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市の除染対応説明会・関谷地区。 

29日関谷地区のハロ-プラザで、市の除染説明会があり、参加した。


子供たちの生活空間の、一刻も早い除染を希望する保護者から様々な意見要望が当然のごとくに出た。


那須塩原市は、18歳未満の子供がいる家庭の表土除去を、国の低線量メニューとは別に実施してる、数少ない自治体であるのだが、それでもまだまだ放射線量が高い地域が多く存在するのだから、保護者の不安は当然である。


1万5千件を上回る18歳以下の子供がいる家庭の除染予定のうち、4730件が終わっているが、放射線の低減率は16%であること。


さらに、除染しても線量の下がらない家の再除染は、予算との絡みで不透明なこと。甲状腺検査も健康診断も市が独自ではやらないこと。(鈴木元、栃木県放射線健康アドバイザーの助言で判断している。)


住民から、「日光市では甲状腺などの、健康調査をやる、と聞いてる。」という発言もあったが、市の担当者は、予算を盾に首を縦に振ることはなかった。


様々な課題がある中で、もっとも注目されたのが、関谷小学校の敷地内や、通学路の除染である。


学校内の敷地には放射線管理区域の0.6マイクロシーベルト/毎時を上回る汚染が随所にある。最高は10マイクロシーベルト/毎時をも上回る。


阿久津市長は、個別での対策、を地元に約束しているが、一向に実行されないことに、保護者は痺れをきたしている。


市の担当者は「学校内だけでなく、通学路の除染したものまで学校敷地に埋めることになれば、保護者住民の理解を得るのが難しい」という見解を一歩も出ず、
女性の保護者から「4人もの子供を通わせている。10マイクロシーベルト/毎時もの放射能があるところに4人もの子供を通わせている。それなのに市は何にもしない。こんなの日本だけだ。危機意識をもってやってほしい。」と厳しい意見が出た。


この手の説明会に出ていつも思うのだが、市・県・国の何れの担当者も、話す声のトーンもマニアル化された内容も同じで、人としての感情というのがまるで感じられない。住民の意見をも何一つ聞き入れることはなかった。こういう連中と言うのは、そのことが原因で様々に問題が起ころうとも、人が死のうとも、その時の対応というのがマニアル化されて頭の中にあるんだろうなー
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JRの事故と原発の事故と。 

今やJRの事故と言えば、北海道。そんな状況を呈しつつある。


事実260箇所以上に上ってレールの幅が基準を上回って広がっていたのに放置されていた。


ハンドルのない列車は、自らのコントロールが出来ない。だからブレーキ以外などの安全のほとんどはレールの補修に関わっている。
そのレールの補修を何らかの理由でやらなかったわけである。(金が掛かるからと・・・ )


「漠然とした、たぶん大丈夫だろう。今までの基準を超えていても脱線しなかったから。」という甘えが組織をコントロール不能にしていたのは、原発の津波対策と同じである。


実は原発にも最重要機器である配管に、同様の対応をしてきた歴史がある。


配管亀裂の維持基準の導入である。
少々の亀裂があっても、配管の交換をしない。(する必要がない)というのを、当時の原子力安全・保安院が認めて、今も見直してはいない。ずぶずぶの配管で運転してもよいことになっているのである。


しかも時を隔てずに、JR福知山線の107人死亡の脱線事故の責任を問う裁判と、福島第一原発事故の経営陣の責任を問う裁判の結果が、”無罪”というとんでもない結論が出た。


経営者が、〇〇というところで列車が脱線する、とか、原発に津波が来て電源喪失になってメルトダウンする、と経営者個人として認識しなかったのであれば無罪、というのである。


これならばどんなに人殺しをしようとも、未必の故意であろうとも、経営者はやりたい放題である。絶対に有罪にならないわけである。


チャップリンの殺人狂時代、「1~2人を殺せば犯罪者になるが、何百人何千人と殺せば英雄になる」のセリフそのままの世界である。


北朝鮮など批判する資格もない、とんでもない国である。


玉ねぎと生姜 

なんだそりゃー! と言わずにまー聞いてほしい。


玉ねぎは生じゃ辛く、刻めば涙も出る。他の野菜じゃーこんなに自己主張をするものはない。


しかし玉ねぎは一方じゃー、どんな料理にも(他人にも)しっかりと合わせ、どこに入っていても何の違和感もない。これくらい自己主張のない野菜は他には見当たらない。


熱を加えようなら、まるで存在感を消してしまって、じっくり煮込んだカレーライスの中ではそこに玉ねぎがあることさえ気づかない。
でも玉ねぎはそこにある。


人はこれを節操がない、と軽蔑し。ある人はその能力に敬服する。




一方生姜はどうか、あの筋だらけの身。辛み。見た目は菊芋みたいだけれど、それを口に入れたときの存在感は、他の追随を許さない。


生姜は他の食材と交じり合っても、その存在感を消すことはない。他の食材が、生姜に合わせるわけである。


だから生姜を受け入れようとすると、その特徴をよく理解して使っていかないと、なんだこりゃー!ということになりかねないのだ。


どんな団体・組織でも玉ねぎもいれば生姜もいる、いやジャガイモも、ピーマンもゴボーもいる。


”特徴があるが調和もする、”そんな料理にしたいものである。原発事故の後に雨後の竹の子のように全国で組織が出来上がり、様々に苦労して存続しているであろうことを思うとき、時々こういった食材と料理について思いを巡らせるのである。

環境省・復興庁・文科省・厚労省に要望しました。 

24日、交渉・要望行動の要請を受けて、那須塩原市の放射能から子供を守る会から行動に参加してきた。


参議院会館で、事前の打ち合わせを終えて、午前11時から要望行動に入った。
参加者は、福島県からの参加者が大半だが、栃木県(2人)・群馬県(沼田市から1人)・広島県・長崎県から其々参加して要望を行った。


午前中は、原発の作業労働者や、除染労働の被ばくと実態把握の件で環境省・厚労省と交渉。

被ばく線量を国が把握することについて、厚労省は「元請に把握するように指導している」というのみで、厚労省がデータを持っているわけではなく、まして、元請でも第6次~7次などの下請けになれば、まったく実態は把握できていないのが現状だ、と追及した。


この件について私は「この前安倍総理が福島第一原発を訪問して、現場の人を前にして、”日本の安全は皆さんの双肩にかかっている”と発言した。マスコミも同行していて、外国のマスコミも同行していた。日本の安全を任せている現場の労働者が、第6次~7次の下請けで、一日7~8千円の日当で働かされ、被ばくも管理もされない状況でいいのか。世界に向けて言えるのか。」と言った。政府は答えなかった。

その他特殊勤務手当(特勤手当)が作業労働者に支払われていない問題なども追及した。政府は「努力する」という反応であった。


各自治体から(双葉郡町村会・浪江町・双葉町・いわき市・白石市その他)出ている、健康手帳の住民配布については、有識者会議でも検討もしない、という事が明らかになった。


午後からは、原発事故子ども・被災者支援法の問題で要望を行った。

1点目は支援法の適用を巡って、指定された33自治体とその他の汚染地の線引きの基準について問いただした。


「同一自治体の中の分断を招かないように指定した。」「それ以外は準指定にした。(1ミリシーベル年)」
それが復興庁の言い分であった。
参加者からは様々な意見が出た。


①そもそも、決めた経過が不透明だ。支援法の14条に、被災者の意見を反映する、となっていてこの決め方が違法でないか。撤回して見直せ。

②33自治体以外でも汚染は深刻だ。指定・支援が必要だ。

などなど。

私は、那須塩原市の放射線の住民グループによる調査の地図を示して。「福島県の警戒区域の自宅よりも汚染が酷い。放射線管理区域の18歳未満立ち入り禁止のこの地に住む子供たちを、国はどうしろと言うのか、見殺しにする気か。」と迫った。(因みに那須塩原市も政府に同様の要望を行っている。)


官僚はこういった矛盾を追及されて黙るのみであった。しかしわたしは政府の言い分を変えない姿勢に対して、要望・交渉の限界を感じた一日でもあったのである。

24日、国会に那須塩原市の汚染を訴えに行ってきます。 

社民党の福島瑞穂議員がセッテイングして、各地から国会に赴いての要望行動である。

今までは栃木県からは参加していなくて、様々な方法で訴える一つの事例になるのかな?と思う。


午前中は環境省・厚労省に、被ばく労働者の課題で要望活動をおこなう。

政府・東京電力は除染作業者や、原発内部作業者に対しての健康管理が杜撰で、発言できるならば下請けの構造のありかたで言いたいと思っている。


午後からは復興庁へ、支援法の関係で、環境省には支援法との関係で健康手帳交付の件で、環境省には「県民健康調査」について、復興省には支援法の見直しを求めて要望。


最後に文科省に賠償請求の時候問題の件で、それぞれ言いたいことを言ってくることになる。

参加するだけには無力感。 

もうかれこれ60年も生きていると、様々な経験をすることになる。


私は自分が(自分たちが)作り上げた組織でなく、出来上がったところに客の様に参加するのが苦手である。


この地に来て新たに組織を作るのには、人間関係がなくて、出来ている組織に参加する以外に手立てがないのが面白くないのである。


課題が大衆的なことなのに、一部の人たちでチマチマと作ってる組織が目について、「何でこそこそ数人でやるの。」と感じてしまう。


放射能問題は、子供を守るという大義名分ならばまだまだ広がる可能性を持っている。

何故ならば世の中の子を持つ親にほぼ100%共通する思いなのだから、「親が気を付けないと、子供が被ばくする」(獨協大学准教授の被ばく調査のアンケート)という事実は、否がおうにも親を放射能問題に引きずり込まずにはおかないのである.


問題はそのことを(親が子を大事に思う、ということ)本気で信じられるか、ということなのだが、それが難しく、どこの組織も行き詰っている。


こんな時思う。「組織を作りたい」と・・・

それなら自分を追い込んでいける。しかし、単に積極的に参加するだけでは徒労感というのが邪魔をして、「こんなことをしても、先は見えてる」という、経験値が頭をもたげてしまう。

自慢したいのではない。自分がこの先引っ越さざるを得ないということが、いま踏み出せない原因なのだ。


PTA・・・婦人会・・・老人会・・・区長会・・・スーパーの客・・・ステッカー作り・・・市内チラシ入れ・・・未曾有に可能性はあるのだが。

敵と味方 

相手の力が強大だとそれに立ち向かう方の人数が多くなければならない。


幕末の反政府軍は、薩摩と長州が薩長連合を成し遂げて徳川幕府を倒し、明治維新(資本主義革命)が導きだされた。

これがバラバラならば、明治維新はもう少し遠のいた可能性があるわけである。(早かれ遅かれ来たけれど)


時の政府(安倍政権)の原発政策を撤回させようと思うならば、小さい我々の力を分散させてはいけない、ということである。そういうことである。


安倍自民党政権の力は、今はそれだけ強大である。


ここまで書くともうこれからの言いたいことは誰の目にも明らかだろう。

そう色んな組織が手を合わせて政府の方を向かなければならないという一点に尽きる。


みんな我が我がなのである。個性が強すぎるというか、自分勝手と言うか、自分が中心にいないと嫌なのだろう。細かく小さくいっぱいの組織が乱立し、収集がつかない。
この地の”那須希望の砦”は大学教授を中心に抱えているのに、組織自体が風前のともしびと言う。


政党も同様で、「俺の(私の)ところが本当の反原発なのだ!」と主張し合っていて、纏まらない。


この現状を見ていて、権力者は「そうそう、そうやって自己主張を繰り返していなさいね。」とほくそ笑む。

いい加減に今の現状に気づけ、と言いたい。一つ一つの組織も、権力構造の(敵の)方から見れば、目くそ鼻くその部類に入る、吹けば飛ぶようなゴミみたいな存在なのかもしれないのだ。


これから原発の再稼働や、流れによっては建設再開と動いていく可能性まで危惧されるとき、出来るだけ味方を増やし、敵に立ち向かう統一戦線がいまこそ求められるのだ。

那須塩原市の放射能対策検討特別委員会とはこんなもの? 

今日は午前10時から市役所3階で、市の放射能対策検討特別委員会(以下対策委員会)との話し合いに参加した。


市議会議員選挙があって、委員のメンバーも変わっていたので、顔合わせの意味もあって実施されたのである。

委員8名に、議長と副議長が顔を揃えていた。

市民の方の参加者は、子供を守る会として5名、関谷・下田野地区の未来を考える会から3名の合計8名。

私たちの要望は、
①除染の住民同意を取り付けるための努力を重ねてほしい。
②ベクレル検査の稼働が下がっているので、一部を土や水の検査にまわしてほしい。
③平田病院にWBC検査に行く場合、市の無料バスだけでなく、市の一般のバスで行った際も受けられるようにしてほしい。
というささやかなものであった。


②に対しては、土や水のベクレル検査は、機械の性能的に正確さに欠けるので、いまの機器では無理がある。新しい機会の導入か(1500万円程)、民間の機関に補助金を出して実施するとか検討しないといけない。

③は今もそうなっている。という感じで何か話しが呑み込めなく、しっくりしなかった。

①については、市民に対する広報のあり方で議論があった。

市民グループ→ 学校などを通じて要請文書を出せば、父兄はよく見るし効果があるのでそういうことも検討してほしい。(守る会会長)

委員(議員)→ 色々やっても中々同意しない。説明会にも70件中6名くらいの参加。(議長・副議長)
PTAに要望すればいい。(桜田議員)
集会を細かく開けば人も集まるから工夫してやれば?(若松議員?)
教育委員会に要望しているようだがそれだけではダメ、自分たちが何をするか。(山本議員)

まるで他人事である。我々に説教しているわけである。
私がしびれを切らし、「原発の内部で作業する人に、そのまま入ってはいけない地域と言うのがあって、それは放射線管理区域と言うやつで、0.6マイクロシーベルト/毎時で、18歳未満の立ち入りが禁止されている。防護服を着て入る所だ。配った資料に小学校とか中学校の周りの線量が出ているが、そういうところが該当している。危機感を持ってことに当たってほしい。」というと、委員は黙った。


関谷地区のHさんが続けて実態を訴えた。一同は黙っていた。

おおよその想像はついていたが、これ程程度が低いのか、と愕然とする。議長などはお決まりの話をするだけで、まるで危機感と言うのがないのである。この委員会に市民の、いや子供たちの未来が付託されているのである。

原発事故子ども・被災者支援法、救われた人ゼロ。 

今日、避難者の女の会ということで、20人近い人たちの集まりがあり、避難者の会の代表という事もあり参加した。


避難者の中で出身地も自己紹介で触れたが、福島県中通りの郡山市からの避難者が6人参加していた。


今までに何回も書いているが、”自主”が頭につく避難者には国・東京電力の賠償が十分行きわたっていない。(子供に40万円・大人一人に8万円が一括支払いのみ)


今回福島県の33自治体に、原発事故子ども・被災者支援法が指定されたが、具体的に何をするかがまったく触れられていない。


支援法の中には、郡山市からの避難者の様に、政府命令がなくても避難してきた人たちに、避難に関わる支援が触れられているが、それをやるのかやらないのか、まったく分からないのである。


考えてみると、超党派で作られたこの支援法、既に1年2か月も過ぎているのにも関わらず、この法律で救われた人と言うのはゼロなのである。


つまり作っただけで、一円も被害者に使われていない。酷い国である。


更に、避難地で生活を再建しようとしても、小さな子供を抱えている人たちには、追い打ちをかけるような困難さもある。


避難者は保育所に子供を預けられない仕組みになっていて、特に女性は働きたくても働けないのである。

戻る以外に選択方法がない方向に強制的に振り向けている。


放射能汚染で避難しているのに、賠償もせずに放置して、働けないような仕組みに追い込んでいて、支援法では何もしない。まったくとんでもない国である。

闇に葬られる原発下請けの労働者。 

それだけ人が集まらないのだろうか、原発事故の収束作業である。


収束と言うからには、原発の内部だけではない、除染などの作業も含まれる。
全国のあらゆる地域で求人が行われている。


従って、ヤクザが絡む企業であろうがそんなことに構っていられない、というのが現実なのだろうか。



しかしそれでも作業の実態を暴かれるのは、東京電力としては困る、それであの手この手で”実態の暴露”を拒んでいる。


一つ目として、放射線の高いところで働くときは、「何があっても問題にしない」という誓約書にサインをさせる。


二つ目として、問題の取材を東京電力に申し入れると「下請けのことまで走らない」と責任回避をする。


三つ目として、誓約書で「取材に応じたら解雇」を認めさせられる。


ここまでして実態の暴露を防いでいるにもかかわらず、次々と”顔と声”を伏せての暴露が続いているのである。


私が過去に聞いてきた下請けの人たちの話では、最大第6次の下請けまでと言われていたが、今は第7次にまで裾野が広がっていて、日当も7000円程度まで下がってきているという。
これで東京電力に現場の指導、とか実態把握などと求めても無理だろう。


いま、原発の汚染水漏れや、各号機の廃炉作業を担っているのは誰なのかを考えてほしい。


東電の株主でもなければ社長でもない、第6次7次のブラック企業で働く現場末端の労働者なのである。


日本一重要な作業が、東京電力も実態を把握できないような、そういう過酷な末端の労働者でいいのか?と思うのである。

放射能汚染地の子供たちの将来に暗雲。 

福島県の18歳未満の子供たちの甲状腺検査の途中経過が順次公開されている。


直近の発表だと、19万3千人の検査の結果、43人が甲状腺がんか、がんの疑いであったという。


福島県は36万人を検査する予定と言うから、このままデータが推移すると72~74人位が甲状腺がんかその疑いということになっていく。
これを福島医大の管理下で全てやっている。


甲状腺がんは、100万人当たり1人から二人の発生率というから、実に100~200倍の罹患率である。


当初からこの検査方法には疑問符がついている。このペースで行くと、有にあと1年以上の時間を費やすことになる。


計算上ではまだ検査が済んでいない福島県内の18歳未満の子供たちの中に、30人位が甲状腺がんかその疑いのある子がいることになる。

検査が終わるまでに手遅れになる子も相当数になってしまう恐れを抱く。


「一刻も早く検査してほしい」という保護者の声を福島医大も意識しているのだろう。一人あたりの検査時間が1分以内と言うことで、余りにも急いでやるために、「本当にそんなやり方で正確に分かるのか?」という批判に曝されている。


しかしこれでも疫学的な甲状腺がんの検査は福島県だけで、栃木県などの汚染地では検査さえが不十分極まりない。


もう一つ疑問がある、18歳以上は本当に問題がないのか? ということである。
チェルノブイリの近辺でも、事故後早目から18歳以上にも異常な甲状腺がんの発生が報告されている。


福島県からすれば「余りにも被害が広く甚大すぎて、そっちの方まで頭が回らない。」ということなのかも知れない。



福島県(知事)の「こんなに早い甲状腺がんの発生は、原発の放射能のせいではない」という発言や、医大の「チェルノブイリでは4~5年後から発生しているから、(県内のこの癌は)原発事故のせいではない。」という対応を聞いていると、信じるわけではないが、その通りなら今後2年後から大量に甲状腺がんが出てきて、こんな数値ではない、ということになってしまうわけで、何だか、賛成・反対を問わず、どこから誰の意見を聞いても子供たちの将来は暗澹としているのである。

関東大震災10万人死亡の教訓。 

災害は文明が発達するほど大きくなる。


90年前に東京・関東地方襲った関東大震災は、記録によれば約10万人が亡くなったという。


当時すでに200数十万人が東京には住んでいたから、人口密集状態であった。簡単に言えばそこに住む人が少なければそんなに人は死なないのである。


それで、何でそんなに多くの人が死んだのか、ということを調べた学者がいたのである。(NHKで放映した)


寺田寅彦という物理学者もその一人であった。


当時の東京は、人工物である建物が密集していて、地震の直接圧死ではなく、火災によって多くの人命が失われたという。
つまり災害を考えた都市構造にはなっていないわけである。


寺田寅彦は、社会が「未曾有の災害だ、」と騒ぐのを見て、「未曾有ではない、過去にも同様の地震が起きているが、その教訓を生かさなかったから被害が大きくなったのだ。」と言っている。


更に加えて「日本人は健忘症だ、大事な教訓を忘れることで災害を大きくしてしまう。」「20世紀末か21世紀前半に再び大きな地震が大都市を襲うだろう、しかし健忘症の日本人は、災害をすっかり忘れ、危険な構造物を再び大量に作るだろうから、災害は更に大きくなるだろう。」と言い残して57歳でこの世を去ったのである。


危険な構造物とは色々あるけれど、寺田寅彦は原発までは具体的には想像していなかったであろうが、”原発のようなもの”を想像していたのだろう。


そうして、寺田寅彦の言う通りの結果となったわけである。

またまた予言したい。「災害は文明が進むほど大きくなり、健忘症の日本では、再び危険な構造物を作り続け、今世紀中には大災害が日本を襲い、日本は滅亡するであろう。」・・・くま

クソ! 

今年の夏もクソ熱かった。高知四万十市はこのクソ熱さで国内最高気温を観測した。


クソ熱く燃えた参議院選挙は、クソ自民党と公明党の与党連合が、過半数を大きく超えた。


反原発や脱原発を掲げた政党はバラバラで、有権者に背を向けられているのにも気づかず主導権争いを繰り返し、自公連立政権を助けているのも身から出たさび。


今や自民党と変わりがなくなったクソ民主党では、期待のしようがない。ここに至って憲法改正にまで触れる始末。


管前総理と東京電力の幹部の告訴に「原発事故を発生させた津波の予測は不可能だ。」と、この世界的災害に、誰も責任を取らせないクソ検察庁、司法。クソ権力者。どこにある三権分立。


おかげで、クソ自民党の原発推進政策は、クソのような原発輸出とクソ原発再稼働に推進力を得たかのごとく。


クソ東京電力のクソ幹部は、お決まりの弁明で、汚染水対策の方便を繰り返すが、事態は益々先行き不透明で太平洋はクソの捨て場に変貌し。


クソ安倍総理は「原発の汚染水は完全にコントロールされている。私の責任で解決する。東京はニューヨークと同じ安全だ」と、オリンピック招致のためとはいえ、世界を相手に嘘を並べる出鱈目さ。


「その言葉、世界に言う前に私らに言ってくれ。」と福島県民。


オリンピック招致の陰で、地下水からトリチウムが高濃度汚染の報道。オリンピック招致が決まって浮かれている国民は、国会も開かず、説明もしないクソ安倍政権を「よくやった!」などと褒めそやす浅はかさ。


我が国は世界から「馬鹿なクソ国民」などと揶揄されないことを望むのは無理な希望か。


やんなるかな、今年ほど”クソ”の似合う夏はなかった。

政府・管前総理への告訴は別のものだった。 

何で東京電力の幹部と政府(民主党)管前総理を一緒にして告訴したのだろう?


そんなことを思っていた人たちは多い。


武藤類子さんたちが、今回の原発事故の責任を巡っての一連の責任を求めて責任者を告訴した問題である。


東京電力の幹部の対応と、政府の対応とは別ではないのか? それを言うならば自民党の歴代政府の責任の方が数倍重い。
そんなことを感じていた。


全員不起訴。そんなニュースがマスコミを席巻した。東京電力の幹部と政府を一緒にしての判決である。(まー裁判をしないのだから判決とは言わないが。判断だろうか。)


それで関係者に聞いてみたら、「政府要人に対する告訴は、武藤類子さんたちではない。」「あれは大阪の方の人がやっているもので、弁護士の名前も分からない。」「判決は一緒ではなく別にすべきだ、と何度も強く抗議したが、検察やマスコミは受け入れなかった。」ということ。


察するに、今の政府・権力は、東京電力と政府要人を何としても一緒にして発表しなければならない理由があったのである。


それは何なのであろうか?
少なくても東京電力の幹部の罪を、「管前総理は一生懸命にやったのじゃーないか」という一般的な評価の中に埋もれさせて、処理をしたかった。(不起訴に・・・)


誰しもが「東京電力と政府要人が一緒に告訴されたのだから、一緒に結論が出されるのは当然だろう。」と受け止めたであろうからである。


何ともドロドロしたものである。明らかになりにくいところで権力者が仕組んでいるのだ。


小沢一郎の追い落とし。佐藤栄佐久前福島知事の追い落とし。管前総理の追い落とし。東京電力の幹部の不起訴。肝心なところで暗躍している。
これで自民党を利用する支配体制、は益々安泰なのだろう。

明日の投稿の訂正要請がありました。 

朝日新聞の”声”の欄に投稿した記事が載ることになったというのは以前に触れているが、二度ほど記事内容についてメールでやり取りをして、内容は固まりつつあったのだが、前日の今日になって、担当記者の方から「本当にすみませんが、記事の内容について社内で猛烈な議論があって、一部載せられない部分があるので・・・」と連絡があった。


私の文章には、関谷地区の放射線の汚染がどういう数値になっているかを具体的に挙げたのであるが、それについて上層部から異論が出たという。


異論とは、その数値について那須塩原市やその筋?から抗議があった時に、(那須塩原市の公式な見解とは違うという事)朝日新聞としては確認が出来ない(しにくい)。ということのようであった。


実は以前に、この放射線量の検査結果について、新聞記者と扱いについて話したことがある。その記者曰く「公式な形にできる方法はないか・・・」という事であった。

だからこれを記事にするのは難しいことを、ある程度私も知っていたのである。
ただこの調査には何人も、そうして何日も要していること話した。


そうして結論は。
一部原稿を変更して、オブラートに包んで載ることになった。私も了解せざるを得なかった。


担当記者は「ほんとに、ほんとにすみません。こんなことではだめです。」「わたしは那須塩原市の現実はこの通りで、このまま載せたかったんです。(上層部)説得できませんでした。」としきりに言っていた。


何だか嬉しかった。その記者(若い人であった)が、わたしの記事を載せるために、こんなに頑張っていたということが、である。


これに懲りずにまた投稿して下さい。というその言葉を素直に受け入れられた。

長崎大大学院教授から、私の質問に回答。 

今や悪名高き長崎大学。そうあの山下俊一氏(福島県放射能アドバイザー)の在籍していた大学である。


その長崎大学の高村昇という長崎大大学院教授(放射線医療科学専攻)が、福島県に、放射線・放射性物質Q&A、という冊子を大量に作っておいて、わが故郷楢葉町にも送られてきていた。


その内容に町民の健康に重大な問題を引き起こす恐れのある、容認できない記述があり、無批判に町民に配った町当局に抗議をしていた。(以前のブログで数回にわたって記述している)


全体的に問題は山積みだが、特に問題な2点について、楢葉町を通じて質問していたのが、今回回答されてきたのである。何と2か月以上も時間がかかった。


一点は、0.78マイクロシーベルト/毎時の所で、子供を毎日三時間遊ばせても問題ない、という箇所。
私は、「この場に住み続けた場合、3か月で1.684ミリシーベルトの被ばくをする、放射線管理区域の扱いであり、問題である。」と質問。

高村教授の回答→ 確かに理論上及び計算上はその通りだが、放射線管理区域と健康管理では意味合い、管理方法が異なっており、科学的リスク評価(影響量)の二つの考えがある。

だから何だというのか、子供の健康を守りたいという親の心配に対する答えになっていない。


二点目は、100ミリシーベルト以下の被爆は妊娠中絶の原因ではない。心配するとかえってストレスで悪い影響を与える。という記述について、私は、「イギリスのアリス・スチュアート博士の1943年から1965年の追跡疫学調査で、2.5ミリシーベルト母親がレントゲン検査で被ばくして、小児がん死亡が、通常の3倍近くに増えたという研究結果があるがどうか。」と質問。

高村教授の回答→ ご指摘の通り、世界ではイギリスのスチュアート博士のような研究結果も示されていることから、一つの研究結果から判断するのではなく、様々な視点から研究結果を判断する必要がある。

全然答えになっていない。
いやむしろ「様々な視点から」、とICRPの言い分だけを主張した自らの非を認めている感じである。


こんな回答しかできぬなら、最初からこんなものを(冊子を)作るなと言いたい。これでも、長崎大大学院の教授でございます。とよくも言えたものである。

朝日新聞から11日の声の欄に載せます。と・・・ 

放射能汚染問題で、何かこの地に住む子供たちの役に立てないだろうか・・・ 常に考えていることであるが。


朝日新聞には今まで3回ほど投稿していて、過去に一度だけ意見が載ったが、今回は2回目である。「あなたの投稿を載せたいと思う。」という朝日新聞の声の担当記者から電話があった。


PCのメールで、校正記事の内容が送られてきて、「これでどうか?」とあったので、何点か修正点をメールで返した。
しかしどういう訳か返事がない。どうなっているのだろうか、いまの所分からない。(載るのかどうかも・・・)


取り敢えず投稿の中味を言うと、わたしが避難生活を送っていて一番の感じること、そうして言わなければならぬことを書いてのである。


それはこの地の放射能汚染の深刻さである。


こども・被災者支援法は、避難指示区域以外の汚染地の、自主的な避難も含めて様々に広範囲な支援をしようと言う内容である。それが政府の政府原案では具体性を示さないばかりか、対象範囲を福島県内の浜通りと中通の33自治体に限定したのだが、その基準は「地域を分断させない」という屁理屈で、線引きをしたのであって、線量ベースではない。


那須塩原市・那須町・日光市などの、むしろ福島県内の33自治体よりも汚染が酷い地域が漏れていて、本来救済しなければならない地域が除外されているということなのである。


政府案では、そういう地域を”準”指定地域にしようということであり、この地域の子供たちの健康が危惧される、という内容である。


私の以前のブログを見られている方であるならば、良く知っている中味である。


11日、「声」の欄に載ったらご一読いただきたい。実名である。

誰が知事になるかでこんなにも違うの? 

以前に、福島県の七つの大罪について書いたけれど、相も変わらず佐藤雄平福島県知事の、県民無視の対応は変わらない。


佐藤雄平知事の前の知事は佐藤栄佐久氏だったが、福島第一原発の3号機へのプルサーマルの導入に難色を示し、東京電力のデータ隠しに怒り、問題解決までは運転再開を認めないという抵抗を試みたが、国家権力から狙われて知事の座を追われた。(地裁で収賄はないが贈賄はあったという不可解な判決が出ている。)


その佐藤栄佐久知事の時代には、県の職員も知恵を絞って原発のことを勉強し、知事を支えた。(栄佐久氏の著書に詳しい)


翻って、佐藤雄平知事はどうであろうか、彼には県民のことを命を張ってでも守ろうというかけらも見られない。


恐らく現知事の頭の中には、「福島県の経済を守るために、放射能のことは騒がない。」「県民にも我慢してもらって、経済を支えてもらうしかない。」ということしかないのだろう。
県民の命を無視するような今までの対応は、そう考えると辻褄があうのである。


さてそうなると、県の職員も知事を支えるために頑張る。(気に入られようとゴマすりが生まれる)
原発事故以降の福島県の放射能対策は何一つまともなものはない。

特に山下俊一氏(長崎大学から派遣された福島医大の副学長で、福島県放射能アドバイザー)が県民に説明してきた「100ミリシーベルトまでは健康に問題はない。気にするとストレスで病気になる。」という被ばく基準は、県職員の説明でも踏襲している。


事故前の被ばく基準は、年間1ミリシーベルト以下である。
安全を考えるとそれはいまでも何の変化もないはずであるのに、福島県内の18歳以下の子供を持つ親たちが、福島県の放射能問題対策課の担当者と交渉を持った際に、「100ミリシーベルトを子供に被ばくさせてもいいというのはおかしい。県はどう思っているのか。」という問いに、平然と「問題ないと思っている」と答えて、激しいやりとりがあった。


さらに佐藤雄平知事は、福島県の18歳以下の子供たちに甲状腺がんが多発している問題に触れて、「原発のせいとは考えられない」と述べている。
何の根拠で言うのか、無責任な発言である。


はっとして振り返り我が県を見てみると、それは福島県知事だけではなく、この地でも同じでは・・・・

何でバラバラ?反権力。 

矢板市の指定廃棄物最終処分場の反対運動を巡って、何人かの人が「国家権力との闘いになる、負けられない」と威勢のいい言葉が飛び交った。


経験上で言うと、「国家権力との闘い」は大変な闘いである。とても矢板市の反対同盟だけで勝ちうるようなものではない。
金・欲望など様々なものとの闘いになるのである。一時的な勢いで勝てるほど甘くはない。私は、小さな勝はあっても全面的な勝利の経験が一度もない。


矢板市の反対同盟、那須塩原市の放射能から子供を守る会、関谷・下田野の未来を考える会、などの運動に関わっていて思うことがある。(そのほかの組織として、那須野が原の放射能汚染を考える会・那須希望の砦(那須町)などがある)
その中で他との関わりを持っているのは、矢板市が高萩市と共同歩調を取っていることと、子供を守る会と関谷・下田野の未来を考える会が連絡し合っていることくらいである。(様な気がする)


那須塩原市にある住民グループからすると、「早く最終処分場を決めて除染を進めてほしい」というのがあって、矢板市の運動とは壁があるように思う。


其々のグループは自分たちに協力的な自治体などに気を使って、やるべきこともやれない現状もある。


矢板市の反対同盟も、すぐ隣の塩谷町には以前に産業廃棄物の建設反対運動をしてきたグループがあるというが、山ひとつ隔てているだけなのに、行動を共にできない。


革新政党のグループも、本来は活躍する場であるはずなのに、その住民グループを遠巻きにして参加していない。


これで権力との闘いなど出来ようがあるまい、と思う。


大きな敵に立ち向かう組織になっていないのである。栃木県北部の運動体が一体になって初めて力がつくのである。バラバラで立ち向かえる相手ではない。


それほど我々は強くないのである。強くないことを意識しないとならないのである。

矢板市の市民大集会に参加してきました。 

黙ってはいられなかった。
栃木県の指定廃棄物の最終処分場に突然指定された昨年の9月3日から1年後の3日、矢板市市民同盟主催の大集会が開催されて、参加した。


1周年の9月3日の僅か7日前の8月27日に、栃木県の第三回市町村長会議(村はないのだが・・・)が開催されて、県内1か所という処分方法を巡って、国・県との議論が闘わされた後の開催だったわけである。


会場は1500人は入るのだろうか、ほぼ満席だった。恐らく大体1200人位だろうから集会は大成功だったのである。茨城県の高萩市からも応援に駆け付け、マスコミも多数いたので、宣伝効果はばっちりであった。


市民同盟の小野崎会長や、東泉実行委員長の発言の中に、「国家権力との闘いに負けない」という発言があったのが印象的であった。同様の発言は反対同盟の他の人も使っていて、県や国のやり方に強い抵抗感を感じさせる発言に感じた。


指定廃棄物の処分場を巡っては、いくつかの問題がある。

一つは、選定基準のなかにある、廃棄物の保管量を考慮するという項目が、地方のローカルルールという概念から評価項目から外すという見解が出てきていることである。(矢板市は栃木県内8番目の保管量で、この基準に照らせば外れるのだが)


2つ目は、自民党が今まで「地元の理解が前提」として民主党を批判して、処分場選定の基準の見直しを示唆していたが、(福田知事も同じ発言)宇都宮佐藤市長の「国の責任で強い姿勢で臨め」という数度の発言に、井上信治環境副大臣が「国の責任で進める」と応じて、首長・地元の理解がなくても強引に進める可能性が強まっているということである。


3つ目は、選定基準のなかにある、観光客50万人以上の自治体を除外するという案が依然として残っているという事である。このことで、那須町・那須塩原市・日光市・宇都宮市などの、廃棄物量が多い地区が除外されたのである。


以上の環境を考えると、再び矢板市が指定される可能性は高まっているのである。外堀を埋めて、矢板市以外の適地はない、という県内的環境を作っていると思えるのでる。


そういう意味で今回の市民大集会は良いタイミングであったと思う。

自分以外を理解すること、それが自分への理解に繋がる・・・ 

上手くいかない、嫌な思いをする、そんなとき「なんて無理解なんだ・・・」とつい自分中心の不満を他人にぶつけてしまう。


私はそんな時、故人の作家金子みすずの”こだま”という詩を連想することがある。


詩の内容は、「遊ぼうと言えば遊ぼうと言い、馬鹿と言えば馬鹿と言う、それで嫌になって御免ねと言えば御免ねと言う、こだまでしょうか・・・」という趣旨であった。


昨日9月1日避難者同士の交流会を実施した。参加者は18人であった。


色々と、避難者同士でないと話しにくい賠償に係る話しなどが交流された。


自己紹介の時に、一人の婦人が「草木染の趣味を通して、地域の人たちと交流しながら浪江町の本当の姿を話して理解してもらう努力をしている」と話された。

そんな訴えをしているあるとき、そこにいた人から「避難者の人は4200万円の賠償をもらっているんですか?」と突然聞かれてびっくりしたそうだ。

それはどこかで聞いた話が、固定的な観念になってしまったのだろう。人にもよるがそういう人もいたのだろう。それが避難者は4200・・・と一般化したのかもしれない。


世の中は誤解とすれ違いの連続である。


ちょっとした誤解やすれ違いが、怒りや不満に繋がっていくのである。
避難者に対する誤解は例を挙げると枚挙に暇がない。


大切なのは、それを紐解いていく鍵は自分自身にあるという事であるし、自分以外にはないということでもある。
他人にいくら期待しても解決はしない。自分のことばかり話しても事態はむしろ悪い方に転がるばかりである。


他人がなぜそういうか? その人を理解していくことが大切である。自分が他人を理解できないのに自分のことを理解させようとしても、所詮無理なのである。鍵は自分にあるのである。

汚染水対策、埋もれた計画。 

民主党の馬淵衆議院議員が、復興大臣(?)だった時に作られた汚染水対策が、日の目を見ずにお蔵入りになっていて、担当大臣も代えられていたことが、今頃になって表面化してきている。


あまり詳しく知らないので申し訳ないが、その案は、原子炉の1~4号機の周りを覆う遮水壁を作る計画であったという。
それが発表寸前で中止となり、大臣更迭となったというのである。


それで、2年以上もろくな対策も取らずに世界を揺るがす汚染水漏れに繋がっているのである。


東京電力は「全体を覆うと地下水が減り、原子炉の中にある汚染水が土中に吸い出てしまうので止めた」と言っているのだが、それじゃ-今はどうなの?漏れていないの?と言いたいのである。


この四方から囲うというのは、私が前に書いた地下水の上から防ぐ方が現実的でないか?という提起とも共通するところがある。
つまり、臭いにおいは元から絶たなきゃダメ、ということである。


東電の言い訳も説得力がないが、では何故この案が見送られたのかということである。


馬淵氏の言い分では、「この工事を実施すれば1000億円程度かかる、というので、当時の東京電力の経営状況では経営危機に直結する問題だったので、やらなかったのだろう。」ということのようである。


一事が万事東京電力はこういうやり方である。


津波対策も、当時の設備管理部長の吉田昌郎(福島第一原発所長)が「原発の都合だけ優先したら国民の理解は得られない」と意味不明な屁理屈をこねて、当時としても1000億円規模になる防潮堤の建設を拒んだのである。今回と同じである。


汚染水問題は、今はタンクの問題ばかりがクローズアップされているが、地下水や冷却水問題が主流なのである。


新潟県の泉田知事も、金儲けのことだけを優先させて、説明も対策も何もしない東電を批判している。
根は同じである。

言わねばならぬ、広大・深刻な被害。 

ごく最近東京のある団体から、毎月発行している情報誌にスペースを設けるので、1800字位で原稿を送ってほしいという依頼をされた。


一回目の依頼が、”故郷を奪われた暮らし”というテーマにしてほししということであった。


そうすると、私の周りの避難者の実態や自分のことを述べていくようになる。


避難者の実態は、100人いれば100通りのドラマがあり、話し始めれば尽きることはない。


しかしそれはテレビや新聞などのマスコミで様々な事例が報道、報告されている。(ほんの一部だが)


原稿依頼に対して、今回は意外に知られていない、埋もれている実態を書かせていただいた。
発行部数が500部ほどと言うから目に触れるのは一部の人である。


それは、直接避難命令は出ていなくても避難している人たちや、避難せずとも放射能汚染問題で苦しんでいる人たちが、数多く存在している実態を知ってほしかったからである。


マスコミなどで言われている15万2千人の避難者という数値だが、その数値は避難命令や自治体判断で避難したりして、自治体で避難者の人数が把握できている数値である。避難地域以外の地からの避難者は数値に出ない。


一般の転居や転勤と区別がつかない、という理由である。紛れもなく原発事故での避難家族が私の近くにだけでも4家族がいた。
その内2家族が経済的理由で福島に帰った。
ここ那須塩原市でも2家族で子供を避難させている事例を聞いている。恐らくはもっともっと多いはずである。


その人たちに対する賠償は、子供(18歳以下)には一括で40万円、大人には8万円である。
そのお金が尽きるとたちまち経済的に困ってしまう。


ここ那須塩原市でも放射線管理区域(0.6マイクロシーベルト/毎時以上の汚染地)で生活せざるを得ない子供を抱えた人たちが相当数いる。矢板市も最終処分場問題で苦しんでいる。
今回の原発事故で、声になりにくい声、表に出にくい被害者が広く、深く存在していることを、1800字の原稿に詰めたのである。
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