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拝啓 安倍総理大臣殿 この歴史を逆に回そうとする愚かさについて。 

安倍総理は、戦後レジームからの脱却を一貫して政治姿勢としている。
その政治手法を見ていくと、秘密保護法、改憲、憲法解釈拡大で集団的自衛権の行使容認、アメリカ主導東京裁判でA級戦犯が合祀されている靖国神社の公式参拝、と戦争の反省から生まれた仕組みの否定である。


この政治手法が、戦後レジュームからの脱却になっているかという事。


皮肉にも、アメリカからも「失望」を表明され、アジア周辺諸国からも猛烈な批判を受け、ヨーロッパの国々からも危惧の声が巻き上がるという、戦後のレジームに囚われてしまっている現象を醸し出してしまった。


日本が悲劇的な第2次世界大戦に突き進んだとき、それはヒットラーのドイツと、ムッソリーニのイタリアと、天皇を頂点とした日本が、世界征服を夢見て3国同盟を結んで、政界を敵に回したのである。


翻って今はどうか?3国同盟を結ぼうにも、結ぶ相手もいなくて、日本単独である。これで強い日本、戦後レジームからの脱却を、安倍総理の理論で成し遂げようとすれば、日本が単独でアメリカ・中国・韓国・アジアの国々・ヨーロッパを打ち負かす以外にないのである。


そんなことが可能なのか?
不可能であり、あり得ない。
アメリカは自分のためにならなければ、日本のために他国(中国や韓国)と戦争などしない。

ドイツやイタリアは、そんなことは戦争の経験から分かっているから、戦争を反省するところから戦後レジームという呪縛から脱却したのである。


日本はいつまでもそれが出来ない。本当の反省をしないからである。いつも周辺諸国から警戒されている。「馬鹿な奴がまた政治の表舞台に出てくるのではないか」と・・・


日本が戦後のレジームから本当に脱却しようとするのなら、偏狭的な手法でなく、周辺諸国からも信頼される戦争の反省が最も近道なのである。急がば回れ。
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浅田真央さんの発言と我々の比較 

暫くぶりにブログを書く。

ソチオリンピックが終わったけれど、印象に残ることがあった。

それは浅田真央さんのことだけれど。
ショートプログラムが散々の出来だった訳なんだけれど、その時の印象は真央さん自身が「何があったの?」という表情で、茫然自失何をどうしていいか分からない、といった表情をしていた。


わたしはこの出来事を、東日本大震災で、事態を冷静に呑み込めず、茫然自失としていた我々にダブって見えたのである。


その後のフリーの演技で、「目標としていた演技が出来た」と感動の復活をやってのけた。

わたしはこれを大震災から立ち上がろうとする人たちとダブって見えた。
だから、人々に深い感動を与えたのだろうと思う。


一昨日真央さんのインタビューがテレビで流れて、森オリンピック強化委員長の「大事な時にいつも転ぶ」という発言のことを聞かれた真央さんは、ちょっと微笑んで「うーん、森さんも少し反省したんじゃーないかなー」と言った。


真央さんは、ひとことも怒りの言葉を言わなかった。しかし、あのインタビューを聞いた100%に近い人たちが、真央さんの言葉に軍配を上げたであろうことは言うまでもない。


この問題で、「大事な時にすぐに転ぶ」(もしくは、転んだ)のは森喜郎である

真央さんのこの言葉の力は強く広い、と感じた。ひとことも怒らない言葉なのに、何であんなに説得力があるのだろう。

翻って、我々はちょっと意見が違うとすぐに相手をやっつけようとして怒る。


那須希望の砦の代表者は、那須町の町長が、彼なりに頑張っているのに、陰で散々批判して(表でも?)最初は栃木県内でも先進的に取り組んでいたのだが、徐々に砦の人たちとはまったくの音信不通状態になったという。


何でも代表者が「高久町長は、自分の選挙でみんなの党と自民党のどちらにもいい顔をしたくて、我々を遠ざけた・・・」という発言をあちらこちらでしているというから、少しは真央さんの対応、言葉を見習ってほしいと思う。


加えて、周りから怖がられないよう、多くの人に受け入れられる発言が出来るよう、我々も何だか多くの示唆をもらったような気がしたのである。
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