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6.28に向けて始動 

 つい3日ほど前に那須塩原市に出向いて、6月28日に実施予定の、「海の放射能汚染と食生活」という演題の講演会の準備をしてきた。実施主体は、那須塩原 放射能から子どもを守る会である。

 栃木県が内陸ということもあり、海産物に対する心構えと言うものが難しい土地柄なので、そういう勉強をしようと言うことである。

 講師先生は、一人は木村真三准教授(獨協大学 国際疫学研究室 室長)で、木村先生は、相馬・双葉漁協の人たちと一緒に海の魚を採り、放射能ベクレル検査を実施しているという、実践者としての報告をしていただく。

 もう一人は、青山道夫教授(福島大学 環境放射能研究所)で、青山先生は、海水を中心に放射能ベクレル検査をしている研究者である。青山先生は魚種の放射能汚染の特徴についても話していただけると思う。

 更にさらに、もう一人できれば漁業者からも実態的な報告を頂ければ良いと思っている。

 今、海の放射能汚染について、これ以上の報告・講演会は無理と思う。ついでに言うと、青山先生は、国の原子力規制庁の海の放射能汚染データの提供者でもあるわけで、これ以上の適任者はないと思っている。

 それで、その講演会を裏方で担当するのが私なので、3日ほど前に那須塩原市に出向いて、那須塩原市と教育委員会の後援申請と、大田原市と教育委員会の後援申請に出向いたのである。残念ながら、大田原市の教育委員会は、1日では無理で、後で守る会の代表に行っていただいた。

 協賛のお願いも2か所にしてきた。両方ともにOKで、特に一つの団体からは1万円の協賛金まで頂いた。

 後援の許可が下りれば、ポスターの製作を会員の有能な方にお願いし、様々に(マスコミ・市の広報・公共機関など等)宣伝をお願いし、200人以上の聴衆に来て頂けるように取り組んでいきたいと思っている。

 今回は実行委員会とかではないので、那須塩原 放射能から子どもを守る会、単独での取り組みであるので、私のやり方如何で、結果が出るので、頑張らねばと思うのだが、5月頃には楢葉町で、子どもを守るための町民決起集会のようなことを考えているので、実を言うと、体がもう一つ欲しい、と言ったところである。
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被害者を追い込める者。 

 私が常々言っていること、「私たちは避難した被害者だが、(避難していない)皆さんは避難していない被害者で、どちらも同じ被害者だ」ということ。

 だが、時の権力者や、立場的優位のものからは、常に嫌がらせう受ける。

 水俣病の認定に当たって、水俣病患者は、医者から「認定してほしくてうそを言っているのか!」という言葉を投げつけられて、まともな治療も受けられず、認定からも除外され、苦しみぬいていくことが報告されている。

 昨日仮設住宅に行って、知り合いと様々な話をしていたら、「共立病院に行って、わき腹が痛くてそのことを話したら、医者から、何だ薬が欲しいのか、と言われた。」と口説いていた。

 当人曰く「別に薬が欲しいことなんか何もない。医者からは悪いところはどこなのか聞かれ、それに応えたらそういわれた。」という。

 つまりこの話の根本的なことは、医者にすれば避難者は医療費が無料だから、薬もただなので、金を払う必要がないので、「卑しい気持ちのお前は、ただだから何でも欲しがっているのだろう。」と言いたかったわけで、言われた方からすれば、自分は乞食ではない、ただで欲しくて言ったのではなく、ただ痛いところは痛いと言っただけなのに、そんなことを言われて悔しい思いをした。と言うことである。

 今の社会は、支配するものと支配されるものとが分かれている社会なのだから、差別があって支配があるのは社会の成り立ちのようになっているのだが、何が悪の根本なのかも考えずに、表面の現象を見て、避難者に悪口を投げつける医者の人間的な底の浅さには、閉口するばかりである。

楢葉町商工会に協力要請・・・ 

 昨日は、以前から要請していた、楢葉町一歩会への協力要請に会長と二人で行ってきた。

 商工会は、総会員数が200以上に及ぶという。様々な商店や企業が入っているわけである。昨日は理事会なので、7~8の商店会や企業がいた。

 我々は相手が誰だろうが、言うべきことを言うだけなので、何一つ臆することはない。我々の主張は「子供が安心して暮らせる環境を創ることなくして、楢葉町の復興はない、ということ。そのための団体である。

 やんわりと始まった質問だったが、徐々に本質が現れる。「個人としては賛成だが、商工会の会員の中には(200以上)第2原発の再稼働に賛成もいるので、団体としては難しい。」という意見を皮切りに、一挙に”商工会としてはできない”という流れに・・・

 この、商売があるから、という主張の、切り札は東京電力であった。東京電力は商工会会員でもあるわけであった。

 東京電力は「私らが意見を言うのはどうか・・」と前置きして、「個人的な意見だが、団体としては難しい。個人的には良いと思うが・・・」と言ったのである。

 一歩会の主張には加えて「町は一つになって、この難局をなり超えなくてはならないと思っている。町内で対立している場合ではない。大人の責任として、子どもを守るために出来る限りのことをしていきたいし、それが大人の務めと思い活動している。」と。・・・

 商工会は、言葉を変えていえば、「個人としては、子どもを守ることに賛成だが、個々の会員がまとまっては反対だ。」「会員の企業では「子供の命よりも、金儲けの方が大事です。」という極論になるわけである。

 今の社会を象徴しているこの主張は、切り札が東京電力と言う,この内容にふさわしい企業なのであった。

廃炉の理由 

 美浜1、2号機及び敦賀1号機の廃炉が決まったという報道が流れた。加えて、玄海1号機と島根1号機も廃炉になる方向なので、合計で5機が運転40年を控えて廃炉になるという。

 福島の場合もそうなのだが、原発建設当初は、そのほとんどが50万キロワット程度の、今から言えば小型の原発建設であった。

 電力会社が今回廃炉を決めたものは、すべて小型の原子炉である。そうして電力会社が廃炉にする理由と言うのが驚く。

 「安全対策に費用をかけて再稼働しても、採算が取れない」からだというのである。当初決められていた30年の寿命にプラス10年と言う老朽化、とかが理由ではないわけである。

 この廃炉の理由を別な言葉で言えば「老朽化していても、採算が取れる原発は、たとえ危険でも再稼働する」ととれるわけである。

 その証拠に、結局、高浜原発1,2号機と、美浜原発3号機などは、運転開始から40年近くになるが、50年→60年に向けて再稼働を申請中である。80~100万キロワット級の原発である。

 因みにその線で見ていくと、福島第2原発も東京電力は再稼働を目指しているし、東海第二原発も37年が経過しているが再稼働を目指している。

 私が前から言っていることだが、「どこまでやるのか」が明らかではなく、ひたすら原発運転を、採算の面からだけ主張していくというのは、必ず福島第1原発の二の舞になるわけである。怖いのは止めることのできない原発は、いつか、は分からないが、必ず破局に至るということを、準備しなくてはならない。

 このままの流れで行くならば、自民党と公明党の政権の思うがままに進み、仮に、変わった次期政権民主党も、原発を止められないので。(電力会社の労働組合から圧力がある)止めようがないわけだから、破局は免れない。広島→長崎のように・・・

楢葉町議会、全会一致! 

 楢葉町一歩会として、楢葉町が帰還宣言を出す予定の、今年の”春以降”という最後の議会であった3月議会に向けて、町内にある既成の団体に協力要請をして臨んだ請願書が全会一致で採決された。

 10項目の要請項目(子供を守るための項目を中心に、木戸ダムの湖底除染や、さらなる環境中の除染、福島第二原発の廃炉などを盛り込んだ請願は、若干の委員会での整理を受けて(9項目に整理)決定されて、13日の本議会でも全員一致で採決がされた。

 これで、関係省庁に決議案が送付される。

 実は、除染や、第二原発の廃炉については、議員の中には反対するものが2~3人いたのである。だが、それらの議員も、住民グループから出された請願に対しては、反対できなかった。それで、全会一致となったわけである。

 私たちには、時間的余裕というものがないので、町長が帰還宣言を出す前の行動はここまでになる。

 来月町長は、楢葉町がいつ帰還するかという時期を示さなくてはならない。何年何月を帰還の時期とするのかは分からない。しかし、私たちの行動が、一定の効果があったと信じたい。

 考えられる、帰還宣言の時期や宣言内容について想像するに、今年の○月、と時期を言うか。また、来年の○月を延ばした時期を言うか。はたまた、早ければ○年○月まで、帰還を実現させたい、と言うか。更にさらに、来年の春以降に目標を先送りするか。いずれかの中に入ってくるのだろうな・・・と思う。

 さて、帰還時期を先延ばしにできれば、楢葉町一歩会の運動も、工夫が出来る。会員の拡大も可能で、今回は老人会のみが協力団体として名を出したが、その他の団体も対策が可能である。商工会は27日に理事会を開くので、一歩会に説明に来てほしい、と要望されているし、区長会も今の会長のように逃げ回らない人が就任すれば、協力を取りつけることも可能であろうし・・・

 更に、厚みを増した一歩会は、流れによっては、決起集会のような取り組みも可能になるわけである。何がどうなるか分からないから、そこに運動の楽しさがあるわけである。

色々あって立て込んでました。 

 ちょっとこのところ、ブログに手を付けられなかった。しょうがないのである。

 それで、今日は楢葉町の議会に(委員会)行って、楢葉町一歩会として議会に出した請願の説明に行かなくてはならず、その準備をしながらのブログの更新ということになる。そのことは後で報告したい。

 7日はここ高萩市で、講談師として名を馳せている、神田香織さんの講談があって、400人ほどが集まったのだけれど、神田さんの前段に、避難者からの報告ということで、20分ほどの話をする機会があった。

 20分というのは難しいが、被害の実態の一部を話して、楢葉町のアンケートに答えた、10代の子供たちの声の中から、友達や家族地域社会のすべてを奪われたことに対する怒りの声を紹介した。(故郷・友人を奪った原発が大嫌いだ、と。)

 自分の意見でもあるが、それを直接言うと伝わりにくく、そういう声を紹介するというのは人の心に伝わるような気がする。

 9日には立教大学の社会学部から要請を受けて、「1時間ほど自分のことを話せ。」と言われ話した。何だか分からないが、6人ほどの研究者なのだろうか、教授、などという名刺も頂いたけれど、期待に応えられたのかどうかは分からないが、私を呼んだ先生が(この人も教授なのだ)周りから「本にした方がいい」などと、言われているのを聞いて、何とも身の置き場がなかった。やめてくれー! と。

 13日は獨協大の木村真三准教授との打ち合わせ。(6月28日の講演会)

 14日は福島での原発事故から4年目の集会行かねばならない。16日には頼まれて水戸市で100人ほどのところで1時間ほどの話をしろというので、出かけることに・・・何だかしばらくは気が休まらない。

 会いたい人もたくさんいるのだけれど・・・

賠償金と避難者の運動と。 

 今日の朝日新聞に、避難者と避難者を受け入れる人たちとの分断や、避難者同士の分断についての記事が載っていた。

 分断の背景は賠償金の問題だという。住んでいる地域や、家族構成や、避難前の不動産、仕事、など様々な条件によって賠償金額には大きな差が出ている。それば感情的な対立となって、深刻さを増しているという。

 私は朝日新聞が一面に、避難者の賠償金額について具体的に書いてあったので、(4人家族で1億5千万円、又は1億円)電話をして抗議した。私が感じる実感とはかけ離れた数値を一方的に報道することは、いたずらに数値が独り歩きし、避難者が無用に、犯罪者のように、隠れて暮らすようになることを恐れたからである。

 新聞記事には、いわき市のあるスーパーのレジで、いわき市民が大きな声で「避難者は賠償金をいっぱい貰っているから、たくさん買い物をするんだ!」と叫んだ、ということが出ていた。

 それを聞いた楢葉町の住民が、「怖くなって、自分が避難者であることを知られないように気を付けた」とあった。

 魔女狩り的に、避難者への感情が爆発したのだろうが・・・

 私は、この感情に、避難者として理解できる。話をしてみたいと思う。そうして、もしも私がいわき市に住んで、動けるのならば、ぜひともやってみたい運動がある。

 それは双葉郡民を中心にした、「いわき市民に正当な賠償を求める、双葉住民の会」というのを作って、広く訴えたいと思う。「あなたたちいわき市民は、原発事故の被害者なのだから、国や東電に対して賠償を求めましょう。」と主張するのである。双葉郡民がやることに意味がある。

 東電の賠償を受け取る権利は、避難者だけに限られたことではない。当然避難はしなくても、被害者であることには違いがないのである。被害者同士でいがみ合うべきことではないのである。

 これは私が以前から言っていることでもある。
双葉郡民が、いわき市民の苦しみを理解しないと、分断に立ち向かうことはできないのである。
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