スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

町長との話し合い。 

これを町長を追い落としたいと考えている人たちには読ませたくないので、ちょっと全部は書けませんね。
それを頭に入れてみて頂かなくてはならないわけである。

当日は私の知り合いと、数人で話した。
① 国からは、来春以降の、“以降”を外せ、と盛んに圧力がかかっている、ということ。

② しかし、楢葉住民が帰還するための家が1000軒近くが解体の希望、と、その倍近くがリフォームを希望しているのに、まだまだ整わないので、来春の帰還は、とても難しく、無理なこと。

③ 自分に反対している人たちが、自分の家庭の中のことをあれやこれやと宣伝して批判している。自分には反論の場もない。悔しい思いをしている。耐えるしかない。町民に寄り添って頑張っていれば、いつかは町民は理解してくれると思って頑張るしかない。と言っていること。

④ 私が、昨年の原発廃炉作業に伴う瓦礫の処理で、放射性物質が飛散して、北西方面に飛んで米から基準値越えの放射能が検出された件で、双葉郡内の汚染がどうなっているかを、原子力規制庁のデータから、楢葉町にも飛来していることを示したら、町長は知らなくて、町民はマスクもせずに放射性物質を吸い込んでいるのではないか、と指摘して、「調べてみる」「聞いてみる」と答えたこと。

⑤ 私には、苦労しながらも、町長が町民サイドに立って頑張っていると思えたことは、大変重要な話し合いであったという事。

そんな事を感じた話し合いであった。
スポンサーサイト

放射能による影響に関する意見交換会に参加して。 

昨日栃木県の、表記のパネルデスカッションを聞いてきた。感じたことを2点。

1点は、有識者会議のメンバーのいい加減ぶりが目立ったということ。住民グループの「この地㎡4万ベクレルを上回る場所は放射線管理区域で、18歳以下は入っていけないところ。」という主張に、有識者会議メンバーが「平方cm4ベクレルを指で救ったところにあるかないかが基準」と訳が分からないことを言い始めて、専門家からも反論され、撃沈したこと。

更に、福島県の甲状腺検査で、年数が過ぎるほどに罹患率が増している、という住民グループの主張に、有識者会議の座等が「年齢が上がると罹患率が高くなるのであって、年数のせいではない。」とデータを沢山示して反論したが、住民グループから、「福島県の検査のデータは、最初の検査時の年齢をベースにして公表している。もし年齢のせいならば、それを公表しないのは不自然だ。」と反論されたら、更に深みに入るように「されはデータがそろっていないからだ」と言ったものだから、司会から(有識者会議メンバーなのに)「それは関係ないでしょう。問題は年齢のせいかどうかなのだから」などと言われて、醜態をさらすことに・・・

結局は有識者会議と言うのは、安全を強調するために、都合のいいことしか触れないことがあからさまになったということ。

もう1点は、この意見交換会の意義と言うものに疑問を感じたという事。

栃木県民の放射能による健康問題に取り組むというのに、もう原発事故から3年半にもなるのに、まだ危険だ、とか安全だ、などという域を出ていなうという事である。

あの議論が勝ったと負けたとかが、子どもたちや保護者たちにとって、何の意味があるか、ということである。勝ったと思っている者が溜飲を下げる効果しかないのである。

有識者も被爆してもいい、とまでは言ってはいない。また危険だと主張する人たちも、避難しろとまではい言っていない。
だとしたら不毛な議論から抜け出して、子どもたちや保護者たちのプラスになるようなことを見つけられないのだろうか、ということである。

危険でも、安全でもなく、”気を付けて暮らそう”というくらいの一致を見いだせるような知恵というのを見せてほしいものである。

双葉郡には常時放射性降下物が・・・ 

私の故郷、双葉郡の楢葉町は来春以降に、帰町の判断をすることで進んでいる。

そこで、帰還するにあたって、余りにもいろんな問題が山済みなのだが、さしあたって問題になることを2点紹介したい。

1つは、双葉郡の飲料水を取水する木戸ダムの湖底土のセシウム汚染の問題である。

木戸ダムの湖底は16800ベクレル/kgで汚染されていて、楢葉町は、不安がっている町民の声にこたえて、国に対して除染の要請をしている。

しかし国は、(県も)「水道水には放射能は出ない。従って安全なので除染はしない。」と回答したという。更に「除染するとしたら、ダム湖の水が干上がったら検討する。」と言っている。

このことは前にも書いたが、誰しもが気持ちが悪い。その気持ち悪さにどう応えるかなのだが、無回答なのである。

もし国や県の言う事がまともな回答ならば、国や県の役人が、毎日コップの中に㎏16800ベクレルのセシウムを入れて、沈殿してから、安全だから飲めと言われ、上澄だけを飲み続けられるか、と質問したい。
出来るはずもあるまい。

次に、昨年の原発廃炉作業の瓦礫処理で、大量に放射性物質が舞い、宮城県までも7回にわたって飛んだというのだが、原子力規制庁の大気性浮遊物の調査のよれば、わが楢葉町にも70%の確率くらいで、空気中に放射性物質が舞っていることが、報告されている。(マスコミ発表はない)

人間が環境中の有害物質を体内に取り込む確率は、食品7%・飲料からは8%で、呼吸からは実に83%を取り込むという。(村上周三・東京大学名誉教授「住まいと人体、工学的視点から」(臨床環境医学 第9巻第2号、P、49~62)

そんなところに子供など返せるわけがなかろうと思う。

さて、楢葉町にもこのことを紹介し、判断の資料にしてもらおうかと思っている。

23日、原発廃炉作業者の声を拾うための話し合いに行きます。 

現場で廃炉作業を担う末端の下請け労働者に、危険手当(特殊勤務手当)が支払われていなくて、むしろ最低賃金に近い賃金で働いているという事が問題になっている。

2号機の中心部は、2.5シーベルトの放射線量で、3時間近くも作業をしていると、ほぼ全員が死んでしまう。
多分2時間も作業をすると、生きていたとしても、その後の人生はまともな生活は送れない。

そんな環境での作業は、日本の未来を担う作業であり、こんなひどい扱いではなく、英雄的な扱いが求められるわけなのだが、実際は真逆なのである。

作業中トイレに行きたくなると、トイレが遠く40分もの時間を要するので、短い作業時間を減らさないために、そのまま垂れ流しにするという。

そんな状況なのだから、労働環境と言うのは推して知るべし、と思う。
2011年の3月11日の事故以後の労働災害の総数は、厚労省の開示資料によれば、107件に上っている。その内6件が認定されなかったのだが、残りの101件は労災として認定されている。それだけ災害が多い。

賃金が不当に低く、作業環境が極度に悪く、人が集まらない背後作業。この廃炉作業の前途は真っ暗なのである。

その生の声をどうやって吸い上げていくか? そうして、どうやって大きな問題にしていくか、が、23日に開く打ち合わせで議論される。

方法は、広く・広く・深く、そうして大きくである。これは決して特殊な人たちの行為ではない。日本の未来を左右する取り組みでもある。決して小さくならず、沢山の話を聞いて、大きくしていかなくてはならない。難しい課題でもある。

15日に東海村に行きました。 

こちらに来てから、メールでやりとりをしていたOさんという女性が、「15日に、郵便局などを退職した人たちが、東海原発まで銀輪パレードなどをして、そのあと、交流をするので、来てみませんか?」という誘いがあって、退職者には知り合いもいるので、会えるかも?、と出かけてみた。

結果から言うと、郵便局の退職者と言うのは全然そんなことはなくて、おじさん・おばさんのグループが、全国的に集まって、反原発に関わる運動を、定期的にやっているピースボートとかいうグループの人たちの活動であった。

何だかだまし討ちにあったみたいであったが、午後4時からの交流までは、3時間近くも時間は余っているし、メール友達のOさんは、4時からしか来ないし、それで、東海原発への申し入れと交渉に行くというので、一緒に行くことにしたわけである。

それで、交渉では黙っていようと思っていたが、性分で、ついついは発言してしまった。

交渉の流れは、「耐震基準限界を902ガルというのは、信越沖地震の2000ガルや宮城県内陸地震の4000ガルからみても、相当に甘いのではないか・・・」とか「津波があと70センチまで迫っていたのに、大丈夫と言うのはどうなのか」といった、技術論に発展して、東海原発の管理者である原電は、その辺のことは待ってました、とばかりに、様々な言い訳に終始し、いつまで議論しても結論は出ないのであった。

話しの流れで、誰かが「もしも事故が発生したら誰が責任を取るのか」という事を聞いたのだが、そうなると「それは難しい問題だ、」「今は誰が責任を取るとはいえない。」「100%の安全は約束できないが、事故があったら腹を切るとは言えない」という流れになってきたので、ここぞと私も発言をした。

「100%大丈夫とは言えない。事故はあるかもしれないが、大丈夫だろう、という言い方で、我々は避難させられた。誰も責任を取らないから、何をしてもいいとなる。電力会社の中にだって、原発の運転に疑問を持っている人はいるが、言えないで、破滅まで原発運転が進められる。負ける戦争が止められないで広島の原爆投下、と長崎の原爆投下まで行ってしまった。原発は何回事故が起きれば止められるんだ。2回か、3回か、いい加減にしてほしい。」と。

原発の再稼働は、誰も責任を取らない無責任体質のまま進められることが、今は決まっているのである。
誰から見てもこの無責任体制はおかしいのである。このことならば、結論の出ない議論にはならないのではないだろうか。責任者が責任の所在をはっきりさせれば、原発の運転再開などと言う愚策は決してできない。何故かというと、使用済み核燃料の最終処分や、安全性の問題は、責任を取る必要がないから言えることで、責任が生じるならとても言えることではないと思うのである。

今月の30日にお酒を飲みます。 

誰とかと言うと、楢葉町町長ということになる。

私が向こうよりも年上なのだが、相手は町長なので、こちらに都合を会わせろという事にはならないのでしょうがないのである。

それで、以前にこのブログで書いているので、見た人は当然知っているわけだが、楢葉町にとってのラストチャンスなので、町を(町長を)支えて、国と対峙するためにも大事だと思うのである。

町の対応を巡っては、中間貯蔵施設の建設の反対する住民グループは、町長に対決する形で対応した。結果的には町として建設を受け入れることはなかったわけだが、後味の悪さを残している。

今回私が思うのは、町も我々も同じ被害者であるという事。その目線に立って対応したいと思っているのである。

私が思うのは、子どもを守りたいという事である。楢葉町には放射能汚染の高いところと低いところがある。それを一律に帰還とはならないと思ているわけである。その他帰還してからの健康への不安に答えるシステムつくり、など等町としてやらなければならないことは沢山ある。

当日は場の雰囲気つくりにも工夫したい。和やかに、町長の今までの苦労をねぎらう意味も込めているのである。そうして、我々も精一杯に支援するから、子どもを守るためにもガンバレ! と。 そんな形の出来れば一回目は成功だろうと思う。

私もこういう対応はなれていない。しかし、初めての環境の中で、初めての対応なのだから、頭を柔らかに、且つ強い意志を持つという、相矛盾したように見える対応をしてみたいと思う。

概略を後日に報告したい。

筑波学院大学での分科会で話しました。 

高生研という全国組織の全国総会が、つくば学院であって、分科会に呼ばれて30分位の話をさせられた。

人はどこでどうなるかまったくわからないもので、小出裕章さんの講演会を取り組んだことで、ひょんなことで知り合いになった、大学の先生からのお誘いであった。

分科会は、福島の現状と学校内でのコミュニケーションの問題が共通性があり、どういった対応をすればいいのかと言うような内容で、とても難しかった。

ただ難しいからと言っても、わたしは私の思っていることを話すしかない訳で、自分が今回の原発事故で見聞きし、考えたことを自らの頭で整理し、それを口から出す以外にはない訳なので、相手が誰でもそれを貫けばいいわけである。

それで、私は原発事故が破局まで至った背景と、今の原発が再び破局に至る危険性について話した。

分科会を主導した先生は、私が原発事故が起きる4年半前に聞き歩いた下請け労働者の実態が、まさにコミュニケーション不足の問題としてリンクする、と言うのである。

権力のある者が、持たない者に圧力を加える構図を、ハラスメントととらえているようであった。学校は規則を守らせることに先生も汲々として、生徒の考えを聞かない。それと似たような構図が原発の内部にもあるというわけである。

まーそうー言われればそうなのかなーと思うが、どうも先生の考えることと言うのは難しい。わたしはそういう事と言うのは、立場の弱い人たちの声を充分に聴けるシステムを構築するしかないと思うのだが、違うのだろうか・・・

今の社会は、金が全ての社会であって、人間の命、安全と言うのは後ろに追いやられる社会の構造になっている。それは社会の隅々まで浸みわたっているわけである。

そうしてそれは個々人の人間性が悪いから・・・と考えるのではなく、そういうシステムがいけないと考えるのが、私の見方なのである。

カール・マルクスは、「下部構造(経済構造)が上部構造(文化・科学・人の考え方)を規制する」と言っている。所謂唯物論である。英雄が時代を作るのではない。時代が英雄を育てる土壌なのである。その証拠に資本主義社会を原始時代に逆戻りさせた英雄など存在しないではないか・・・

問題を個々人の遺伝、とか人間性、ということに求めると、変えようがないと思う。システムは変えられるし、変えることで、命が大切にされる社会は作れると思うわけである。人の考えとか、人間性と言うのは後からシステムについてくる。そのことに社会が気づくかどうかであると思うのだが・・・

3人と方向性を確認しました。 

何のことかと言うと、楢葉町に対する提言の内容である。

大雑把に、楢葉町が帰還するというならば、最低これだけは主張してほしいという内容について、私の仲間内と、住民運動の責任者、合わせて私以外の3人に意見を頂き、方向性を確認したという事である。

この種の提言の方法は様々にあるが、今回の場合は、町当局も同じ被害者同志であるという視点での対応にしようと思う。

従って、要求・要望書などと言う形はとらない。敵ではないのだから・・・

町長(町執行部)も、今進めている方向性について、そんなに自信があってやっていることではないと思っている。

今は身内の話しを聞いて対応を考えているのだろうが、それでは狭くなりがちで、コペルニクス的に見る角度を変えてみることは難しいのではないだろうか、だからちょっと身内でない我々が、こうやって国とのやりとり、対応をしてみてはどうかという話し(提言)は、ある意味で新鮮なのかもしれないのである。

国はいま、楢葉町に対して、財政などを背景にして、「来春以降の帰還」というのを、「以降を外せ」、という圧力を強力に欠けている。そういう情勢で、我々が町に対して対抗していては、国と喧嘩にならない、だからあの手この手で、町が対抗する手段と言うのを一緒に考えて行こうというのである。

楢葉町の子供を守る意味でも、ただ単に「帰還に反対!」「子どもを帰還させるな!」と叫ぶだけではなく、町の後ろ盾で支援しようと考えているわけである。

町長との会合(会食?)という私的な形で臨みたい。会うタイミングは、こちらに合わせるわけにはいかないので、相手の都合なのだが、有効なものに出来れば幸いと思っている。

廃炉作業で、下請け労働者の悲哀。 

私の故郷である楢葉町は、来春以降の帰還を目指しているわけだが、廃炉作業中の瓦礫の処理で、大量の放射能がまき散らされて、主に北東部を汚染しているというニュースが駆け巡り、町を復興させようという熱意に冷水を浴びせている。

それも7回も放出のデータが出ているというし、相馬市など40キロ北や、宮城県などまで放射能は拡散し、米からセシウムが検出されたというニュースは、今後の廃炉作業と、帰還しようと奮闘している人たちをがっかりさせているのである。

冷静に考えると(別にそんなに考えなくても)米からセシウムが検出されたという事は、その場にいた人たちは吸い込んでいるのは間違いないし、他の植物とて、無関係であるわけがない。

それもその時に言わずに、10か月以上も過ぎてからの発表では話にもならない。

もう放射能に慣れっこになってるだろうから、その時に言わずに、時が過ぎれば対して騒がれないだろう、という甘えや慣れがあるとしたらとんでもない話である。

私の考えに、その職場で働いている人が安全な環境ならば、当然環境も安全である、という信念がある。

環境汚染や公害では、最初に職場の中で被害が出て、暫くのタイムラグをおいて環境の中の公害問題が顕在化する。

そうして見ていくと、原発の廃炉作業は、下請け(最大で10次位まで、広がっているという)の最末端は事務所も持たない携帯電話が連絡場所と言う組織(会社かどうかも疑わしい)で、元請(東芝・日立・清水建設・熊谷組など等)に支払われている危険手当(特殊勤務手当)などは、末端の労働者を雇用している所までも行かないのである。だから支払えないのは当たり前で、末端の会社(従業員2~3人もあり)は、毎日のように倒産を繰り返しているというのである。

ある下請けの労働者は、「作業中にトイレに行きたくなったが、トイレも遠く、40分も時間がかかるので、そのまま垂れ流した。」などという話しが、笑えない話として伝わっている。安全作業のためにお金などをかけられない実態なのだろう。

極めて危険な作業が日々行われ、それが劣悪な環境だとすれば、環境に影響が出てくるのは火を見るよりも明らかであるのである。

明日検討、楢葉町への提言。 

町議会のメンバー、楢葉町で中間貯蔵施設建設反対の住民グループの責任者、私の友人、という構成で、何とか町長との懇談まで持ち込みたい。

その内容は、1.医療費補助を、どう広げていくか。2.要望には国が言葉だけで逃がさない具体性を持たせる。3.1msv/年の基準の維持。4.福島第2原発の廃炉。5.帰還宣言を全員帰還と取られない文言の工夫。といったことろがポイントになる。

私は18歳以下の子供が、大人の判断で、戻る・戻らないの自分の自由な選択が出来ないという事を重視していて、楢葉町の復興に子供を帰還させることを盛り込んではいけない、と主張している。

子どもの健康・命を守るのは大人の責任である。

しかし、情勢は私が主張するのとは逆の方向に進んでいる。来年春以降の帰還宣言・・・という流れは止められそうもないのである。

黙ってみていることも出来ない。だとしたら、置かれた環境で出来るだけの安心を得られる条件を実現させたいと思うのである。

そうして、その要望を実現するのは、国が楢葉町を重要視している今を置いてはないのである。帰還宣言をしてしまってかでは楢葉町は見捨てられるのであるから・・・

それが上記の5点に集約されるのではないかと思っているのである。

明日、私以外の3人と相談して、方向性を見出したいと思っている。後日報告する。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。