スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

北茨城市、14年度公表の中で3人が甲状腺がん。 

 福島第一原発事故で降り注いだ放射能汚染による(ヨウ素131)健康影響調査の一環の、甲状腺エコー検査を、茨城県北茨城市は実施しているが、14年度の検査結果を公表した。

 事故時に18歳以下だった7669人を対象にした検査で、内希望者3593人が検査を実施した。

 5.1ミリ以上のしこり(ニキビのようなもの)20.1ミリ以上の嚢胞がある「要精密検査」「至急精密検査」が74人で、そのすべてを検査した結果、3人が甲状腺がんであることを公表している。

 茨城県北部は、ヨウ素131(甲状腺がを引き起こす原因物質)が比較的に多く振りし注いだと言われている。

 ちょっとガンのなっている人が多い感じを受けるが、それもたまたまなのか今の段階で分からないことが多い。

 検査を担当した機関の医師も「今の段階で放射能の影響とは考えにくい」と発言している。

 市長は「今後も適切な時期に検査を実施していきたい」と話している。

 今の段階で確定的な発言はしにくいのも事実だろうから、経過を見守る以外に方法はない。途中で検査をやめないで続けることが求められているわけである。
スポンサーサイト

福島第一原発の津波対策、人為的ミス。 

 朝日新聞「プロメテウスの罠」シリーズの中で、福島第一原発の津波対策が如何に不備で、意図的なものであったのかが詳らかになっている。

 検察審査会は2回目の議決で3人を、「起訴すべし」という結論を出しているが、検討段階の資料に一冊の本が登場する。著者添田孝史氏の「原発と大津波 警告を葬った人々」という本である。

 その中で明らかになっていること。

 1.日本原電の東海第2原子力発電所が、津波を受けながら全電源喪失に至らなかった理由は、2007年に茨城県が延宝房総沖地震(1677年)を元に、独自の津波浸水予測を公表して、これを受けて日本原電が津波水位を解析して、それまでの4.86㍍の防潮堤を、6.11㍍㍍にかさ上げしたために被害を免れた、のである。(ちなみに東日本大震災の時の津波到達水位が、6.11㍍の50センチ下である。予測は5.72㍍でほぼ合っている。)

 2.同様に太平洋に面している東北電力女川原発は、1号機の設計時に、専門家を交えた議論で慶長三陸地震(1611年)などを考慮して、敷地の高さそのものを15㍍にしていて、13㍍の津波の被害を免れている。(福島第一原発は10㍍)

 3.東京電力は、政府の地震調査研究本部の「今後慶長三陸や、延宝房総沖地震のような起きる確率を今後30年で29%」という忠告も無視し。
 保安院の耐震安全室長(小林勝)が、11年3月7日東京電力の担当者を呼び出し問いただした際、担当者は「08年に2つの津波水位をはじいていた。一つは政府の長期評価を元にした最大15.7㍍などの数値。もう一つが貞観地震・津波を元にした予測9.2㍍と言った数値。小林勝は「早く工事しなきゃダメだよ、と言った」とある。
 東京電力の社内文書にも「津波対策は不可避」との記述があったという。

 そういった様々な忠告や指摘を無視し続けた結果が、おの忌まわしい事故なのである。

 当時の東京電力は徹底した金儲けに突っ走っている。当時の清水正孝社長は、資材課の出身で(それまでは総務課や企画課)徹底したコストカットで社内評価を得て社長になった人間である。社内のあだ名が「ミスターコストカッター」という。安全に金をかけない人間だけが評価される風土が出来上がっているのである。

 津波対策を東京電力としてどうするかという対策会議の中で、今回強制起訴が決まった武藤栄と福島第一原発所長の吉田が防潮堤のかさ上げに反対している。特に吉田は「(原発だけ)津波対策をしたら、地域住民の理解を得られない。」と言っている。防潮堤を高くすると、その周りに水が回るから、という理由での発言である。地域住民に吉田所長の言葉を聞かせてみたい。何というであろうか。

 今回の検察審査会の強制起訴の対象は(勝俣恒久・目黒一郎・武藤栄)の3人しか名前が上がっていないが、当然この中には吉田所長が加わるべきなのである。故人となって罪を免れていることが残念である。

期限のない再稼働に不安があるのです。 

 大分前にこのブログに書いたことなのだが、日本は原発の廃止を政府は言っていないで、ドイツは20年後(?)の廃止を言っているが、現実は、日本は(当時は)原発が一基も動いていなくて、ドイツは○○基動いている。これは民意の勝利ではないか、と。

 今日本では、川内原発が再稼働され、次から次と再稼働の準備をして待っている。ドイツよりも少ない原発の稼働でもその拒否反応は強い。なぜなのかを考える。

 拒否反応の理由の一つが「○○年まで稼働して、その後廃炉にする。」という方向が示されていなくて、単に再稼働する。だけというのがあると思う。

 つまりいつまで稼働するのかの際限がないのである。40年は50年になり60年になる。それで終わりとは言っていない。100年でも安全と言えば稼働するというのが今の政府の立場である。事故が起きない限りは安全となるのだから、100年以上でも可能なのである。つまり必ず事故が起きるまで稼働するわけである。このことに不安を抱かない人はそれこそ変なのである。

 もう一つは事故が起きた場合の責任を誰も取らない、という不可思議さである。責任がないから安全対策などを取らずに会社が儲かって、自分が評価されるやり方しかしないことになる。

 安全対策などをして自分が会社から睨まれて、出世の妨げになるようなことを誰がやるだろうか。誰もやらないのである。まったく安全対策などしなくてもだれも責任など取られないのだから、当然と言えば当然だろうと思う。

 こうやって日本では国民の意見は汲み取られることがなく、原発の再稼働は進められていくのである。

 再びの大事故に向かって。

小心者の70年談話。 

 戦後70年の談話を巡って、反省・侵略・お詫びetc などをどうするのか、様々に検討したのだろう、結果は出しても出さなくてもいい”談話”になった。

 何のための戦後70年の安倍談話なのか、そもそも出す必要はあったのかどうか、それさえもあやふやになった筋肉も骨もないどうでもいいものになってしまった。

 「戦後50年60年の村山・小泉談話を踏襲するだけなら意味がない。」と言っていたのに、その談話を引き継ぐことまで言ってしまった。

 想像するに、国際的環境、集団的自衛権を巡る攻防などが、”言いたいことを言えない”プレッシャーとなり、あのような結果になったのだろう。

 何故、そんな情勢など関係なく自分の言いたいように言わなかったのか、なんという小心者なのかと思う。

 「先の大東亜戦争は(安倍総理は大東亜共栄圏の実現と言う発想だろうから、こういう認識のはず)アジア諸国の開放を目指して行った戦争である。したがって、侵略ではない。勿論アジア諸国に謝罪することではなく、寧ろ感謝されることである。私は戦後レジームからの脱却をめざしているが、それはとりもなおさず、戦前の日本を取り戻すことである。美しい国日本を取り戻すために、集団的自衛権を国会において一日も早く成立させ、・・・」と正々堂々内外に向けて言わないのか、なんと情けない談話であったことか。

 言いたいことを言ってみればいいのである。集団的自衛権の言い訳などばかりしているが、「日本を守るために、1億総玉砕の覚悟をもって、中国・北朝鮮と戦おう。」と言ってみればいいのである。そうして圧倒的多くの国民の熱狂を勝ち取らずに戦争などに進めない。

 「国民が戦争に行くことは絶対にありません。」等という嘘などをつくから、誰も納得できないのである。

 勿論ここまで書けば分かると思うが、安倍総理は「とてもじゃないが、そんなことを言ったら自分も日本もめちゃくちゃになって持たない。」と自覚しているから言えないのである。そうなのである、そんなことを出来る環境ではないのである。そのことが戦後70年の安倍談話をみているとはっきりと分かるのである。

 こんな小心的な対応で、本当に日本を集団的自衛権を行使する国に出来ると思っているのか、笑止千万である。

原発・消費税・塩谷町・戦争法案に共通する”理論”? 

 前のブログで、学生のデモを批判する「感情的で理論的でない」と批判する記事について書いたが、もう一度触れたい。

 まず学生デモを非難する意見は「デモが”理論的でなく”筋道を立ててやらないと、感情論に見えて(ダメ)」という、自分を理論的で理性的で、筋道を立てて考える人間、ということを言いたいのであろう。

 しかし、デモで、理性的で理論的で筋道を立てて示威行為としての行動をするなどというのを見たことがない。看板もものすごい面倒くさいものになるし、そんなデモなど実際はあり得ない。歴史的にみてもそんなデモなど見たことがない。

 一般人がそんなデモなどしても誰も振り向かないのではないだろうか。

 批判者は、理性的・筋道を立てるというのであれば、それくらいの歴史や現実に言及しないもの可笑しいのである。

 こういう一見もっともらしい批判が、日本では必ず起こり、立ち上がった学生を攻撃する材料になっていて、周りから潰されて、日本ではなかなか学生などが立ち上がることが難しいのである。

 これを他の事例に当てはめてみると、「消費税に反対するデモは感情的で、負担が増えるのが嫌だとしか言ってない。もっと理論的に・理性的に筋道を立ててやるべきだ。」となる。この批判者は自分が消費税に反対か賛成かを言っていない。上記の批判者もそうである。

 原発反対のデモについても、「原発反対のデモは感情論が目立つ、単に放射能が嫌だと言っているだけではだめだ。理論的・理性的の筋道を立ててやるべきだ。」となる。この批判者も自らの原発に対する意見を言っていない。

 放射能汚染に対して様々な運動をしている人たちも、単に放射能汚染のリスクを減らしたい、と行動していることが多いが、「感情論ではダメだ、線量はどの数値が危険なのか、ベクレルはどこまでが基準なのか、理論的に筋道を立てて訴えないと、科学的な議論は大切だ。」という主張は多い。

 栃木県塩谷町の指定廃棄物最終処分場反対の闘いも、「原発いらない○○の会」のメンバーから、「感情的に反対しているだけではダメだ、塩谷町の運動が原発に反対していないのは引っ掛かる。」という批判をしていたので、私は猛烈に反論をした。

 「何で自分の故郷が放射能に汚染されるのは嫌だ。」ということが批判されるのか分からない。そんな批判をする権利があなたにあるのか、と・・・

 こういう批判をする人間は男に多い。「自分は理論的に筋道を立てて考える人間だ」と言っているわけなのだが、男が陥りやすい・・・

 実は、政府が様々な政策を出してくる場合、必ずこういう人間を分断するため、取り込む仕掛けを”難しい課題”を織り込んでしているのである。これに乗っかって「理論的に、筋道を立てて」と言った時から政府の土壌に乗っかってしまっているということに気づかない。いや気づいていて言っているのかもしれない。何といっても理論的なのだから。筋道を立てれば見えてくるのである。

南米ベネズエラのテレビ局からの取材。 

 会津にいる友人からの要請を受けて、南米ベネズエラのテレビ局からの取材を受けた。

 話す言葉はスペイン語で、勿論通訳付きなのだが、インタビューするおじさんは杖を突いた人だった。

 カメラマン・スタッフは内股で若干男らしさを欠いていた。

 そんなことはどうでも良くて、事故当時の状況・避難の仕方・何が自分にとって困ることか・今後の見通しなど等インタビューを受けた。

 あまり聞いてばかりいると訴えたいことが言えないので、「最後に一言良いですか」と言って、「9月五日に国の避難指示が解除されるが、まだまだ、医療環境・買い物・住む家の修復などの戻るための環境が整っていないのに、政府は形だけの避難解除をしているので、本当の復興などはまだまだ整わない。」ということを言った。

 内股のカメラマンは「あなたの言っていることは、とても大切なことだ。」と言っていた。

 楢葉町一歩会の活動についても資料を持参して、子供を守るための活動の内容について話をした。

 内股のカメラマンは「あなたのやっていることはとても大事なことだ。」と上目使いで言った。そのころは杖を突いたインタビュアーは遠くにいて話を聞いていなかった。

 何と言ってもスペイン語が飛び交い、通訳の人が訳してくれなければ何を話しているのかさっぱりわからないので、インタビューが始まるまで10分以上も、通訳なしで知らない言葉でやり取りしているので、暑いし、何をしているのかわからないし、じりじりしていたら、通訳の人が「座って話したい。バックのい風景が悪い。」と言っているという。

 日本人のスタッフが簡易椅子を2つ持ってきて、場所を変えたらものの1分で問題は解決したのだった。何だかどんな番組になるのかわからないが、ベネズエラと言えば、チャベスが大統領だった国なので、協力したのだったが、とても疲れたのであった。





川内原発再稼働に思う。 

 ついに川内原発が再稼働した。福島第一原発から最も遠い原発でもある。

 このことに様々に思うことがある。そのうちの一つの考えを書いてみたい。

1、国策なのに何故「地元の判断」なのか。経済的に依存度が高まっている地方・過疎の原発は、地元では止めることが出来ない。

2.国策である原発は、国策として原発に代わる産業・企業を示さないと、原発から抜け出ることはできない。

3.政府は十分そのことを分かっているので、再稼働の条件つくりの方法として「地元の同意」を利用している。

 私は、経済的には原発に依存せざるを得ない双葉郡で、事故までの経緯を見てきたので、今回の問題の背景が見えるように思うのである。

 このことを原発に反対する人たちが分かるということが重要だと思う。仮にだが、自分の会社が社会的に問題を起こしたとする。そのとき「自分はこれから先どうなるのだろう。仕事は続けられるのだろうか」と不安になるはずである。決して会社内部では「こんな会社つぶれてしまえ。」とはなりにくい。

 原発政策は国策なので、国民の反対の声が続くこと、大きくなることが重要で、今回の再稼働がむしろ国民の反発をかって、次から次と再稼働にならないようにしなければならないと思う。そのための一翼を担っていきたいと思う。

ここ高萩市に小出裕明さんを呼びたい。 

 1年前の4月19日、那須塩原市で小出裕明(元)京都大学原子炉実験所助教を読んで、多くの聴衆を集めて講演会を開いたのが、あれやこれやと忙しかったこともあり、遠い前のことのような気がする。

 ここ高萩市の「放射能から市民を守る会」の企画会議で、来年3月の原発事故から5年目の行事をどうするか、という話になった。

 私が小出先生と知り合いと言うこともあり、「呼べないだろうか」という話になったわけである。勿論出来るだけやる、という約束をした。

 遅くなったら約束できなくなる、と思い立ち早速メールで小出先生に要請。

 そうしたらまざまざと前回の苦労したことを思い出させられた。小出先生は半年より後のことは約束しない、という小出先生の不文律の中で生きているのである。

 前回は東京の講演会場まで出かけて、約束してもらおうと接触したが、同じことを言われて、暫し待たされたのである。

 今回それを忘れて先走ったことを恥じながら、9月が来るのを待って行動を起こしたいと思っている。

 何度もメールでやり取りをして、この地の実情を小出先生に熟知してもらい、意味のある血の通った講演会にしていきたいものである。

上から目線で批判には違和感。 

 戦争法案・安保法案・集団的自衛権など呼び方は様々だが、それは政府が本当のことを国民に隠して、戦争が出来る体制を作ろうと思っているから生じる反応なのだと思う。

 今日の朝日新聞の「声」欄に、気になる主張が2例並んで出ていた。

 一つは、高校生のデモを後押ししている、という72歳の女性の投稿、もう一つは、感情論振りかざすでもは疑問、というもの。24歳の大学院生。

 主張は自由である。しかし、「何だか安倍首相はやばいよね。」「国民が戦争に巻き込まれる恐れがあるのに、国民の声を聞かないで決めるのは納得できない。」という、大学院生が言うように少し理論的ではない、今まで声を上げなかった若者が声を上げたと思うのであるが、それを「理論的ではない。」と批判する人間の、感覚を私は嫌う。

 言ってしまえば、その主張は「戦争に行きたくないという身勝手な主張は、戦後教育の間違い。」とブログで書いた、本当にアホな国会議員が言っていることと、結果的な効果は変わらない。

 批判している本人からすれば、「教えてやっている。」という上から目線の、自分は頭が良い、と認めさせたい行動なのだろうが、私はこういう上から目線の批判が嫌いだ。感情的に反対を唱える人たちが出るのは、そういう対応を安倍政権がしているからである。

 大きく言って今回の戦争法案には3つの反応があると思う。
 1つは、戦争につながりそうで嫌。 2つは、憲法違反までしてやるのがダメ。 3つは、国民の意見も聞かずに強引にやるのが許せない。ということと思う。それが混ざり合った国民の声が盛り上がってきているものと理解している。良いも悪いもない。そういう反応が出ているのである。批判することではない。

 理論的に反対運動をすることも勿論大切だが、だからと言って、感情的に反対を唱える人たちが批判されるいわれはない。自由なのである。自分は自分で他方を批判せずにやることをやっていればいいのである。

 72歳の女性が「後押ししている」と言ってるが、何故そう言えないのか。

 私は、若者たちが立ち上がっていることを心から喜んでいるのである。

東電幹部に検察審査会再議決。 

 原発事故が起きた原因が天災か人災か、誰に責任はあるのか、双方のせめぎ合いが続いているが、検察審査会は、強制的に起訴すべきと結論を出した。

 前にこの制度が問題になったのは、小沢一郎氏収賄の罪で起訴すべきかどうかということだったと思うが、この時も再議決で強制的に起訴された。

 しかし裁判の結果は無罪。(個人的には無罪ではないか、と感じていたことだった。)

 今回の検察審査会の2回目の「起訴すべし」という議決は当然だと思うが、2回目にでる結論は強制的にでも(検察庁が反対しても)起訴すべき、というものだ。

 国会事故調の議事録でも、3人が「30年以内20%の確率で16メートル近い津波に襲われる」と専門家から指摘を受けても、「周辺住民に理解を受けられない。」「津波は来ない。」として、対策を怠ったことの責任が問われているのである。

 過去400年で3回大津波が発生し、東北の海岸線を36メートルもの大津波が襲っていたものを、今後30年に限ってデータ化した数値を指摘していたものなのである。それを東電幹部は無視したわけである。

 実はこの会合にもう一人犯罪的行為を行った幹部がいる。英雄と称賛された吉田福島第一原発所長である。

 「周辺住民に理解が得られない。」というのは、吉田所長の言葉である。その意味は、「原発だけに対策したらその水が回って周辺の津波が高くなる。」というとんでもない理由を付けて対策は必要ない、と結論付けさせたのであるが、それは吉田所長なのである。

 生きていたら、是非ともこの人物も裁いてほしかったと思う。

那須塩原市に陳情書提出。 

 放射能から子どもを守る会の活動の一環で、市の議会に陳情書を出すことに。

 陳情は① 甲状腺エコー検査は現在守る会で実施しているが、住民の要望が多いので、市として本人に低額の負担を求めても実施してほしい。 ② 除染を0.23マイクロシーベルト/毎時以上の解消に向けて実施してほしい。(努力してほしい) ③食品検査の継続をしてほしい。という3点に絞っている。

 原発事故による放射能被害から4年半年が経ち、運動も非常に難しくなってきている。それは出来ることも分かってきているが、出来ないことも分かりつつある中で、何を求めていくのか苦慮することが多い。

 陳情書は、守る会の代表がお一人で纏めているが、困難なことも多く、頭が下がる。

 もう4年もすぎると、一人一人の放射能に対する構えと言うか、考えも決まりつつあるが、しかしどうしてもはっきりしないことがある。

 例えば、放射能の線量基準をどこに持っていくのか、という1点でも、0.23マイクロシーベルト/毎時でどうなのか、というと議論すればするほど分からなくなっていく。それで安全だなどと言う根拠などどこにもないのである。

 ならばいつまでも「ゼロにしろ」とだけ言っていればいいのかと言ったら、それでは何にも前には進まない。何も改善はできないわけである。

 だから、少しでも環境をよくしたいと思ったら、市との妥協も考えながら陳情を纏めざるを得ないわけである。

 だって事故で失った腕は元には戻せないし、それで暮らしていく方法を考えていくしかないのだから、その為の方法を考えようというのである。

 そんなことを考えながら、地道地道に進んでいくしかない。そうしてそれは、リスクをゼロにはできないという現実社会の中に生きていくものの宿命なのではないかと思うのである。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。