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原子力規制委員差し替え、事故再発を模索か? 

怒りと、歯噛みと、無力感を感じる。国会の中も周りも、司法までも、大飯原発の稼働に異議を唱えているというのに、国会はまったく関係ないという。マスコミもまったく報じることもない。

原発の再稼働に反対の国民は6割を超えている。しかし、そんなこととは安倍総理のやることには、まったく関係していない。秘密保護法もそうであったが、集団的自衛権の行使で、憲法9条の拡大解釈をするという、そのものに対する手法にも、多くの国民はノンを言っているけれど、安倍は関係ない。

北朝鮮との思惑が一致して、拉致被害者の再調査をするということで、国内はやんやの喝さいを安倍に浴びせている。

冷静さも何もない。日本は一方では韓国の慰安婦問題だって、国際的には立派な人権問題なのに、それには目をつぶり、一方で拉致問題だけ問題にする日本のあり方に、疑問を提起するマスコミも見ない。

今回の原子力規制委員会の委員の差し替えは、日本の地震学会会長さえも原発の再稼働に異議を唱えるならば、辞めさせて、電力業界のお抱え学者を委員にしようという、いわばブレーキ役をアクセル担当にしてしまおうというとんでもない人事なのである。

すごい。悪列だ。断層があっても再稼働、危険であろうがなかろうが兎に角再稼働に突き進むのだろう。命を張ってのぶつかり合いになるしかないかもしれない。

いまの安倍ならば何があっても再稼働する勢いだから、突き進むのだろう。まったくストレスが溜まる展開が続く。


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主に高校教師の研究会に呼ばれてしまいました。 

Mさんという、今年の3月まで教授だった方から、誘いがあった。
それが、主に高校教師が集まる研究会の中での”分科会”のようなところで、避難者の問題の話しをしろと言うことである。

Mさんに改めて言った。「Mさんは私のことをどう思っているか分かりませんが、高校卒業の学力で、それも不良高校で、期待にこたえられるかどうか分からないし、自信もありません。そんな私で良ければ引き受けますが。」と返答した。

それに対して、「あなたのような学のないものの話しはとても聞かせられないので、お断りします。」などという反応もなく、ただ淡々と話はやる方向で進んでいくので、何だか話すことになりそうである。

前回の某小学校の場合と随分と話が違うなーなどと思いながら、話を聞いていた。

私は、そもそも先生と言うのが好きではなく、先生と呼ばれる人の3メートル以内には近づかない、をもっとーとして生きてきた人間であるので、このところの学校攻めには少々閉口気味なのである。

しかし、もう一つの心情の、頼まれたことは断らない、もあるので、物理的に無理なことでなければ逃げたことになってしまうので、引き受けるしかない、しょうがないのである。

ただ先生と言う職業に最近思う事として、その人間性に尽きる、と改めて思うという事である。本当にびっくりするほどの熱意と、人間性にあふれた”先生”及び”教授”及び”助教”とひょんなことからお知り合いになり、感動することがしばしばあって、そんなときに、先生であろうが、一塊の武士であろうが、ウンコたれであろうが、ただの浮浪者であろうが、そんなものは関係がなく、吹き飛んでしまうものなのだなー、と改めて思うのである。

恥ずかしながら、この年になって、教えられること多く何だか我が人生、充実感を味わっているのである。

某小学校の校長・教頭と会ってきました。 

前日に頂いた電話で、24日に某小学校の校長が、私に直接会って説明をしたいというので、こちらから出向いて会ってきた。

話しは冒頭に、私がバイクで乗り付けたので、びっくりしてその話から入ってきた・・・
まーそんな話はどうでもよくて、学校側は校長と教頭の二人での対応となった。

要約すると校長の言い分は、「毎年学年ごとに親子ふれあい教室と言うのがあって、4年生は何をやろうかとなって、保護者の間で、市の広報に載った〇〇さんの話を聞こうとなった。私は学年主任から報告を受けて、10日前まで知らなかった。親子ふれあいなのに、何で講演会なんだと思ったし、聞けば放射能から子どもを守る会の代表だという。(副代表と勘違いしてしまった。)それでは、どんな話をするのか聞いたら、学年部長は知らない、任せてあるというし、それでは文科省から出ている副読本に反するようなこと、例えば行政批判とか、政治的なこととか、不安を煽ったりとかされても困るので、どういう話しをするのか確かめてからにしたら、と言った。そうしたら、6月4日まで時間がないので、今回はお断りして別な企画を立てようとなったらしい。(?)私は、大丈夫か?と心配した。そうしたら教育委員会から電話があった。〇〇さんのレジュメも見せてもらったら、これなら問題ないと思った。教育委員会からもどんな人かも聞いた。PTA主催だから私は詳しく知らなかった。・・・」と。

まーぐだぐだと、自分は悪くはなく、悪いのはPTAの対応だ、との説明であった。
私は、「放射能から子どもを守る会を誤解しているようだが、守る会は教育委員会とも一緒に色々やっている所もあって、決して過激集団でも何でもない、。」という事を言った。

話のついでなので、「4月19日の講演会は原発事故から3年以上もたっているのに、1100人も集まる関心の高さがあり、宇大でやった保護者へのアンケートでも85%の保護者が不安を抱えている。守る会の活動はそういう人たちの要望に沿った対応になっている。甲状腺検査も、公募してないのに瞬く間に120人も集まる。そういうことも考えてほしい。」ということも訴えた。校長たちの耳には入っていないように思えた。

校長なら、「全ては責任者である私の不徳の致すところ・・・」くらいの事は言うべきではないのかと思う。PTAの責任にして、「何で?」と思う。

話しは、校長から「改めて4年・5年・6年生を対象に、保護者の希望者も入れて講演会をやっていただけませんか?」という、学校の反省対応になって、私はちょっと困ったようにしながらも、「分かりました、私で良ければ。」と引き受けることにした。何だか面白い数日間であった。

逃げの一手の某小校長。 

人にものを頼んで、本人にきちんとした説明もせずに、「この人の話は4年生に聞かせられない」と一方的に中止を言い渡した某小の対応。

私は相当に気分が悪い。要約すると学校の言い分は「文科省の副読本の趣旨に反するようなことをされる恐れがある人間の話は、4年生に聞かせてはダメだ!」という事なのである。

これではまるで、問題人間扱いである。極端に言えば犯罪者のような扱いともいえるのである。だから私は相当に気分が悪いのである。

それで、那須塩原市教育委員会に事の経過を話して、何故にこういうことになったのか聞くために訪問した。

私が教育委員会に聞いたことの一つは「教育委員会として、避難者の話は子どもに聞かせてはいけないと指導しているのですか?」「私は副読本に反することなどを話そうなどとも考えてもいないし、放射能から子どもを守る会としても、教育委員会とは一緒にやっていることもある。」ということを言った。

教育委員会としては、そういう指導はしていない、ということであった。当たり前である。

2つ目は「人にものを頼んでおいて、本人に校長先生が話もしないというのは、常識的にもおかしいのではないか。私は犯罪者ではない、誠意のある対応をお願いしたい。」ということ。

教育委員会は「某小の方に経過を聞いてあとで連絡します。」ということだった。

今日の午前9時20分ころ教育委員会の課長から電話で「某小に聞いてみましたら、校長先生はそのことについては知らないということで、関わった人に聞いてから(私に)連絡します、という事でした。」と言ってきた。取り敢えずは、まー待つことにした。

あきれ返った校長である。

私の聞いている範囲で言えば、私の話を聞かせる件については、保護者から担任にもオッケーを取ってあり、担任からは校長に報告している。そうして後で校長の裁定が「副読本を理由にして中止にしろ」と下ったのである。

どうもこの校長は逃げの一手で責任逃れをして、最終的には担任に責任を負わせてしまうつもりなのであろう。まったく教育者の風上にも置けない。

那須塩原市 某小学校4年生からの誘いに魔の手が。 

ある日突然私の携帯電話が鳴った。那須塩原市 某小の4年生の保護者の方からである。

話の内容は「那須塩原市の広報にインタビュー記事が載っていて、それを見て、ぜひ4年生対象に、話を聞かせたいということで、父兄の中で話が出て、そうしようとなったのですが、引き受けていただけますか?」ということだった。

勿論「私で良ければ、」ということで引き受けた。
その後、小学4年生ということで、何度もどういう話をしようか、どうすれば心が伝わるか逡巡して、知り合いにも助言をもらい、準備を整えていたのであったが・・・


13日に、保護者の方から突然(勿論電話はいつでも突然なのだが)「済みません。校長先生と担任の方から、福島の方で(漫画・おいしんぼ問題)色々問題が起こっていて、それに文科省の副読本に反するようなことを言われても困る、と言われてしまって、やめろという事なんです。」と言ってきた。

15日にその保護者と直接にあって、話を聞くと、「時間がないので、取りやめるということなんです。済みません。」と恐縮しきりで、何だか気の毒になって、「あなたは全然悪くない、私の話は副読本とも全然違反もなにもしていないし、那須塩原の教育委員会とも、放射能の問題では一緒にやっている部分もある。校長に会いたい、会って話をしたい。」とだけ言った。

何だか後味の悪さを残した。那須塩原市は、小出さんの講演会でも1100人もの聴衆が集まる地域であり、福島県以外では最も放射能汚染の高い地域の一つでもあるのである。当然何もしないでいいわけはないのである。


それが学校の校長が先頭きって「放射能・原発の問題は取り上げるな。」とは、なんという校長なのだろうか。

しかし、私も転んでも何かは掴んで起き上がる、を信条としているので、その保護者を、放射能から守る会の会員に加え、友達も誘って、これから活動に加わるという繋がりが出来た。

さーてどうしたものか、問題はマスコミも飛びつく可能性も孕んでいる。まあしばらくは校長の出方待ちとなる。

楢葉町帰町宣言寸前で、子どもを守るということ。 

茨城県の水戸市で、楢葉町の町政懇談会が、茨城県に避難し居る町民を対象に行われた。

これは実質的には、楢葉町が帰町宣言を出す前の事前説明会の性格を帯びたものである。勿論参加した。

私が言う事は、だいぶ前から決まっていて、子どもの健康に関することである。

発言要旨を紹介したい。
「町は、除染して放射線がある程度下がったから町民を帰すと言うが、チェルノブイリで0.6マイクロシーベルト/毎時
に達する恐れがあるところは、被害が広がって、5年後に強制的に移住させられた。楢葉町が一部ではあってもそういう所が残らないという見通しはあるのか。(町の回答は難しい・・・)そういう所に強制的に帰すという。18歳未満は放射線に感受性が強い。それなのに自分たちには帰らないという判断する権利がない。大人が帰ると決めれば帰らざるを得ない。チェルノブイリで分かっているのに、帰すという。これは未必の故意で、殺人ではないのか。大人の責任だ。私は原発に反対してきたが、それでもあの事故を防ぐことが出来なかったという、一人の大人として反省がある。子供を守ることが大人の責任だ。どうか子供を戻して復興しようなどとは考えないでほしい。ここまでくれば、町としては帰還するのは止められないのだろう。しかし、子どもだけは避難・移住できるだけの補償を町として求めて欲しい。」と・・・

私には18歳以下の子供は孫も含めていない。だから私の発言は、賠償金を私がほしいという意味ではないのだ。子供を守るという一人の大人として責任を果たしたいのである。

何だか町の答弁は中途半端で、まともな回答はなかったが、帰れないという事を見通して、「今の仮校舎の場所を3年間延ばして借りておく、」という話しであった。

話しは変わるが、インデアン・ナバホ族の諺に「大地は(自然は)未来の子供たちからの預かりもの。」というのがある。べつな民族の諺にも「先祖からの預かりもの」というのがある。
そのどちらも、今の人たちには自然(大地)を破壊する権利なんてない、と言う意味であろうと思う。

それなのに、資本主義と言う怪物の前に、金の力に負けて原発を作らせて、電気による必要以上の贅沢な生活に負けて、結果は原発事故の報復で大地を汚してしまったのである。

未来の子供たちに、汚された大地を残すという罪を犯したのである。その反省をしないと、単に東京電力が悪い、とか原発に反対するだけでは、また同じ失敗を繰り返していく様な気がしてならないのである。

4,19の小出先生の講演会のアンケートのまとめ。 

ちょっとこのブログをサボっていました。

今回は4月19日に実施した、小出裕章先生の講演会の時に聴衆に配布したアンケートの集約した分の報告をしたい。

聴衆は1100人ほどだったので、アンケートの集約は総数で264名だった。

今回の講演会のアンケート(感想も・・・)を集約してみて、正直驚いた。
それは、余りにも感動してる人が多いという事・・・
たかだか1時間30分ほど人の話を聞いてこんなことになるのだろうか、と思う。

その大まかな内容について触れるが、聞いた人たちが、「一人の大人として、子供に対する責任を感じて、何かしなくては・・・」と言っている人が想像以上に多いという事。勿論講演会全体では、地元3団体の報告もあったので、様々なのだが、小出先生の講演に関しては、ほぼ100%に近い人達が、大変良かった、に回答しているのだ。

小出先生は「子どもを守りたい、のではなく、守らない自分が許せない。」と言ったのだ。何人もがこの言葉に考えさせられたのである。

小出先生が那須塩原市に来るまでの間に、私は何度もメールでやりとりをしたが、那須塩原の状況や、人々の意識、「小出先生に避難した方がいい、と言われるのが心配。」などの声や、様々な実情をアンケートなども紹介して、つぶさにやり取りした。

小出先生は、パワーポイントを何度も作り直したようで、事前に送付していただいたパワーポイントも当日の物とは違っていて、那須野が原の人たちに、どうすれば伝わるのか、相当に逡巡されていたように思う。

それだけに、「言いにくいことなのに、はっきり聞けて感動した」という感想は、思いのほかに多かった。感謝の言葉が多かったのだ。

264名分の感想(アンケート)を休みながら3日ほど掛けて集約して、小出先生には送付した。小出先生曰く「余りに膨大で見るのも大変です。」という事だった。

何よりも、1100名が集まったというよりも、聴衆に「何かしないで居られない」気持ちにさせた今回の講演会は、その部分については成功であったと思う。

高萩市の子供を守る会? 

どうもこの地での放射能から子どもを守る会と言うのは、容易でないような気がする。

というのは、原発事故後に出来上がった守る会も、今は実質的には解散してしまっていて、やろうとすると一から組織を作ってということになりそうなのである。


それでも、高萩市は指定廃棄物(1㎏8000ベクレル以上から10万ベクレル以下の放射性廃棄物)の最終処分場の候補地に名前が挙がったところであるので、それなりの問題意識はあるのだろうが、いまいちまだ分からない。


まーおいおいと探って少しずつ関わって行きたいところであるが・・・


それにしても、那須塩原市の放射能から子どもを守る会は、よくも事故から3年を過ぎているのに元気で順調に会員数まで増やしているなーと思う。


見聞きしているだけだと、放射能汚染の方向性が見えたころから、全国的に子供を守る会は消滅の方向にいっているように思える。


私が思うに、今や子供は積極的に守ろうとしないと、どんな危機からも守れない時代であると思う。学校給食を子供が食べて、アレルギーのショック症状で死亡するというとんでもない時代なのである。


だから、放射能であろうが、食品添加物であろうが、交通事故であろうが、危険なおじさんであろうが、子どもは社会的に守らないといけない、そんな変な時代なのである。守らないくてい訳がない。それなのに全国的に解散の方向。


そういう情勢的なことを見ていくと、那須塩原市 放射能から子どもを守る会が元気で活動しているのは、当たり前と言えば当たり前なのだが、中心になる人が、社会的な存在である子供を守るという事が、様々な観点から考えるというか、見ていかないと、組織は長続きしないように思う。


つまりは、皆と一緒に活動しながらも、一歩前を見る目が必要という事。

もう一つ、少ない人でもいいからピュア―な心を大切にしたいという事。子供を守りたいという当たり前のことに純粋な保護者を大事に大事に育てようとしないといけないなーと、当たり前だけどこのことを蔑にしては、絶対にいけないということを、活動をしていて強く思った次第なのである。
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