が避難した。

 福島県の場合、50キロ圏内もの多くの住民が一時的だったりの事例も含めて、大半の住民が避難を経験している。

 因みに500μsv/毎時という放射線は、500×24時間×600日=7.2svになり、その場に1年8か月いると、100%の人が死ぬ放射線を浴びることになる。

 1年くらいなら問題ないかと言ったら4.3sv(4.300msv)になり、これまた大半の人間は命の危険にさらされることになる数値である。

 こんな国の「自宅待機」などというバカげた政府の指示を信じて従っていたら、自分の命も守れないのである。原発事故の放射線は、家の中にいれば、内部被ばくは防げるが、外部被ばくはほぼ防げない。

 よくよく考えてみると、声高に「原発反対」と叫んで煙たがられるより、この現実を訴えて、「知事として避難させる自信がない」と訴えたほうが、人々の共感を得るのだと思う。「東京から250キロ以内の原発の再稼働に反対」などと言っても、有権者には”必要悪”としてしか響かないが、東海原発の事故を想定した避難の話ならば、誰しもが納得できるのではないだろうか。

現地視察同行案内 

 一週間ほど前、東京から6人ほどが双葉郡の現状視察に行きたいので、案内を兼ねて、色々と話を聞かせて頂きたい、ということで、2日間同行した。

 普通に見るだけならばそれは自分で想像するだけなのだが、私がそれに若干の説明を付けたすと、それは一つの物語になるのだろう、「色々なことが分かって良かった」という感想を聞くことが出来た。

 その日の夜は、原発事故問題を振り返ってもらって、更に今の問題を考えて頂いて、加えて原発事故が、いつでも自分たちの周りで起こりうる自己であることを、もう一度考えてもらった。

 その日の夜と次の日の午前中は交流を中心に、今の社会の在り方、自分たちの運動のありかた、人との関わり方、など意義深い話し合いをすることが出来た。

 私はかねがね、原発事故を特殊なものではなく、日常自分たちの周りに共通するものであり、その日常の矛盾に気が付かなければ、本来の意味で、福島原発事故から学んだことにならないのではないか、と思っていたので、多くの人間の前での話ではない今回の案内が、その話をするまたとない機会であったので、とてもよかったと思っているのである。

 実は今回私が6人の方の前で話した内容は、あらすじが、11月に頼まれている、立教大学での講義の内容にと考えているものなのである。

 若い人たちに、今の社会の中に潜んでいる問題に気付いてもらうきっかけになる話をしたいと思っているので、その試しの内容にもなっていた。もう少し内容を深めて行きたいと、今考えている。
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