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4.19小出先生の講演会は、記録的な大成功でした。 

小出裕章先生を、今年の4月19日に呼ぶことになって半年、ロングランでの取り組みでしたが、結果は1100名の聴衆の参加と言う、ご褒美を頂いたような結果を見ることが出来た。

マスコミも「こんなにも集まるとは思いませんでした。」とびっくりするものだった。その人数1100人。那須野が原で、こういった催しで、300人が最高記録だ、ということだったので、今回の講演会は記録を塗り替える、文字通りの記録的な大成功だった訳である。

実行委員会の参加団体20を超え、私は事務局次長に就任した。ほとんど周りには知る人もいない中で、そんなことが出来るのか、暗闇に船をこぎだしたのである。


恐らくこういう取り組みで、やったことがないであろうということも挑戦した。JA・商工会・PTA ETC 必ずしも協力が得られなくても、その取り組みは、「そんなところまで要請するのか・・・」という、他の団体個人に対する刺激になるのである。だから十分に意味がある。

マスコミもNHKも含めて多くが来ていたので、当日・翌日に様々に報道されるだろうから、それは我々に対するプレゼントである。

あらゆる皆さんに感謝したい。
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いよいよ明日が、小出先生の講演会です。 

1週間前に小出先生は、県境の福島県側白河市に来られたようだが、その一週間後にはここ那須塩原市に来るわけである。


考えてみると長かった。去年からの取り組みなのである。


那須塩原 放射能から子どもを守る会の活動を広げたいと、小出先生を呼ぶことを決意して、過去に2年「つながる つたえる そして未来へ」の集いの実行委員会に話を持ち込んで、今回の実行委員会を作った。


私は、実行委員会の事務局次長である。次長でも企画と立案は結局私が筋を建てたことになる。


実行委員長には、子どもを守る会の代表を据えた。


多くの宣伝を試みた。ラジオ・新聞・タウン誌・回覧板・市の広報・幼稚園・保育所・スーパー・病院・あらゆる商店・・・考え付くあらゆる媒体を使わせていただいた。


問い合わせ先に私を前に3人の名前と携帯の電話番号を記載したが、私にかかってきた電話の数は30件を優に超える。この種の取り組みで、過去に経験がない。託児の要請も25人に及んでいる。スタッフに12人を要する。


もうここまで来たらほとんど、トラブルがない限りは終わったようなものである。この地のこの種の取り組みで、300人を超えた人を集めたことがないというから、その数を上回るであろうことは想像できる。


目標の1000人に達すればいう事はなく、かと言って500人だから失敗という事もなく、努力の結果なので、たんたんと受け入れていきたい。


私はその後、24日と25日をかけて引っ越すことになる。求められればこの地の運動にも関わって、そうでなければ、かの地で生きていくことになるだろうか・・・

故郷が遠のくということ。 

今月始めに、避難指示された福島第一原発から20キロ圏内で事故後初めて、田村市の都路地区で避難指示が解除された。


この避難指示解除と言うのは、避難住民のほとんどが求めているかのような報道だが、そんなことは全くない。事実都路地区では、解除を待ちかねていてすぐに住民が帰宅するのかと思えば、ほとんどの住民は放射能汚染に対する不安が先だって、戻っていないのである。


20キロ圏内でいえば、次に避難指示が解除されるのは、わが楢葉町であると言われている。楢葉町は町長の松本幸英が、来月あたりに何月何日を避難指示解除の日にしたい、と発表する予定である。


ここ那須野が原の幼稚園・保育所の保護者3241世帯に放射能汚染に関するアンケート調査を実施したが、(回収率2202世帯の68%の高率)その中では、子どもを持つ保護者の心情や生活実態が明らかになった。


まず、内部被ばくに関する質問では、やや不安と不安を合わせて85%に達している。この傾向は、外部被ばくも80%、3年過ぎても80%くらいが不安を抱えていることが明らかになった。


今でも、避難したいと思っている保護者が17.8%も存在している。(経済的な理由が多いのでは・・・)


この心理と言うものは、地域が違ってもそんなに変わりはないだろうから、楢葉町の保護者も傾向は同じであろう。


そうして楢葉町の将来の姿を想像すると、寒々とした風景が見えてくる。


いくら町長が戻れ、と叫んでみても、笛吹けど町民が躍ることはなく、楢葉町は町としてのコミュニティーが完全に破壊され、徐々にではあろうが日本の地図から“町”という字が」消えるのだろう・・・

小出裕章さんという人について。 

何だかんだと気ぜわしくて、このブログも更新できずに、日にちばかりが過ぎて行ってしまう。恐らくそんな私よりも数倍小出先生は忙しいだろうと思う。


4月19日の小出先生の講演会も2週間後に迫ってきている。私とのメールのやりとりも、もう30回近くになるだろうか。多忙な中で私は小出先生の人柄に何度も触れ、そうして感動してきた。


小出先生は、全国からの講演依頼に対して、行くところの優先順位というものを決めている。その中の一つに、呼んでくれる人たちの熱意、というのがある。私はこの熱意と言うものだけで小出先生をこの地に招いたように思っている。


相当数の招きに、私に対して対応するようにしていたら、おそらくは眠ることすらできないだろうから、小出先生が物理的に可能な範囲で、感じる「行くべきところ」に反応するのだろうな、と思う。


兎に角、小出先生のメールの内容は、気持ちがこもっていて、そうして微笑ましいのである。あるメールで、小出先生が講演会の後のホテル、到着時間、講演会後の交流会を訪ねてきて、そのやりとりをしたのだが、その中で、小出先生がどういう方法で那須塩原市にくるかを、知らせてきた。


内容は、東京からは新幹線で、なすの257号で12時21分に那須塩原駅に到着するという、それだけなのだけれど、小出先生は、自宅を何時に出て、〇〇空港に何時に行って、何時発に乗って、〇〇飛行場で乗り継ぐけれど、そこで50分の待ち時間があって、東京駅には〇〇時について、そこで22分待ち時間があって、〇〇初の新幹線に乗って、12時21分に那須塩原駅に到着します。ちょっと遅い感じがしますが、間に合うと思います。と・・・


小出先生!そんなに細かく言わなくていいですから、と思わず言ってしまいそうになる。


小出先生の紡ぎだす言葉は、一事が万事こういう言う感じなのである。


ある人が、小出先生の講演内容に対して、「怒りが足りない」と言った。

しかし、怒りってなんだ! としばし考えた。
怒りは背景に思いやり(虐げられるものへの・・・)や優しさが必要だと思う。優しさ、思いやりが怒りに繋がっているのではないかと・・・

単に怒りを発露するだけならば、いつも「あいつらを殺せ!」と怒鳴り続けるだけなのではないかと思う。

そういう意味でも、小出先生を那須野が原にお呼びして本当に良かったと心から思う。
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