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相双沖、シラス漁解禁の疑問。 

相馬地方と双葉地方の漁業協同組合が合併して相双漁協になっているわけだが、その漁協が、シラスの漁を再開して、セシウムの検出がND(不検出)だったので市場に出回るという。


漁協の人たちの今までの苦しみを思うと、「良かった」と喜びたいと思う。


しかし私はどうしても疑問符が付く。


太平洋に多く放出された放射性物質の中に、ストロンチューム90がある。半減期約30年である。ストロンチューム90は、何故かは分からないが、地上よりも海に大量に放出されたことが報道されている。


ストロンチューム90は、カルシウムと科学的な組成が似通っていて、骨に蓄積されることが指摘されている。
これが本当ならば、シラスという小魚の骨に蓄積されていることになる。


もう一つ、ストロンチューム90は、ガンマ線ではなくベータ線を放出する。

ベータ線はエネルギーがゼロだから、一般のベクレル検査器には反応しない。検査の難しい放射性物質である。


しかし、公的な機関がND(不検出)だと言うのだから、ストロンチューム90もなかったと信じたいが。


大きな魚とか、骨を食べない魚ならば、一般的な検査で問題はないのだが、シラスはそうはいかないのである。


わたしは今まで、シラスの骨を取り除いて食べた人の話を聞いたことがないから、日本人のほぼ100%が小さな子どもも含めて、食べるときはシラスの骨までも食べるはずである。


是非とも漁協は、ストロンチューム90もNDであったことを証明してもらいたい。そうして信頼のできる漁の再開であったほしいと思うのである。
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溜り汚染水漏出問題の陰にあるもの。 

汚染水などの水が溢れて、太平洋に流れ込むことがいま問題になっているのに、大熊町の山手の方にある、坂下ダムから核燃料を冷やすための水を毎日引いていることは余り知られていない。


地下水は相変わらず1~4号機の汚染された地下に流れ込み、そのまま止めることが出来ずに地下を通って海に流れている。太平洋のどこから染み出ているか誰も分からないのに、「0.3K㍍以内で完全にブロックされている」と総理は嘘をつき通している。


これらのことは、マスコミも言わない。


相も変わらず4号機の建屋にある使用済み燃料プールには、ぎゅうぎゅう詰めの核燃料が潜めいている。


2号機は、外見からは窺い知れない放射能の汚染で、人も近づけない状態を、皮肉にも保っている。2号機の圧力抑制室に穴があいていることは、見なくても想像が出来る。


1号機、2号機の排気筒にはヒビが入っていて、地震で壊れることも懸念材料だ。


懸念材料があまりにも多すぎて、追いかけきれない。


3年後には使い捨ての冷却水が溜まり続けて、並べていくと福島第一原発から北海道に達する量になる。
その量70万トン。(700K㍍)


原子力規制委員会は、そのことを充分に知っていて、「一定基準以下は海に放出する」方法を模索している。


1時間に1000万ベクレルが大気中に放出されている、という東電の発表は、その後何も言わないけれど、止まってはいないはずである。

そうだ、地下水を止める話はどこまでいったか忘れてしまった。

放射能ほど偉いものはない。 

20キロ圏の境を越え、30キロ圏の境を越え、福島県との境を越えそいつは広がった。


天皇陛下の頭にも、総理の頭にも、福島県知事の頭にも、明日をも知れぬ浮浪者にも、虫にも、山にも、海にも、差別などしない、平等に降り注いだ。
分け隔てなどしない。
民主的であった。


あの手この手でそいつを取り除こうと人々は手を尽くした、除染・防護、etc しかしそんなものに負けはしない。今まで誰にも負けない。絶対的王者なのだ。


この元々の持ち主たちは「もともと自然界にあるものだから、気にすることはない。」と言い、「すぐに健康に影響はない」と繰り返した。しかしせっかくの努力も空しく、相変わらず人々を怖がらせた。そんな宣伝に負けはしなかった。


「完全にブロックされている」はずの現場から、そいつはどんどん漏れ続けている。


やがてそいつの前では、どんな言い訳も通用しなくなって、皆は自分で(測って)見て、自分で考えて、持ち主たちのことを信用しなくなってしまった。


この放射能と言うやつは、強く、平等で、ただそこを線量計で測る、というそれだけのことで本当の姿を人の前に曝してしまうのだ。

医師、振津かつみさんという人。 

26日の午後1時半から、関谷地区の旭日公民館で、講演、及び健康相談会というのがあった。


前からの知り合いであったのだが、1っか月ぶりで話を伺い、様々な振津さんの一面を知ることが出来た。


事故から3か月後の6月11日~12日に、福島市で振津さんと同じ時間を過ごしたが、その2か月も前の4月20日に、飯舘村や福島市の旅館の水道水を保管して、ベクレル検査をしていたという。


結果、飯舘村は250ベクレル/ℓのセシウム汚染があり。福島市の旅館は30ベクレルℓの汚染で、3か月後の7月にはほぼ10ベクレル未満か未検出になっていたということ。


日本は色々とチェルノブイリ事故のことを批判していたけれども、危機管理などと言うものは全くなくて、福島市で使っているベクレル検査器の80%はベラルーシ制であった、という。


様々な健康調査をチェルノブイリ近辺に行って、20年以上やってきて、その経験から、鼻血が出やすくなるのはそれほどの心配はいらないが、チェルノブイリでも報告されているということ。


以前にNHKで報道された、チェルノブイリハートという番組で、数パーセントしか問題のない健康な子供がいない、(20年後の事例)という報道に2人の母親から不安の声が出されたが、実態としてそういう事実は見られなく、現地の人もその報道を知って困惑していたということなどが話された。


振津さんの話では「異常のある子は、事故前と後で特段の変化は見られない。」ということで、その地が汚染度合いもむしろ那須塩原市よりも高い地域であったことから、その話がこの地で生活する母親に安心感と、何をして過ごすべきか、を示してくれた気がした。


聞きたいことを話してくれた、というタイムリーさをも感じた。


話しは変わるが、以前から私が振津かつみさんに感じていたことがある。さだまさしが歌う”風に立つライオン”という歌で、歌詞の中に「今を生きることに思い上がりたくないのです」という所があって、その歌詞が振津かつみさんのこととダブっていた。
暫くアルバイト的なことを(医師だけど)して、活動費を作って献身的に活動する彼女に、その生き方のすがすがしさや、誰にも同じ目線で接する姿にダブらせていたのだが、今回改めて、とても真似のできないことだなーと思い知ったのである。


23日、土浦市に行ってきました。 

このところ忙しいのと暇なのと極端に時が過ぎている。

昨日などは、ブログの更新以外に特にやることがなく、一日を過ごしてしまい、地球の化石燃料を無駄に消費した。


今日は振津かつみさんの健康相談と話し合いが、関谷地区であるので、約一か月ぶりに会って話が聞けるので、有意義に過ごせそうだ。台風が来てるが良い日になりそうな予感である。


23日は要請があって土浦市の婦人学校という催しに行ってきた。


この土浦市の婦人学校、毎年何らかの学習をしているとのことで、今回は避難者から話を聞きたいという事で、回りまわって私に依頼が舞い込んだわけである。


1時間の講演で、11時から12時までだったので、感想も聞けなかったのだが、残っていた人たちから「新聞・テレビでは絶対聞けない話が聞けて良かった。」などの感想も聞くことが出来た。


参加者は16~7人ほどであったし、構成年齢も70歳くらいで、今一つ広がりには欠けるだろうなーと思ったが、この場にいた参加者に自分の言いたいことを言おうと思ったら、それこそ大変な努力が必要なわけで、集まって私の話を聞いてくれるという機会を与えられたことに感謝感謝の一日であった。


昨日自宅でテレビなどを見てぼーっとしていたら電話が鳴って、「来月の21日にプロジェクターを使った”例の話”をしてくれないか。」と要請があった。

以前に私の話を聞いたことがある人からの誘いであった。

断る理由はないので、結局それも安請け合いでお受けすることにした。
不肖私なんかでよろしければ、という断りつきである。

IAEA(国際原子力機関)が20msvまで被爆しろ、と。 

IAEA(国際原子力機関)とは、原子力の(平和)利用を推進する機関である。


そのIAEAが「年20ミリシーベルトは許容範囲という事を住民に徹底すべきだ。」と日本に助言したという。


IAEAというのは放射線被ばくの専門機関ではない。原子力利用を進める機関である。I(国際)という文字のつく機関の言うことは信用してはならない。


「そんなことをIAEA何かに言われたくはない。」というのが正直ところだが、問題点を指摘したい。


年間20msvというICRPの言っている基準は、事故終息期のことであるが、では緊急時の100msvについてはどうか?というと、ICRPは「100msv以下では小頭症などの異常は報告されていない。」と言っていて、この被ばく基準は1年間に限らず、”相当の機関”となっているのである。


さてそうなると、年間20msvを被爆し続けると、5年で100msvに達することになる。

5年というのは”相当の期間”ではないのか?

くどいけど、年間20msvは5年間100msvなのである。


そうすると、6年後からは少頭症の子供が生まれるわけである。7年後10年後はどうなるのか?子供でも分かる計算である。


ICRP・IAEAともに住民を正当に被ばくさせるための期間である。


今回IAEAのフアン・カルロス・レンティッホ団長は「年20msvの範囲内であれば、除染にともなって得られる利益と負担のバランスを考慮して、目標の最適化をすすめればよい」と言っている。ICRPの意見をそのまま言っているわけである。


決して、住民の命や健康を考えて、とは言わない。この人、金のためにIAEAという機関で、住民を被爆させるために日本に来たわけである。

小出裕章さんが4.19午後に来ることが決定。 

雨降りしきる中を、日比谷公園まで出かけて談判した成果が出た。


ほっとしたというのが正直な感想である。


私が何故小出先生の講演会にこだわるか?


それは、一つでは言い表せない。何点か理由がある。


一つは、小出裕章さんが、この地の沈んだ気持ちを奮い立たせていける講師たりうる存在である、ということ。


二つ目は、小出裕章さんの講演会をやる、ということで、様々な団体を集めやすいということ。


三つ目は、そこに向けて(4.19講演会)様々な運動を巻き起こしていける、ということ。


四つ目は、その運動の中で、この地の意識を少しでも前進させるきっかけを掴みたい、ということである。


究極的には不可能と思われる、四つ目の課題に挑戦することが本当の意味のあることなのである。

これから大風呂敷を広げ、様々な団体にも呼びかけ、大風呂敷がどんどん広がるように努力したい。

あー、ほっとした。

陳腐な薄皮を剥ぎ取った大地震。 

いらっしゃいませー! ありがとうございましたー。どこで誰が作ったのかも分からない物を買って店員からかけられる無味乾燥の言葉。


あまりにも小さな商店をつぶして集中しすぎて、企業化したために人間の顔が見えないスーパーの現実である。


言われる方も、定員がマニュアルを会社から言わされて言っているだけに過ぎないことを充分に知っている。

言われた方だって、「いやいやそんなにお礼を言われるほどのことはしていないから・・・」などと言うわけでもなく、「そんなこと言われたって返事なんてしないもんね。」と黙るしかないのだ。

心のない作られた世界である。


「双葉郡の医療は私たちJAの厚生病院に任せてください。責任をもってやりますから。」原発事故の前に、県立大野病院を廃止して、厚生病院に統廃合する前に、JAの責任者が住民説明会で言った言葉である。

かくして、大地震で原発事故が発生して、双葉郡が放射能汚染されると、「双葉郡の医療からは手を引きます。」原発事故後に真っ先にJAの責任者が言ったことである。

嘘はすぐにバレタ。


「原発は5つの壁で守られている、だから絶対安全です。」東京電力は何度もこの言葉を長年住民の前で使ってきた。


かくして、原発は脆くも崩れ去り、5つの壁は今は何の意味もなさない。

嘘はやがてバレタ。


今回の大地震は多くの飾りを剥ぎ取って、薄っぺらな嘘を白日の下に曝した。


その最大の物が原発の嘘なのである。

しかし、もう分かっているのに懲りずに嘘をつき通しているやつがいる。

「汚染水は0.3キロ以内で完全にブロックされている。」と・・・ 頭隠して尻隠さずである。

結局は小出裕章さんに会いに行ってきました。 

実は小出さんに講演をお願いするに当たり、メールだけでは不安で、直接会いに行くかどうか迷っていた。

19日に千葉県の鴨川市で講演会があるというので、そこに行こうとしていたが、小出さんが「4月の13日(日曜日)か19日の土曜日ならば行けるかもしれない、会議で話してください。」というので実行委員会の人たちと検討をして、19日午後と決めていた。


しかし、行けるかもしれない、という?のつく約束(?)みたいなものでは不安であるので、迷っていたのである。


小出先生が講演会を受けるかどうかの判断基準に、若い人たちが活動している、誘う人たちの熱意、というのがあって、後者ならば自信があるのだが、前者は如何ともしがたい。


前者の”若い人”ということについては、後のメールで、守る会や関谷・下田野未来を考える会は30~40代の若い人たちが中心であることを伝えておいたが、読んだかどうかは分からない。


結局は後者(誘う人の熱意)というのを知らせねば、4月の19日も幻となりかねない、と思い、20日日比谷公園での、加藤登紀子さんとの対談の会場に出かけて、直談判に及んだのである。


小出さんの回答はメールの中身と変わらなかった。「那須塩原市は汚染地です。何としても行かねばと思っています。ただ半年先以降は今は約束できません。今月の末に決めます。そうしたら森田さんにメールでお答えします。」ということで、12時には日比谷公園を出て帰宅の途についた。

雨ざんざんと降りしきり、傘をさして一日がかりの行動になった。


結果は確定ではないが、小出さんがあの通りの人間ならば、4月の19日には来てくれるという確信みたいなものを得た。
(実は、話の中で小出さんが「那須塩原市にはどこに行けばいいですか」と私に聞いたのだ。)


あの土砂降りの雨の中の私の訴えが届かないはずはないと・・・

20人未満の参加者でしたが、有意義に講演をさせていただきました。 

憲法9条連という組織の友人から誘われて、宇都宮市に出かけた。1時間ちょっとの講演をさせていただいた。


滅多なことで講演などと言うことはしないのだが、原発事故以後に双葉郡に依頼が舞い込んだ多くの依頼に一人などでは対応できず、数人で手分けして引き受けることにしてきた。


去年の3月頃まで全国25か所くらい招かれてて、講演、というのを行ってきた。
原水禁世界大会の分科会で500人ほどを前に、双葉から報告をすることになったのだけれど、そのこともきっかけで、招かれたりもした。


結局栃木県に来てからも、11.11集会で避難者の声を話せ、ということで、2000人もの前で10分ほど話したことから、その後呼ばれて話したり、矢板市最終処分場問題でも、矢板市市内の組織から、ちょっとしたきっかけで、3回ほど話をする機会を得た。


以前は資料などを配布して話していたが、「数値などが出てくると分かりにくい、プロジェクターを使ってやれ。」などというきつい批判もいただいて、今はそのようにしている。


私ごときの平凡な人間が、人の前で話をするのは気後れすること多々なのだが、仕方がないので、乞われれば断らずに恐れ多い人たちの前でも話すことにしている。誠意をもって、精一杯が基本である。


そういう意味でいうと、来年4月に来ていただく予定の小出裕章さんのような人には本当に頭が下がる。


ところで、来週の23日には、埼玉県の浦和市の20~30人位の人たち(双葉から私に行ってくれと・・・)の前で原発事故から学ぶこと、と題して話さなくてはならない。年配者が対象と言うので、内容をどう構成するか悩んでいるところである。・・・

小出裕章さん(京都大学准教授)が来てくれます。 

ここ那須塩原市に小出さんを呼びたい、と、数人から呼びかけをしていたらしいのだが、「半年先までは埋まっていて対応できない」というのが小出先生の返答であったという。


3.11を忘れない、311の集い実行委員会が呼びかけていて、今は連絡が取れずにいた。という話しを昨日の会議で初めて知った。


私は昨日の会議に臨む前に小出先生にPCによるメールでのコンタクトを試みた。


僅かに30分、私の呼びかけに反応してくれた。一度目は「半年以後は生きてることも分からない。日程が埋まっている。体は一つしかない。」などの断りのメールが届いた。


これをきっかけに、関谷地区の汚染図(住民グループ調査)を添付ファイルで送り、この地が放射線管理区域を上回る汚染で、子供たちが見殺しになっていること。小出さんの講演会をきっかけに、この地の認識を変えるような運動を起こしたいこと、などを訴えた。


2度目の返信が早速来た。


決定は出来ないが、来年4月の13日(日曜日) 19日の(土曜日)のどちらかでよいならば、行けると思う。という返事を頂いた。(今月の末に予定を埋めていくという。)


311の集い実行委員会の会議に参加要請があり、参加して、子どもを守る会としての考えを述べた。

そうして、小出裕章さんとコンタクトがとれた話と、4月の予定を話した。会議の結果、守る会の代表を、今回の実行委員会の代表にすることを了解していただいた。(ついでに私に事務局長をやれと・・・)


こうなってくると、次々とやることのイメージが湧いてくる。面白いものである。


実は会議の中で、ある参加者から「小出さんとのメールでのコンタクトは、一週間で1000通もあるらしく見てくれない、小出さんでは汚染水漏れの専門家ではないし、今は賞味期限切れだ。別な人を呼べ。」などという意見もあったが、結局会議では無視された。


注目されるときだけ目立ったことをやって、今はやることがない、などという保守的な意見が多くなっているが、私に言わせれば逆で、具体的汚染実態を知ったら、「本当にやらなければならないのは、これからだ!」と声を大に言いたいのである。

那須塩原 放射能から子どもを守る会の役員に・・・ 

一体どこまでできるだろう?


那須塩原の放射能から子どもを守る会の、副代表になることになった。わたしがこの地に留まれるのは来年の1月頃まで。その間会長を支えて出来るところまでやってみたいと思っている。


一般的に住民の会のような住民グループは、よほどの運動を考えないと内部崩壊を起こしやい、労働組合のような、基盤(職場等・・・)を持たず、共通項は「子供を放射能から守る」という事だけなのだから、いったんやる気が少しでも失せた者を戻すのは困難なのだ。


しかし、それだからやりがいがあるということも出来るわけである。


いま考えていることは、一つのイベントを取り組んでみたいという事。

それも、皆が「そんなことが出来るの?出来たら最高!!」というようなことである。


守る会には財政(つまりお金)がない。まずはそのイベントを取り組むためにお金を作らなくてはならない。


あらゆる組織に協力を要請していこうと思う。市・住民グループ・PTA・など等・・・


守る会のステッカーを作って、販売して活動費を捻出する。(宣伝・広める)


市内にビラの新聞折り込み。(知ってほしいこと、訴えたいことを書きながら・・・)


このことを通して、守る会の市民権を一層高める。会の団結を高める。そのことを目標の一つに・・・


イベントの中身は乞うご期待ということ。(いくら位かかるのか・・・カンパ・・・)


こんなことを考えて努力してみたいと思っているのである。僅かの機関だけれど・・・

10人死亡・病院火災の院長の悔しさ。 

そんなことを書くと、「死んだ人たちのことは?」と言われそうだが、今回は病院の立場で見てみたい。


8人の入院患者が亡くなっている。年齢平均は81歳だという。さらに多くの入院患者が居たとの報道もある。院長の両親も亡くなっていて、合計10名が亡くなった。


私は以前双葉地域の医療を良くする住民の会、という運動に関わった。そのときは”それなりに”勉強もしたが、今はほとんど記憶の彼方に消えた。


だが少しは残っていて、入院患者に対する診療報酬は、3か月以上は引き下げられる。

従って、病院はその前に入院患者に「退院して・・・」と求めるのである。そうしないと病院は入院患者の入院3か月以降は赤字になってしまう。


見た目が立派に見える病院が黒字でいられるのは、ムリムリに3か月以上の入院患者を退院させるからである。


翻って、今回の火災があった福岡市の安部整形外科を見てみると、近所のお年寄りの頼りの病院であったという。骨折などの患者は、年齢を重ねると3か月などでは完治しない。


無理に退院させられないと、赤字の老人ホームみたいな状態にならざるを得ない。恐らく地域で行く場所もない年寄りを”面倒見るような”状態であったことが推測できる。


病院の経営は、通院患者からの収入で入院患者を受け入れて行かざるを得なくなる。

そうなると、経営は厳しく、「宿直一人が悪かったのか・・」と院長が言っているが、そうせざるを得なかった可能性もあるわけである・・・


新人医者の研修制度を、振り分け制度を改悪して、自由にしたことで、全国的に医療の過疎化が加速された。
小泉政権のやったことである。

そのことで、医者は、いる所には居るが居ないところにはまったく不足する事態も起きていて、世界的に見ても、日本の医者の数、医療制度は後進国並みになっていることは指摘しておきたい。


そうして、10人の犠牲者は、その結果なのである。

不条理・理不尽子ども・被災者支援法閣議決定。 

先月24日に直接厚労省・文科省・復興省などに、子ども・被災者支援法(以下支援法)への栃木県の指定を要望したり、那須塩原市にも、県にも、国に対して、支援法の適用と、実行を求めてもらうように要請してきたが、11日政府は、福島県の33自治体にのみ対象地域にすることを閣議決定した。


支援法は、被災者が自らの意志によって避難など様々な行動がとれるように、事情に合わせて支援することになっている。


そうして14条で、被災者の意見を聞いて具体的な支援方法を決めるようになっていた。

それなのに、一方的に決めたことに批判が出て、3週間のパブリックコメントを受け付けたのでる。


しかし、そのことに対するコメントも回答もなく、急いで原案のまま閣議決定した。何故?


那須塩原市のような福島県外の汚染地は、準支援地域になるのだろうが、内容はなにも具体化はされていない。


支援法の精神は失われている。復興省・厚労省・文科省は一帯何のためにあるのか。
これらの組織は、国民を被爆させるためにあるのである。


見捨てられ見殺しにされるここ那須塩原市や近隣の自治体で、これからも暮らし続ける人たちのことを考える。


これからは、政府が、その他のことでも同様の対応をすることが充分考えられる。

指定廃棄物・最終処分場問題。避難指示区域の強引な帰還。賠償の打ち切り。復興そのものの放棄。などなどである。


事実安倍政権は、消費税8%の来年4月からの導入決定と歩調を合わせて、法人税に加えて導入した復興税の廃止を決めている。


まったく、加害者(自民党など)天国・被害者地獄の世の中である。

改めて差別と分断に思う。 

2社の新聞社から色々と聞かれて、改めて政府・東京電力の被害者への分断策について考えさせられた。


子ども・被災者支援法が実行に向けて動き出す情勢の中で、「福島県の白河市(栃木県の隣町)の支援の実態と、那須塩原市の違いは何か」と質問を受けた。


私にとって難しい質問である。というのは白河市も福島県内では差別されている自治体なのである。


福島県内では、放射能への不安から自主的に避難している人たちが多い。そういう人たちへの賠償をどうするか、ということで、様々なやり取りがあった後で、23自治体の全家庭に(約150万人対象)18歳以下の子どもと妊婦には、避難するしないの別なく40万円を一括で賠償し、大人には8万円を一括賠償したが、白河市は含まれていない。


ただ福島県内から県外に避難した人たちには、住宅の無償借り上げがある。白河市もそうであるが、栃木県に入るとここ那須塩原市で子供を避難させている人たちには一切の賠償はない。


白河市は子ども・被災者支援法の対象地域だが、ここ那須塩原市は準措定地域となり、まだ内容は固まっていない。固まれば差別的な内容も明らかになる。


差別的な内容をだらだらと書いていくが、

同じ福島県内の自主避難者でも、福島県内から福島県内に避難した人たちには、住宅借り上げの補助がない。


福島県外に避難した人たちには、住民票の移動がないと子供を保育所に入れることができない。だから働けない。


福島県外の風評被害の賠償の打ち切りを、東京電力が業者に通知。


避難指示区域と、緊急時避難区域との賠償金での差別。避難指示解除準備区域・居住困難区域・帰宅困難区域、とその3通りで賠償額に差別がある。

更に同じ避難指示解除準備区域でも自治体によって差がある。


早く賠償請求した人と遅い人で、賠償内容に差別がある。
交渉の上手い人、困難な人でも東電の対応は違ってくる。

福島県内は18歳以下の甲状腺検査を実施するが、それ以外の県はやらない。自治体でも相当に差がある。


除染も高線量メニューと低線量メニューでやり方が違う。低線量では効果がほとんどない。これも自治体で差がある。


昔から、支配するものは支配されるものを、差別して、分断して、支配する。そういう歴史の中にあって、今も昔も何一つ変わってはいない。

組織の存続は車の両輪を動かして。 

人間の体の細胞は、60歳を過ぎた年配でも、10年くらいすると全て入れ替わるという(骨は別で・・)


つまり自分は10年前とほとんど何も変わりがないと思っていても、10年前の自分はそこには居ないのだ。


私たち人間を形造っている細胞は、1秒たりとも留まることはなく、常に流れ動いているわけだ。

それは地球と言う星も、太陽と言う恒星も、宇宙にある全てのものが同じだ。終わりのないものなどはこの宇宙には存在しない。山も、川も、海も、空も・・・


終わりがあるというのは、その組織の構成物質が循環しなくなったとき。つまり人間では新陳代謝の動きを止めたときに命の終わりがあるわけである。動き続けることも死への道だが、留まることは直接の死なのだ。


だから組織もそうである。動きのない組織はやがて終わりを迎える。自然の理である。


この動かすということができないと組織は死を迎える運命なのである。


思うに、組織が動くためには、一個の車だと不安定で、ちょっとしたバランスが崩れると倒れるのだが、両端にあると安定する。


一つは対外的にも大切な顔を売るという事。つまり組織体制があるということ。もう一つは組織そのものの動きを作るという事。組織を担う人たちの出来るだけ全員が何らかの形で運動に参加するという事である。


これがないと、組織ではなく個人商店みたいになってしまって、組織は機能不全になるわけである。


組織である限りは、土台があって顔があるわけである。土台もなく顔だけでは組織でないという事なのである。

那須希望の砦という団体が解散の危機にあるというが、「これからが大切な時期なのに何で?」と思っていたが、どうも頭でっかちになっていたのではないだろうか、と勘繰っているのである。

指定廃棄物最終処分場選定、拡散ジワリ。 

指定廃棄物最終処分場の選定を巡っては、紆余曲折を繰り返してきたが、徐々に選定場所を決めるための包囲網が狭まりつつある。


いわゆる”有識者”会議、という政府のお抱えの学者(風も含めて)が、政府の計画通りの結論を出すべく、6回の会合を重ねて、処分場の選定方法を決めたわけである。


今まで、栃木県や茨城県など保守性の強い県で、栃木県矢板市や、茨城県高萩市へ一方的に指定した方法を見直し、受け入れられる方法を決めるというわけである。


その方法とは、①集落との距離 ②水源との距離 ③自然の豊かさ ④指定廃棄物の現在の保管量 の4点を点数化して、純然たる点数で選ぼうというのである。


ただ④の指定廃棄物の保管量については裏があって、観光客が年間50万人を上回るところは除外されるというから微妙であり、まだまだ紆余曲折はある。


この検討をするのは、指定廃棄物がある6県(福島県・宮城県・千葉県・群馬県・茨城県・栃木県)で、群馬県は「風評被害が最も少ない場所を選定すべき」という暗に原発周辺を示す意見を出しているし、宮城県も同様の動きがあり、選定などすれば、混乱には一層の拍車がかかるわけである。


話しは変わるが、福島県の双葉郡の大熊町で住民の意識調査をしているというので、口伝えで聞いてみたら、原発周辺の85%の住民が帰還を既に諦めており。「土地を国で買い上げて、好きに使えばいい」と回答しているという。


このことにも様々な意見はあろうが、出来り限り一か所に集めるという基本に沿い、解決可能な処分方法と言えば、ベターよりもベストに近い案であろうと思う。

IPCCとかICRPとかいう権威について。 

私は自らは権威というものを持ち合わせていない。
断固いうが、だから権威を批判するわけではない。しかし、胡散臭い、と私の動物的感が思うのだ。


大体はI(アイ)というのはインターナショナルの略が多い。つまり世界的な権威というわけだ。


国内で最近流行の、有識者会議、というのもなんだか怪しい。私の動物的感がそういっている。


IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が先ごろ、地球温暖化の原因はCO2である確率は95%と発表した。


世界各地の気温を測る”専門家”とか、CO2濃度を測る”専門家”とか、海の温度変化を調べる”専門家”(有識者)がデータを集めて、”権威のある”インターナショナル機関のICPPが、それを見て、地球の温暖化の原因はCO2にある確率が95%であると、発表したのである。


どうだ、誰か文句あっか!


この権威の前にマスコミ各紙は、「ははー、なーんも文句ありません。」とひれ伏したのである。


しかし、「だからなんだっつうの。」と言いたい。そんなもの真実の前では何の意味もなさない、という事だけは、権威のない私からきっぱし言っておきたい。


突っ込みどころが満載なのだが、今日の所は一点だけ指摘したい。


95%がCO2が地球温暖化の原因だ、というならば、動かぬ証拠というのを出してほしい、ということ。

それは〇〇年ころからCO2濃度が〇〇づつ上がって、その後〇〇年ころから温度が徐々に上がりだしている、という証拠である。その逆ではない証拠である。(温度が上がったからCO2が増えてはいないか?)


今回の発表で、温度が上がったからCO2が増えたのか、CO2が増えたから温度が上がったのか、明らかにしていないのである。(太陽の活動説など諸説ある)


以前ICPPはこういったデータで大嘘をついたことがある。信用ならない。
「起きるかどうかも分からない原発事故よりも、確実性の高い温暖化を防止するほうが大事だ」と、原発推進のための道具にされて、惑わされたくないのである。

10月26日 関谷地区旭日公民館で振津かつみさんの講演会。 

ちょっとタイトルが長すぎてしまった。


以前からの知り合いでもある振津かつみさん(兵庫県立医大、非常勤医師 52歳)が、少人数での話し合い的な講演をする。


振津さんは、ドイツの「フランズモール財団」から毎年選ばれる、”核のない未来賞”を、日本人3人目として選ばれた人である。


福島原発の被ばく者の健康調査を長年支援してきた大阪阪南病院に勤務して、広島や長崎の被爆者の実態を知ったことから被ばく者を支援する活動を始めている。


チェルノブイリ原発事故が起きたのは1986年だが、以降現在までベラルーシなどの現地に、毎年数回訪れ、現地の子供たちの支援を行ってきていた。


世界的にチェルノブイリ事故は終わったという対応をする中で、奮闘しながら隠されようとしている問題点を暴露し続けた。
去年は、ベラルーシから医師・教師を招いて、福島県や双葉郡の自治体や、被災者を訪れて交流を企画したりした。


そういった様々な活動が、世界的にも評価されたのが、”核のない未来賞”である。


福島県以外で、放射能汚染が高い地域として栃木県の北部、那須塩原市があることを、勿論振津さんは知っていて、この地に注目していたのである。


この地のTさんが間に入り、関谷地区の旭日公民館で話し相手的な講演を希望しているという。


旭日公民館、せいぜい人が入っても30名くらいと言うから、振津さんの人柄が偲ばれる講演なのかなーと思う。


10時からの開催なので、興味のある人は是非参加されたい。

小学生にも劣る東京電力。 

東日本大震災の大津波で、多くの犠牲者が出たが、全員助かった学校と言うのがあった。


釜石市の鵜住居小学校と、釜石東中学校、合わせて570人。

陸前高田市の気仙小学校の92人。その3か所の学校は、全員が助かっているのである。


その何れも”奇跡”と称賛されている。


しかし、その結果ばかりが騒がれるが、経過・事実は奇跡でも何でもない。


3校に共通するのは、普段からの当たり前の危機管理による教育をしていたという、それだけである。


三陸地方の海岸線は、津波による多くの歴史を持つ。(福島県の浜通りも)その過去の歴史に学び、同様の災害があっても命が助かるように、日ごろから教育と訓練をしていた、というただそれだけなのである。


翻って、原発を抱える東京電力などの電力会社はどうであったのであろうか?


東京電力は「予測不可能」「天災であって、人災でない」と弁明を繰り返してきた。


防災教育もせず、津波の訓練もせず、ただ「たぶん大丈夫だろう・・・」と構えていただけなのに、である。


当時の吉田昌郎施設管理部長は、「防潮堤を作ったら、東電の都合を優先させている、と住民から理解が得られない」と意味不明の反論をして、対策を怠ったのである。


東大などの有名校を出て、東京電力の幹部になっている連中に言いたい。


お前らは小学生にも劣る、本当の馬鹿だなー。 人間失格だぞー。
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