スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

金と理念の闘い。 

 最近よく思うことである。理念についてである。

 ここ高萩市の行政を見ていると、まるで理念と言うものが感じない。何故かと言ったら理念なんかないからなのである。理念なんかなくても政治家は出来る、それが日本なのだ。

 それならば考えが何もないのか、と言ったらそうでもないのだろう。それは何かと言ったら権力にしがみついて金を溜めこむことである。

 世界で一番貧しい大統領、として来日した南米ウルグアイのムカヒ大統領が「金に執着する人は一番政治家になってはいけない。そういう人はそういう仕事に就くべきだ。」と言った。その言葉を政治家や日本人はどう聞いたのだろうか。

 「他人のために何かできたら、自分の家族も幸せになる」というムヒカ氏に対して、「自分のために金儲け出来たら自分だけが幸せ」という政治家が大半を占めている日本では、政治家が悪いことをして懐を肥やした話がしょっちゅうマスコミをにぎわしている。

 理念とは哲学である。哲学のない人間は政治など語る資格はない。そういう政治家は人受けのいい話をして当選すればそれでいいのである。(選ぶ方も選ぶ方だけど)

 学校では言われることに忠実になることが、”良い子”としてもてはやされいるので、自分の考え方を持たずに、そのまま大人になって、政治家になろうと、安倍総理の言っていること、橋元とおるの言っていることを表面上で理解して、真似事をして”過激な発言”をする若い馬鹿な政治家が増えて、それが鼻につく。あほ丸出しなのにそのことにさえ気づかない。

 最終処分場建設の受け入れ問題においても、選挙に勝ったからと有頂天になって、自分の故郷が汚染されていくのに喜んでいる議員などを見ていると、そいつの頭の中には脳みそなど入っていないのではないか、と訝ってしまう。

 最近わたしはそういう理念を持たない政治家が語ることの薄っぺらさが気になって仕方がないのである。
スポンサーサイト

調子こいてるあほ議員たち。 

 自分が勝ったわけでもないのに有頂天になって、議会の全員協議会の中で議長が「町長当選おめでとうございます。」と発言したり、別なあほ議員が「反対派の候補者を破ったんだから、最終処分場建設をどんどん進めるべきだ。」と発言したり、と、勝って兜の緒は緩みっぱなしのようだ。

 新聞論調も「来月にも町や行政区と協定書」「年内にも廃棄物搬入」と囃し立てて矢継ぎ早に手を打っている様である。

 900票差という結果がそうさせているのだろう。

 どーも投票率が変である。事前のマスコミの予測は70%だったのだが、74%を上回った。270票くらいだろうか、マスコミの予測よりも多かった。

 噂が出ている。作業員などの楢葉町外の人間を300人近く住民票を移動させた、というのである。予想以上の投票者がそっくり当てはまる。

 事前のマスコミの予測は「仮設住宅は挑戦者の演説を聞きに来ている住民の数が50%程度多い。」と言っていた。しかしふたを開けたら全くの逆なのである。自民党公明党が全力を挙げた闘いではこういうことまでやるのだろう。

 あとは、仮設住宅中心にしか訴えられないはずなのに、現職は仮上げ住宅に多くの訪問をしている。何でいるところが分かるのか。途中仮設住宅への訪問をほとんどやらない時間があった。訝っていたのだ。

 ところで、町長選挙が負けたから最終処分場問題は終わったかのように言うのは見当違いである。まだ決着がついたわけではない。負けた、と持った時が負けなのである。早速看板を出そうと思う。

楢葉町一歩会で看板を作ろうか、と言う話。 

 闘いは、負けと思った方が負けである。町長選挙の敗北は途中経過である。

 それでなのだが、楢葉町一歩会として大きめの看板を作ろうかと考えている。目的は、町長選挙を共に戦った人たちが敗北感に打ちひしがれているので、折角できた”仲間”を大切にしたいのである。少しでも元気を付けて、今後の闘いに突き進む人たちを動かしたいのである。

 以下にその看板に書く文面の(案)を載せてみたい。

放射性廃棄物の最終処分場建設に異議を唱える。(表題)

 放射能汚染により、双葉郡には人の住めないところが沢山あって、放射性廃棄物の最終処分場を作るところは幾らでもあるのに、人の住むところに最終処分場建設を受け入れる、と権力者は言う。
 それなら言いたい、「本当にそう思うのならば自分のところに作ればいい!」と。しかしそういう人たちは「自分のところに作るのはダメ!」という。他人のところに作るのは良いのに自分のところに作るのは駄目、などという自分勝手な言い方があるか、と憤慨する!
 自公連立政府は「何億円もお金をくれるから最終処分場を受け入れろ」という。町の権力者はそれに屈し、故郷楢葉町の自然を売り渡すという。そうして再び楢葉町を汚染させるというのか。
 私たちは未来の子供たちに誓う。
 金の力にも、権力にも屈しないで、故郷楢葉町の自然環境を守るために頑張ることを。
 私たちは未来の子供たちに伝えたい。
 あなたたちに引き継ぐ自然を守るために闘った大人たちが、2016年ころにいたということを。

                                                        楢葉町一歩会

 と、まーそんなところである。これから相談する。

 賛同してもらえるならば、協力してもらいカンパを募りたい。そうして更に何か所かに看板を作って行きたいのである。

 反応がどうなのか、これを見た最終処分場受け入れを言っている人たちがどう思うか。面白い。

定例座談会で交流 

 那須塩原 放射能から子どもを守る会では毎月第3水曜日を座談会の人決めている。

 今はだいたいテーマを決めてやっているのだが、今回は福島県で甲状腺がんの被害者の会を苦労して立ち上げた、行動代表に会津地方から来てもらって交流した。

 今回は若干いつもより多い10人位が集まった。那珂川町の自然環境を守る会からも2名が来てくれた。

 那珂川町では産業廃棄物処分場が作られ、その中に㎏8千ベクレル以下の放射性廃棄物が捨てられようとしている。色々と真剣な表情で深刻な感じで参加していた。

 肝心の甲状腺患者の会との交流の中では、参加者から「裁判をやるべきだ」「そうして世間に訴えないとならない」「裁判は市民の権利なのに躊躇するのはおかしい」という結構強い意見が出た。

 福島から来てくれた共同代表をしている人は「いまそれをやったら闘いきれない。潰されてしまうし、何よりもまだ組織されていない人たちが内に籠って、運動が広がらなくなってしまう」という見解を話していた。

 それは人とぶつかって経験則から言っている話なのであるが、裁判を主張するほうは、観念的に○○であるべきだ、という論陣を張る。問題は、作られてすぐに、裁判まで出来る力がついているかどうか、という判断なのである。その力がなければ裁判などやっても逆に相手を利するだけなのである。

 やがてその闘いが出来るかどうかは、今後の被害者の会の行く末にかかっている。だから今は重要な準備期間と思うしかないのである。

 今被害者の人たちは、地元の医者に行っても「医大に行け」と言われ、医大に行くと「甲状腺に何でも関係あると思うな」と帰宅させられるという話もあって、とても簡単に公表できるような問題ではない。

 県や国は「裁判をするのではないか」とピリピリしているという。

 ここはまずしっかりと準備をして戦いに備える時期となっている。

結局はどういう生き方をするかと言うこと。 

 楢葉町長選挙は、指定廃棄物最終処分場建設受け入れの撤回を求めて闘ったのだが、結果だけを見ればその戦いは敗北である。

 同様の想いを抱いて闘った人たちは落胆している。

 この闘いを振り返ると、処分場予定地近くの行政区の反対陳情、とそれに伴う「楢葉町一歩会」の反対運動(ビラ・ノボリの掲出と議会請願)そうしてその流れでの町長選挙である。

 町長選挙は候補者の個人的な性格もありとても難しかった。

 それでそれならば今後どうするか、ということである。降参して現町長の権力の前に屈して生きていくか、と言ったら、これまでの流れからしてそうはいかない。

 町長選挙は闘いの中間地点である。だから今回の町長選挙を次の闘いの土台とすることが重要である。

 一つ目は、今回の選挙でともに戦った人たちを「楢葉町一歩会」の仲間に誘うことが必要と思う。事実議員が「もっともっと増やそう」と言ってくれている。現在の65人を、4~5倍くらいに増やして、社会的影響力を付けていきたい。

 今考えていることの二つ目は、看板を作りたい。

 そこに一歩会の理念を書きたい。楢葉町をどうしたいのか、それを書きたい。

 そもそも現町長は、「指定廃棄物の最終処分場は作らなくてはならない」と主張しているのだが、それならば「自分のところに作れ」と言いたい。幾らでも作る場所はあるのに、人の住むところに作るのは「苦渋の決断」という。しかし自分のところに作る、とは言わない。

 この主張のどこに理念があるのか。私に言わせれば、理念がゼロである。

 そこに私の理念を強くぶつけてみたい。「未来の子供たちに残したい楢葉町の将来像」である。

 闘いは途中である。町長選挙が負けたら終わりではない。これからが本番なのである。

楢葉町長選結果に思う。 

 楢葉町長選挙の結果は、現職松本幸英2689票に対して鈴木伸一1767票で、勝負としてはワンサイドであった。

 現職は自民党・公明党が強いスクラムを組んで(安倍自民党・山口公明党の両代表が共に楢葉町にテコ入れに来た)そこに社民党が自主投票だったこともあり、本人・家族が選対の入って(秘密裏に)最終処分場受け入れの現職を応援したこともあり、圧勝した。

 我々の方は、最終処分場の受け入れ見直しを掲げて戦ったが、敗北した。

理念のない戦いのもろさ

 私は政策作りに奔走した。二人+1人で作ってきたが、相手候補を凌駕するだけの中身を作ることが出来たと思うが、候補者はその政策についていけなかった。

 何度か話す内容などレクチャーもしたが、あちらを立てればこちらが凹み、の感で、頭隠して尻隠さず、で切りがなかった。

 最終処分場問題も政策としては、中間貯蔵施設に持ち込む、ということを主張していたのに、個人演説会では「協定書の中身の充実」と主張し始めて、現職候補と同じことを言い始めていた。

 聞けば「町長になったことを考えると、実現が難しいから。」という答えで、なれるかどうかも分からない”町長の椅子”を意識して演説する始末で、レクチャ-仕様がなかった。

 最初は「最終処分場受け入れのやり方が許せない」として立候補の決意をしたと言っていたのに、いつのまにか町長になっても出来ることしか言えない、とどこかで変わっていた。これでは有権者の心をとらえることは出来ない。

 もともと理念が弱い。だからちょっと状況が変わるとすぐに主張を変える。なので人に伝わらない。

 これでは自公の連立に勝利できない。

 しかし一方で、戦うことで町民の中にある反発も示すことが出来た。これが今後の運動の基盤となる。そう考えると投票者の40%位と言うのは決して少ない人間ではない。

残り2日楢葉町長選挙勝算の行方。 

 昨日は時間が空いたので、楢葉町長選挙の随行宣伝カーに乗車してきた。

 仮設住宅中心の宣伝と、遠く会津地方にある(新鶴村)仮設住宅の宣伝へと出かけた。

 仮設住宅は住民の大半が高齢者である。立会演説会をしようと仮設内を呼び掛けて集まってくる人たちを見ているとよくわかる。そうして集まるのに時間もかかる。

 今回の立会演説会では候補者は「ここまでの町政運営を見ていたら、重要課題である避難指示解除や最終処分場建設受け入れを独断で、町民の意見も無視して進めていることに危機感を感じて、町政の流れを変えるために立候補を決意した。」と、原点に返った話をした。決して”立て板に水”のごとくの演説とは言い難い。しかし、言いたいことは伝わったのではないかと思う。

 現職町長は演説が上手い。そのことのみの評価ならば敗北は決まってしまう。口が上手いというのは決して良い側面だけではない。
「避難指示と避難解除は国のやること。町は関係ない。町がやるのは帰町宣言だ。」「中間貯蔵施設の撤回は私の実績だ。」と盛んに話していたが、流石に避難解除は町とは関係ない、は通用しないと思ったのか、言わなくなった。

 話べたでも、人間性として言っていることに嘘はない、と思われる方がずーっと良いのである。

 現職の運動員は自分たちが良い思いをした(金が入ったり良い地位についた人たち)中心になっている。正直に言って「気持ち悪い」し、自慢話が多すぎるし、派手すぎる。総決起集会は600人位を集めたらしいが、150人はゼネコン関係者の町外の動員だという、自民党の大物を呼び寄せてのやり方で、圧勝すると言っているというから、上滑りする雰囲気がプンプンだ。

 ただ一つ心配がある。「一生懸命にやってきた、まだ若いのだから1期で辞めさせるのはかわいそうだろう。」という声が多いことである。日本人は人情論に弱い。

小出さん講演会実行委員会での総括会議。 

 小出裕章さんの講演会の聴衆の目標は600と大風呂敷を広げたので、200人と言うのは失敗だということになる。

 呼びかけ・宣伝が圧倒的に弱かった、と言うことになるのだが、何故かと言ったら実行委員会の内容にも問題はあった。ほとんどの実行委員が”他人任せ”で自らは行動をしていなかったのだから、まともに人が集まるわけはない。だからその問題点をはっきりさせれば反省はそれですむ。

 だが問題は、実行委員其々がそう認識していないということなのである。

 自分たちがやったことと言うのは、自分たちの言うことをいつも聞く人たちが相手である。その枠から一歩も出ていない。だから集まるのも、その人たちが集められるのはその人たちの関係者、ということになる。

 例えば、隣の市の9条の会、という人たちは「いままでどんなに集めても40~50人、多くて60人しか集まらない。200人も集められてすごいですよ。」ということを言っていた。

 地元でやってもその程度しか集められないのは、その程度の取り組みしかやっていないからである。せいぜい小出さんの講演会のその人たちの関係者は30人位なのだろう。

 困ったことにその人たちぃは、講演会当日は、会場前の入り口で、安保法案反対のチラシと署名活動をしていたので、私は「主催者の前でやるのは困る、趣旨が違う、受け付けの後にブースを作って、前に出ないでやってください。」と注意した。

 人集めの苦労は何もせずに、美味しいところを全部頂いて、というこの態度は、他人の家の中に土足で上がるようなやり方であり、許せなかったのである。

 この内に籠ったお山の大将的体質は、放射能汚染という住民共通の課題を、一部の人間の専売特許にしてしまっているのであるが、そのことに気付かないから本当に始末が悪いのである。

 前にも書いたが、小出さんの講演会は200人の3分の1強70人位が「ポスターを見てきた」と答えている。つまりは”関係者でない普通の市民”である。

 呼びかければ普通の人も来るのである。呼びかけないから来ないのである。そのことが今回の講演会ではっきりしたのである。私から見たら大きな成果である。

那須塩原 座談会に会津から・・・ 

 那須塩原市の、 那須塩原 放射能から子どもを守る会では、2011年6月に会を発足してから基本的に毎月第3水曜日に座談会を開いている。

 こんなにも長く続いていくのも大変なことだと思うが、しかしこの座談会は今までに何回もマスコミの取材を受けてきた。それだけ珍しいということでもある。

 今月は20日が第3水曜日なので、その日に開催するのだが、そのテーマを考えていた。最近のテーマは甲状腺ガンの問題が避けて通れない問題になっているのだが、今月は福島県で甲状腺の患者の会が作られたので、その共同代表者に来てもらって交流をすることにした。

 共同代表だからもう一人がいるのだが、それは河合弘之弁護士なのだが、もう一人が私の知り合いで、2カ月に一度WGとして共同で勉強会をしている会津地方の人なので、その人に来てもらうことにしたのである。

 両方の組織に共通するものがある。それは保護者・被害者に徹底して寄り添うということである。

 だから甲状腺ガンが見つかることを「それ見たことか、言ってた通りだろう。」という態度はとらない。宣伝には相当に慎重である。それでも盛んに注目されてしまう。不思議なことだが宣伝を派手にやるほど注目を浴びない。宣伝を派手にやる人は自分で運動をやらない傾向が強いのである。だから誰からも注目も浴びない。当たり前と言えば当たり前なのである。

 20日の交流が楽しみである。

楢葉町長選挙告示。 

 
 7日の日は楢葉町長選挙の告示があった。予想通りに現職(松本幸英)と新人(鈴木伸一)の2人の立候補による一騎打ちの選挙戦の火ぶたは切って落とされた。

 賠償の事、除染の事、最終処分場のこと、学校再開時期の事など等対立点は多数あるが、私としての最大の課題は勿論エコテックへの最終処分場受け入れ撤回問題に尽きる。

 現町政は、国や県との関係を重視するあまり、住民の意向を無視しすぎたのである。だから賠償も原発から20キロ圏内の他市町村との間で不動産の賠償に於いても半年の差を付けられた。更に多くの住民の反対を押し切って国の避難解除を受け入れたということ。そのことが住民が避難解除から半年を経過しても6%程度しか戻っていない状況を生み出し、賠償に於いても楢葉町だけが不動産の賠償額に差を付けられることになったのである。

 そうして何よりも、20キロ圏内で自治体として避難させられた町村で初めて町丸ごとの避難解除を受け入れた”トップランナー”(現町長が言っている言葉)であるにも拘らず、住民が住むところに最終処分場建設の受け入れを決めてしまったということが、住民軽視の今の町政を表している。

 これから残り9日間の選挙戦で、楢葉町民はどの道を選ぶのかが決まる。私は勝算は我にあると踏んでいるのだが・・・

 なにせ選挙に弱い私の読みだからあてにはならないのだが、そうなるはずである。

投稿17回目。 

 東京の三多摩と言う所の情報誌(政党の)への避難者としての投稿を依頼されて、一度の字数が1800字を基本とする原稿を送っていて、この前送ったので17回目を数えた。ざっと書いた字数が3万を超えた。

 何だか時々書いていて「あれ?この文章は前にも書いたのではないか?」と思ってしまったり、書いていても気づかない時もあったリする。

 避難を始めたときから17通りのことを書いているわけで、本当にこの原発事故と言うのは多方面に様々な問題を起こしているのだなーと思う。

 私は、避難生活を始めてから、那須塩原市では 那須塩原 放射能から子どもを守る会の運動に関わり、ここ高萩市では 放射能から市民を守る会の運動に関わり、そうして故郷楢葉町では住民組織を作って様々な問題提起を町にしてきて、今は最終処分場建設の受け入れを巡って町長選挙に関わっている。政党のWG(ワーキンググループ)のメンバーとしても活動している。

 何だかこんなことを書くと自慢げに聞こえたら本意ではないので謝らなくてはならないが、要は自分が住んでいるところと住んでいたところ、というキーワードになる。本当はそのすべての活動を見てもらわないと私のことは分からないのだが・・・

 それで投稿なのだが、原稿受付の担当者から「今この原稿を載せたら載るころには町長選挙が終わっていて、情報として変じゃないか」という指摘を受けた。

 だがこの種投稿は、その時々の状況下で人が(自分が)どう動いたのか、そういうことを知ってほしいと思う。だから注釈をつけて載せてもらえれば、その時々に住民がどう動いて、政党がそう動いて、私が何を訴えて活動したかがわかり、評価もできるのではないか、とそう思う。とそういうやりとりを担当者とした。

 担当者は、「分かりました載せます。町長選挙の結果が出たら教えてください。」ということだったので、町長選挙の結果はすぐに知らせることにしたのであった。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。