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パソコン復活、ただ今多忙中 

2月11日に家族は茨城県高萩市に引っ越した。

何だかんだと引っ越しと言うのは手間がかかり肉体的にも精神的にも疲労困憊である。少し落ち着くまで私も高萩市にいて仕事をこなしていたのである。


PCもようやく復活(引っ越しと工事のため)暫くぶりにメールの点検をしたら45件も入っていて。小出先生も「4.19の宿泊はどうなっているでしょうか」というというメールを寄越していた。


引っ越し中の2回の大雪で、日立市での市民団体による甲状腺検査は行けなかった。


18日は4.19小出先生の講演会の事務局会議。その日と次の日は労働組合など4か所ほどの要請行動。


26日は避難者の母親の会の集まり。(この日避難者の組織、栃木くらし応援会1100軒にチラシを配ってくれることに)明日は実行委員会。28日は更に要請行動。


この間守る会としては、会員が奮闘して多くの団体に要請行動を行っている。(赤ちゃんを車に乗せて・・・)


3月2日は、矢板市の最終処分場反対の市民同盟に、福島瑞穂が来るので、地元と2つの組織から要請あり行くことに。ついでに市民同盟にも4.19小出講演会への協力要請行動を合わせて行うことにする。


3月5日に高萩市で人に会う約束があり、戻った後、8日には東京三多摩のひとたちに呼ばれて1時間ほど話して、9日はその人たちを双葉郡の旧警戒区域に案内する。これは多分2万円くらいのお金が手に入る予定である。


そんなこんなしているうちに、3月も忙しく過ぎていき、4月に入れば更に忙しさは増していくだろう。


そうして4.19を終えれば私のその後の人生は、高萩市での生活と運動と、この地の子どもを守る会の運動とに関わることになっていくのだろうか・・・
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引っ越しもあってちょっと忙しくなります。 

ちょっと、ここ暫くはものを書くということが難しい。


避難してから丸3年になろうという時期になってきたが、今月10日と11日の2日をかけて引っ越さなくてはならなくなったのである。

多分永住になろうが、引っ越し先は茨城県の高萩市。高萩市と言えば茨城県の最終処分場の一度はしてされたところである。どこに行っても住んでも、社会の矛盾から解放されることはない。


ほとんどの日本人にとって、家は自分で作るものではなく大工など職人が作るのだから、そんなに大したことではないのでないの・・・と思われがちだが、土地の選定、家つくりを任せる業者の選定、都度都度の打ち合わせ(家の中の造作、色、素材など等・・・)結構これが大変であった。

でもこれで、賠償金と退職金で(悔しいけど)新たに家を作り、落ち着く先が決まって一安心である。


今月11日から家族は高萩市の住人となる。


家族は? というのは、私は当面この地に残る。
というか残らざるを得ない。


4.19に小出裕章さんの講演会を企画してしまったので、これを放置して引っ越すことは出来ない。


まずは4月いっぱいくらいは単身赴任の状態という事になる。


何としても小出裕章さんの講演会を成功させなくてはならない。
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