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指定廃棄物・最終処分場問題、大きな前進?後退? 

福田県知事は「大きな前進」と、今回国の基本方針の、各県処理という根幹が市町村長会議で承認されたことを評価している。


事前に市町村長と非公式に会合を開き、「福島県での受け入れは現実的でない」とあきらめを迫っている。


会議は宇都宮市長が「国は、どんな場所でも首長が反対でも、国が責任を持って進める覚悟はあるか」と迫った以外に、国の基本方針を支持する意見は出ていない。


この佐藤栄一宇都宮市長は以前も「絆が大事だ、福島ではなく県内で受け入れるべきだ」と矢板市などを牽制する発言をして、福田知事をバックアップしている。
そんなに絆が大事と言うならば、宇都宮市で受け入れれば問題は解決するのである。

宇都宮市長は他市には”絆”を押し付け発言し、自らは”絆”ゼロの冷たい人間らしい。


自分の市には来ない、と踏んでの発言は卑怯である。


ところで会合は、矢板市の遠藤市長「国は責任を取るというが内容が見えない」。大田原市「話は聞いたが考えは変わらない」「国がやるというのらやればいい、市町村長会議の責任にされるのは本意ではない」。鹿沼市長「矢板の混乱を見れば誰も意思表示はできない」。と口を開けば各論で反対なのである。


つまりこの会合では何かが進んだように報道もされているが、実際のところは、各自治体の不安と不満と先行きの不透明さが際立った内容であったという事もできるのである。


この議論は一見堂々巡りのようにも見えるが、徐々に煮詰まっていって、原発の近く以外にないという方向に修練されるのである。
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こども・被災者支援法福島33市町村限定、基本方針 

復興庁に求めてきた、栃木県北部もこども・被災者支援法の対象地域に、の声はいまのところ届いていない。


29日、復興庁はこども・被災者支援法の「放射線量が一定の基準以上」という地域に、福島県の33市町村だけを対象地域にすることを基本方針で決めたことが明らかになった。


いま33地域の全てを知ることはできないが、間違いなくいわき市は双葉郡の隣に位置していて対象地域になるであろうが、その汚染度合いはここ那須塩原市よりは明らかに低い。


そのことに、那須野が原の放射能汚染を考える会、の西川代表も「支援対象地域の中には那須塩原市より低い線量のところがあるはず」と触れている。


那須塩原放射能から子どもを守る会の手塚会長も「高い放射線量地域の中で暮らしている。被災者の意見を広く聞き、地域のニーズにあった支援にしてほしい」と述べている。


それだけ復興庁のこの案では、支援内容に実態とかけ離れた対応になってしまう問題を孕んでいる。


復興庁もその辺を意識してか、準支援対象地域という”準”のクッションを設けている。

今後、那須塩原市など県北部では、この”準”という位置づけ、指定を巡っての闘いになっていく。


復興庁が以前から言っていたことだが、「地域の分断」をさせない、という理由付けが、福島県以外の高汚染地域への対象地域指定を免れた背景になっている気がする。


この地で放射能の恐怖に怯えながら暮らしていかざるを得ない人たちにとって、もともと汚染には同じ市であっても差があり、それは分断にも繋がっているのだから、「何を今更」の感は拭えない。
まして支援法は、避難したい人が自らの意思でできるように支援する内容となっており、地域こぞって避難しろなどとなっていないのである。


これからは取り敢えず”準”支援対象地域の指定を巡って、気の抜けない展開が続く。

子供じみた汚染水対策。 

多分東京電力という会社の実態は、どんなこともまともに判断、対応できないのではないだろうか。


いま放射能漏れの事故レベル3に認定された、福島第一原発汚染水の問題である。


原子炉が海に向かって平行に並んでいるが、原子炉と海の間に土を凍らせるという方法で壁を作って、汚染水が海に流れ出るのを塞いだという。


原発には地下水の他に、坂下ダムから370トン/日ずつ冷却水として使われているが、これさえも扱いに四苦八苦しているのである。


まず、地下水は見えないが上から下に流れている。素人の考えでも原発の下(海の近く)で防護壁を作ったら、すぐに満杯になってしまうのでは・・・と分かる。


普通ならば、原発の敷地に流れないように 原子炉から見て上の方に防護壁を作って防げば地下水は来ないのではないか、と考える。


これが川と思えば自明の理である。構図を想像すれば、流れの下で水の流れを塞いだら、原発が水浸しである。だから上で防ごうと考えるはずである。


チェルノブイリでも地下水問題と言うのはあって、放っておくと海に流れてしまうので、国を挙げて地下水のくみ上げをして防いだのである。

日本はどうしたというのか・・・


ガキの使いという表現があって、まったく川の流れさえも考慮しない子供じみた対策でしかない。


太平洋への今回の汚染水漏れの問題は、国際的に批判を受けている。レベル3の事故である。


私の認識では、レベル3までは環境に重大な影響がない大きな事故という認識なので、レベル4になるのでは?と思うのだが・・・


これで世界中でレベル1以上の事故が11回起きたことになるが、実に9回が日本で起きている。
懲りない面々である。

友人からの誘いで、ショウジョウバカマ採集に行きました。 

石川県から(能登半島の付け根)友人の知り合いで、ショウジョウバカマのセシウムの吸収を調査している
T氏の調査に付き合うことになった。


私が連れて行ったのは、関谷地区で以前に私が空間線量と、土のベクレル検査を実施した場所である。


2か所の土を採集し、そこのシーベルトを測った。
T氏は何よりも、その場の線量の高さに驚いていた。


私が、「この広場の草の根元は1㎏あたりで3万ベクレルを超えている。しかし僅か30センチ離れた草のない土を調べると、2500ベクレルにしかならない。放射性物質はこの場では最初草に捉えられて、雨などで徐々に根元の方に移動したり、土壌にある放射性物質は流れて草の根元に捉えられるのでないか。」と言った。


T氏は黙って聞いていた。


次の日にショウジョウバカマを採集しに、須賀川地区方面(大田原市の)に行き、2か所で、採集した。
放射能の空間線量は0.13~高くても0.15マイクロシーベルト/毎時くらいであった。


ショウジョウバカマは葉よりも茎や根の方がセシウムを多く吸収するらしい。しかし、それでもそんなに大量に吸収するわけではない。私はこの調査がどういう意味を持ってくるのか予想が出来ないし、意味も良く分からない。
研究というのはそういうものなのだろうか?


ショウジョウバカマという植物は、高山から麓まで湿った日陰の場所に広く生息する。ただ平地の日の当たる場所に生息できない。生息域を好み選択するこの植物が広くセシウムを吸着する救世主になることは到底無理のような気がする。


野菜や、果物、木の実でも、同じ汚染地域に育っても基準値(㎏100ベクレル)を超えるものがある反面、まったく問題がないものもある。(大根はセシウム吸収率はゼロだった。)
恐らくそれは、セシウムを多く吸収する性質を持つものと吸収しない性質のものの違いだろうから、冷静に考えれば、ショウジョウバカマと同じである。


それでも、この調査が何か役に立つ日が来るかもしれない、と漠然とした期待を込めて一緒に行動をしたのである。私もまたそのことを願っている。

県知事に要望、子供・被災者支援法への協力。 

今回栃木県知事に要望したのは、こども・被災者支援法の対象地域に、栃木県北部が含まれるように国に要望してほしいという内容であった。


昨年6月にこの法律は出来上がっているのだが、仏作って魂入れずで誤魔化してきた。


要望したのは、放射能から子どもを守る会(那須塩原市)・関谷・下田野未来を考える会・那須野が原の放射能汚染を考える住民の会・宇都宮大学准教授清水奈名子氏、の連名であった。


それぞれの代表と関谷・・・の事務局長、そこに末席を汚して私が警戒区域からの避難者として参加させていただいた、考えようによっては有難いことでもある。


要望行動は、最初県議会議長に行い(9時10分から)その後9時半からは知事に要請した。


それぞれの代表者が、実態を赤裸々に訴えたのだが、関谷・下田野地区の代表から、地元の放射線量を測った具体的な数値の入った票を知事(議長も)に示して、如何に那須塩原市が深刻な汚染状態にあるかを訴えたのは良かったと思う。


宇都宮大学の清水奈名子准教授から「国にこの要望をすると、県から要望がないからやれないと言われる、県からも要望してほしい」と言ったことに、知事が色を成して、「とんでもない話だ、私は福島県と栃木県の境にはベルリンの壁はないと思っている。前から国にはそういっている。議会でそういう方向で取り組んでいきたい。」と言ったことで、要望の趣旨は理解されたのではないだろうか。

要望行動の意味はあったわけである。


ところで、実は私も発言したのである。趣旨は「双葉郡の警戒区域だった楢葉町から避難している。楢葉町の土のベクレル検査と空間線量をしたが、那須塩原市のほうが汚染のひどいところが数多く存在している。こんなにひどい汚染地に子供が普通に生活していることに危機感を持っている。ご支援を頂きたい。」という内容で話した。


この日は午後から指定廃棄物の最終処分場の選定に係る市・町の首長会議と言うのが開催される予定の日である。こちらも目が離せない。


要望行動の終了後に記者会見というのをやったので、今日明日のテレビ・新聞に報道があるはずである。













8月27日栃木県福田知事に要望に行きます。 

やっと知事とのコンタクトが取れて、8月27日午前9時半頃会えることになった。


何のために会うかと言うと、子供被災者支援法(俗称)への協力を要請しに行くのである。


放射能から子どもを守る会や、関谷・下田野未来を考える会の人たちが今回の要請行動のセッティングに奔走し、そこに私が行動を共にするわけである。


子供被災者支援法というのは正式には、「東京電力原子力事故により被災した子供をはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援に関する施策の推進に関する法律」というらしい。長いのである。

基本理念の中で、被災者生活支援等施策は、被災者一人一人が第8条第一項の支援対象地域における居住、他の地域への移動(避難)及び移動前の地域への帰還についての選択を自らの意思によって行うことができるよう、被災者がそのいずれを選択した場合であっても適切に支援するものでなければならない。
と謳っている。


第8条第一項というのは、
国は、支援対象地域(その地域における放射線量が政府による避難に係る指示が行われる基準を下回っているが一定の基準以上である地域をいう。以下同じ。)で生活する被災者を支援するため、医療の確保の関する施策、子供の就学等の援助に関する施策、家庭、学校等のおける食の安全及び安心の確保に関する施策、放射線量の低減及び生活上の負担の軽減のための地域における取組の支援の関する施策、自然体験活動等を通じた心身の健康の保持関する施策、家族離れて暮らすこととなった子供に対する支援に関する施策その他の必要な施策を講ずるものとする。


となっている。


ちょっと長いが、この法律を作っただけで実行に移さないというのは、この内容が政府寄りでなく被災者寄りであるため自民党としては何とか実行しないで済ませてしまいたい、と思っていることだろうが、放射能が拡散した各地域や自主(?)避難者を中心に立ち上がっているのである。


さすがに政府自民党(公明党も含む)は法律として出来てしまったものを無死することはできず、「検討中」と言っているわけである。


福田知事は自民党であり、政府にピッタリと付いているので、参議院選挙で自民党が勝利したことで、原発。放射能対策で「政府の方針が県民にある程度理解されている」と踏み込んだ発言をしている。

その知事に明日は協力要請に行くわけである。

運動を続けるコツは続けること。 

ここ那須塩原市や近くにも、様々な放射能汚染を心配して出来た組織がある。


その中でどの組織も運動が一時の盛り上がりを欠いているという話しを聞く。


主な原因は、政府マスコミが、
①放射能汚染が軽微である、ことを宣伝している。
②被害がないと思わせている。
③今にして思えば原発の事故そのものも大した事故ではなかった、と宣伝している。といったことで、住民の中や、運動してきた人たちの中に、「こんなものなら大丈夫じゃーないかな。」という雰囲気と言うのが生まれている気がする。



こういった傾向と言うのはどんな運動にも一度は生まれる傾向である。


もう一つの原因は、やれることは大体やったと思っていることである。
そんなことはないのだが、政府・権力者の構造は住民運動のここまでの動きは織り込み済みなのである。


もう一つは、運動する人と言うのが、人のためにやってやってるというスタイルから抜け出ていないという事なのではないだろうか。


色々見えてくると「〇〇さんは協力的でない」とかいう不満が組織内部に鬱積してくる。
この場合悪いのは自分ではなく、他人である。「私は(俺は)こんなに一生懸命やっているのに・・・」というのが不満の背景にあるから、この誤解を解いていかないと前に進まない。


放射能に対する問題を取り組むというのは、本来自分のためであり、自分の子供のためであるはずである。
いつの間にかそれが、「人のためにやってやっている」という方向にづれていくからこうなる。

何のために運動しているのか、という基本に戻らなくてはいけない。


事故から2年半を過ぎて、これから徐々に被害は深刻になっていく、もう一度原則に立ち返って組織をしっかりさせて、闘う準備が必要である。

原発施設の外に重要免震棟を作るという奇怪。 

この重要免震棟、原発が制御不能になった時に事故対策をする人たちが集まるところだという。


様々な機器があるのだろう、大きな地震が来ても壊れないのが重要免震棟の構造でなければいけないのだろう。


全国の原発で、福島第一原発事故以来その存在や、設置場所の原発からの距離がクローズアップされたのだ。


原発は、原子炉がある原子炉建屋から、高温になった沸騰水が配管を通ってタービンが入っているタービン建屋に行き、タービンを回して発電する仕組みであるが。(簡単・単純に説明すると。)
その配管の構図は複雑で、一基当たり数十キロに及ぶ。


原子炉は例え建屋が地震で壊れても壊れる恐れは低いが、(炉と格納容器で30センチもの鉄の厚みがある、と東電は説明してきた。)怖いのは、配管のつなぎ目にひびが入ることである。


事故前原子力安全保安院は、電力会社からの要望で”維持基準”というのを導入していて、配管にひびがあっても交換せずに運転を継続できるように法律を変えていたのである。だから今回配管が地震で割れたと思われているのである。


配管にヒビが入ると高圧力に曝されている配管内部から猛烈に蒸気が漏れる。原子炉内部から一気に水が失われ、空焚きの原子炉が出現する。(2時間もするとメルトダウンになる)


こうなったときには、ECCSという緊急炉心冷却装置が働くはずなのだが、急に冷やされることに対する炉の破壊や、炉内の圧力が高くECCSは働かないのでないか、とか、指摘されている。
何と言ってもまだ一度も確かめたことがなく、やってみなくては分からないという恐ろしいものである。


話しは少しそれたがそういうわけで、地震が原発を壊す恐れと言うのがあり、(今回も地震で原発の配管が壊れていたという専門家の指摘がある)そういうときには、重要免震棟に入って対策をしようと言うわけである。


話しは逆ではないかと思うのである。免震重要にすべきは対策室ではなく、原発である。私の家でさえが東日本大震災で、一部損壊で済んだのに、原発はあんなに脆く壊れたのである。それも4基全部である。


原発を完全な免震構造にして電源を完全に確保してから重要免震棟という話しをすべきなのである。


電力会社に免震構造が作れる技術があったことにただただびっくりするのである。

旧ソ連邦の対応よりも大きく出遅れた被災者支援。 

チェルノブイリ事故から27年になるが、我々日本はその経験から学ぶことが出来る環境に生きているので、ある意味でそれはプラスの材料である。


チェルノブイリでは事故から数年後から様々な健康被害が出てきて、5年後にチェルノブイリから250K㍍以上離れた地域までも含めて、30万人以上が避難した。(勿論保証付きである)


そのときの放射能汚染基準が、55万5千ベクレル/㎡以上の汚染地域である。年間5ミリシーベルト以上の地域である。148万ベクレル/㎡以上は緊急避難になった地域である。事故後数日後すぐから避難している。


18万5千ベクレル/㎡以上の地域は(55万5千ベクレル/㎡以下)希望するならば保証付きで避難できる地域という扱いである。避難を強いられた双葉郡内の町村で言うと、川内村が該当する。川内村は2012年1月に帰村宣言をしている。どんな展望があったのか知らないが、村民だけが犠牲になる。(年間1ミリシーベルト以上5ミリシーベルト以下)


ICRPでさえ言っているのが、平常時ならば年間1ミリシーベルト以下が被ばく基準なのだから、これは政府が言う国際基準でもある。


2012年の6月に日本の国会で、被災者こども支援法(俗称)が成立している。


この法律は、避難地域でなくても支援対象地域に指定されれば、被災者が避難選択の自由を与えようとするもので、チェルノブイリ法を参考にして作られている。


しかし法律が出来ていても1年以上店晒しで、施行されていない。
政府・安倍政権はサボっているのである。


そのサボり行為に怒って、政府に実行を求める訴訟がおこされた。
ここ那須塩原市にも上赤田の住民が訴訟団に加わっていて、何と自宅の子供さんの部屋が0.5マイクロシーベルトにもなっていて、子供さんと奥さんを大田原市の方に避難させているという。


私がこの地に避難していて友人になった人がいて、この人が上赤田の人で、自宅の周りの放射線を測ったことがある。高いところで4マイクロシーベルト/毎時もあってびっくりしたことがあったのを思い出した。

この友人は73歳になる人で、6月に突然亡くなってしまった。
私が住んでいた旧警戒区域の線量よりもずーっと高く、チェルノブイリで被害が激増した線量に匹敵する。
この地に何の対策もしない政府のやり方は許されるものではない。

汚染水漏れ歯止めが効かず。 

東京防災と言う東京電力の関連会社に勤務していた46歳の中堅社員が、今年の1月に退職した。


本人から話を聞く機会があって、少しだけだが東京防災の話をした。

彼が曰く、「原発の事故から2年で半数の職員が辞めた。俺のような中堅社員も次々と辞めている。」という話しであった。


「とにかく仕事が嫌だった。」というのである。「こういうのは東京防災だけではない。」とも。


「他民族を支配する民族は、自らも自由ではありえない。」という格言があるが、今東京電力の内部や関連会社、そうして下請け・孫請けに至るまで、企業が儲け、働く者は犠牲が拡大している。

失業時代なのに働く者さえ集まらない。


こんな状態が原発の仕事を請け負う企業に蔓延している。


ネズミ一匹で原発の電源喪失に至るのは、もう企業が企業として機能していないのである。


汚染水漏れ300トン。30兆ベクレル海へ流出。国際的放射能漏れ事故評価レベル3。(世界で8回目)

肥大化した金儲け集団(原子力ムラ)は誰もその動きを制御できず、改善もできない。


汚染水は1㌧の箱を並べて言ったら、福島第一原発から北海道に到達する距離に達する。


2015年までに70万トンに達する。事故から4年である。
2019年には恐らく140万トン近くになるだろうから、廃炉までの工程を考えると、双葉郡の海岸線は汚染水の保管で溢れかえる計算である。


放射能が空気中に漏れ続け、海に漏れ続け、汚染水が管理不可能なまでに溜まり続ける。悲劇である。


第二次世界大戦で日本は、広島と長崎に原子爆弾を投下されて戦争が終わった。


今、福島第一原発で大事故が起き(広島)、反省もなしに原発を再稼働し、再び原発事故が起きるだろう(長崎)。するとようやく原発から撤退せざるを得なくなるのだろうか。
巨大になりすぎて、制御の出来なくなった東京電力のように。

福島の子供43人が甲状腺がんか疑い。 

 なぜか今回の福島県の18歳以下の甲状腺がんの検査では、「原発事故のせいではない」と繰り返すだけで、以前に甲状腺嚢胞の時のように、他県(長崎県など)の検査データーとの比較をしようともしない。


 驚愕の甲状腺がんの発生率なのかもしれない。


 検査は原発事故以来の検査の合計であり、今年の6月以降の検査結果を追加して発表されている。


 それによると、6月以降で新たに6人に癌が見つかったと報道されている。
 19万3千人の検査の内、18人が甲状腺がんと発表され、25人が疑いありで、合計43人が癌か疑いありである。


 被ばく量は全員が2ミリシーベルト以下だったと報道されている。


 2点指摘したい、


 一点は、19万3千人の検査で43人が甲状腺がんにり患するという異常な数値の持つ意味である。
 簡単に「原発事故のせいではない」というだけで説明がつくような単純な問題ではない。


 過去の福島医大の対応のように、九州や北海道などの原発事故から影響の薄い県の追跡疫学調査との比較も必要である。(世界的には100万人に1~2人の発生率との比較検討が求められる)
 福島県の18歳以下の甲状腺がんの発生率は200倍程度に膨らんでいるのが、多くの大人に不安を与えているのである。


 2点目は、被ばく線量の信頼性である。恐らく被爆線量の計算は、ICRPが2011年3月25日に日本政府に推奨した、07勧告を採用しているであろうから、実行線量方式と言うやつで推測しているはずである。

 実行線量だと、局所的な被ばくを考慮せずに、全身被爆として平均化する方法になるはずだから、全員2ミリシーベルト以下というのは、放射性物質が放射性ヨウ素131ならば尚更、甲状腺に集中して集まるので、それを全身に平均化したら、甲状腺への直接的な影響と言うのは無視されてしまう。


 つまり甲状腺に集まる放射性ヨウ素131は、他の部位への影響はほとんど無視してもよくて、甲状腺に内部被ばくを起こすのだから、放射性物質との距離の2乗に反比例する局所的影響が懸念される。


 政府が(恐らく福島医大も・・・)実行線量方式を被爆の基準として採用する限り、本当の被爆量は明らかにならず、被害もいつまでも認識されないのではないだろうか。

いわき市民の実態を再び考える。 

 この近くの大田原市に、1年以上前になるが、いわき市から避難してきた老夫婦が居た。

 この夫婦は、津波で自宅が流され住むところもなく、多分原発事故もあってこの地に逃げてきたのかもしれなかった。


 ここ那須塩原市にも多くの自主?避難者が居る。主に福島県の中通から(福島市・郡山市・二本松市など)が多い。


 いわき市では440名を上回る人たちが津波で家を失って、今もその大半が仮設住宅で暮らしている。


 私が数人の友人から聞いた話では、いわき市でも北の方の住民(原発に近い地区の人たち)を中心に一度は放射能の恐怖から主に県外に避難している。


 その内多くのいわき市民が戻ったが、戻らなかった(戻れなかった)人たちが相当数に上るという。


 全国に指定廃棄物の最終処分場(1㎏8000ベクレル以上10万ベクレル以下放射性廃棄物)の選定を委ねられている県が、福島県を始めとして、千葉県・茨城県・群馬県・栃木県・宮城県の6県があるけれど、すべてが放射能高汚染地域を抱える県である。いわき市と同様の地域である。


 いわき市は、事故直後に放射性ヨウ素131が大量に流れてきた地域でもある。


 今なお放射線が高く苦しんでいる地域もある。


 しかし、いわきの市民が岩手県や宮城県のように津波や放射能で苦しんでいることを取り上げるマスコミは皆無に等しく、(多分自殺者が出ても報道すらされていないのではないだろうか)誰も見向きもせず、勿論何の賠償もない。
 その苦しみたるや大変なものだろう。いわき市は甚大な被害を受けながら、今回の東日本大震災・原発事故の狭間に置かれているように思えてならない。


 そのいわき市民からすれば、同じような状況にあるのに双葉郡から避難している人たちだけが特別扱いされていることに我慢がならないのであろう。(双葉郡は連日テレビ・新聞で取り上げられ自分たちの仮設には誰も来ない、蚊帳の外)


 そこに土地・住宅家賃の高騰・医者の混雑・交通渋滞、と生活上の困難が襲い、連日賠償金でパチンコに興じる姿が目に付くのである。双葉郡民はいわき市民の実態に想いを巡らすことが大切である。


 原発被災者・子供支援法が国会で1年前に成立しながら、実行されない現状に、福島県内から避難したり、県内で苦しんでいる人たちから、「早く道筋を示して実行してほしい」と国を相手に訴訟が起こされた、当然の動きである。双葉郡からの避難者の一人として支援し共に闘いたい。

避難生活者の非と善と分断と・・・ 

 主に双葉郡の避難者が25000人ほど避難生活を送る、いわき市の渡辺市長が「避難者は働かずにパチンコばっかりやっている」と発言して、同じように原発の被害を受けているいわき市民との間で、軋轢が高まっている。


 避難者の高額の乗用車が壊されている、とか、市の施設に「避難者は家に帰れ」と落書きされた、とか、仮設住宅に夜爆竹が撃ち込まれた、とか、数々の衝突が報告されている。


 避難者の中には当然だが色んな人がいる。仕事をしていて、休みには釣りや山菜取りなどに勤しんだ人も多い。しかし今は仕事もなく、仮設の狭い住宅で暮らさざるを得ない。
 いわき市長は避難者にどうしろと言うのか、毎日仮設から一歩も出ずに閉じこもっているわけにはいかない。仕事もない人たちは、パチンコ位しかやることがないのだろう。避難させられた人を責めることはできない。


 しかし、いわきの市民の中には、小さい子供を抱え放射能の恐怖に怯えて避難した人たちも多い。それなのに双葉郡の人たちのように、賠償がされていない。これは差別である。


 そもそも自主避難の自主とは差別的な表現である。誰も理由もなく個人的な理由で自主的に避難したわけではなく、原発事故による放射能への恐怖から避難したのである。これは双葉郡内の避難者と何ら変わりがない。
 いわき市民にとっては、避難せずとも被害・恐怖は同じである。

 それなのに国も東京電力もそういう被害者には対策をせずに無視し続けている。それが避難者といわき市民の軋轢の原因であると思う。(「何で双葉郡民だけ賠償で、我々の被害には目を向けないのか・・・」と。)


 避難者は筆舌に尽くしがたい苦難の生活を送っている。しかし、今回の原発被害の甚大さは避難者だけに及んだわけではないのである。そこのところを双葉郡民も理解しないといけない。


 私は、人と(人に)話すときには最初に、「自分たち避難者の被害も、皆さんが放射能で苦労しているのも、どちらも原発事故による被害であり、同じ被害だ! ともに闘っていきましょう。」という。


 敵は被害者ではない、国であり東京電力なのである。はき違えてはいけない。


 いわき市長の発言は、そっくり分断を許すことに繋がるし、何の知恵も工夫も感じられない、愚かな発言であると思う。

仮置き場を暫定保管? 矢板市長提案に不安。 

 矢板市の遠藤忠市長が、放射性物質を含む最終処分場問題で、「最終処分場は住民の拒絶反応強く難しいので、今の仮置き場で暫定的に保管してはどうか。」という国や県との折衷案を出した。


 この遠藤市長は、以前にも「分散型処分場」という折衷案を出している。我慢が出来ない人である。


 よくよく矢板市長の言い分を見てみると、自分としては矢板市に作ってもいいが、住民の拒否反応が強いから造れない。栃木県に処分場を造るのならば、今の仮置き場をそのままにして保管すれば住民の拒絶反応も少なくなるのではないか。と言っているわけである。


 栃木県内には174か所の仮置き場があるというから、そこが暫定保管場所になるとなれば、新たな問題が起きる。放射性物質の保管場所はどこも拒絶反応が強く決まらないから、暫定保管場は最終処分場になる可能性と言うのが極めて高くなるのである。


 一度暫定で決まると、それを覆すことは不可能に近い。


 するとそのことに対する反対運動が全県的に起こる可能性を孕むのである。それとも皆で渡れば怖くなくなるか。


 もちろん矢板市にある仮置き場も同様に最終処分場になっていく可能性が膨らむ。


 言うは易し行うは難しである。


 私は、放射性物質処分問題は二つの方法しかないと思う。


 一つは薄めること、これはもう広範囲に汚染されてしまったので集めるというのが物理的にも不可能だからである。(太平洋に拡散した汚染を想像してください)


 もう一つは集めることである。それも出来るだけ狭い範囲に。(可能ならば原発の内部に)福島第一原発の近くに一か所に集めるべきなのである。


 私はこの処分場問題と言うのは、突き詰めれば突き詰めるほど、そうならざるを得ないと思っているのである。

原発労働者の犠牲、9640人が労災基準超。 

 日本全国で原発が大手を振って歩くようになっていたとき、電力会社は「普通の会社になる」と公言して金儲けを一層追求し始めた。


 原発の現場で働く者が安全ならば原発は安全だとも言えると思う。

 逆に原発で働く者が危険を感じるのであれば原発は危険なのである。

 過去の公害企業で、そこで働く労働者に危害を及ぼさなかった企業が一社とてあろうか?



 原発は運転を続けることが金儲けに繋がるただ一つの道である。だから危険であっても批判があっても動かし続けたい。
 そこから安全意識は崩壊し、そこで働く者に労働強化(労働環境の悪化)と言う犠牲が降りかかる。


 地域住民に危険が及んでいるとき、その企業で働く労働者にはそれ以上の危険が必ず潜む。


 2011年3月の僅か一か月前に一人の原発作業員が、5.2ミリシーベルトの被爆をして白血病に罹病したとして労災に認定された。一時間に0.6マイクロシーベルトづつ被爆した結果である。


 放射線作業従事者としては、年間5ミリシーベルト以上を被爆して白血病に罹病すると、ほぼ自動的に労災に認定される。だから5ミリシーベルト/年というのは認定基準である。


 原発で働く労働者は、年間50ミリシーベルトを被爆限度とし、5年間で100ミリシーベルトが被ばく限度になっているのだが、これが元々基準を大きく超えているのである。(事故直後は250ミリシーベルトだった)


 福島第一原発で2011年12月末までの作業で、9640人が放射能被爆による白血病の認定基準を超えていると報道された。
 1万9千五百人の労働者の累積平均被爆量は12.18ミリシーベルトで、その約半数の9640人が5ミリシーベルト以上だというのである。


 その後今年の6月末までならば、1万3667人に上るという。


 これは東京電力の発表である。嘘か本当かは分からない。もっともっと増える可能性があるからである。


 加えて、記憶に新しいこととして、累積被ばく線量を測る方法に、線量計に鉛カバーをかぶせた問題があるし、私が聞いている話としては、線量計というのをそもそも持たずに作業している人たちが居るというのである。


 今まで労災申請をしたのが、32人であったが(内12人が認定を受けた)原発事故後新たに4人が申請をしたという。今後の推移を注視していきたい。

急にベント? 過去の主張と整合性は? 

 新潟県の柏崎・刈羽原発にベント(メルトダウンなど緊急事故に高まった気圧を下げる弁)の設置に事前合意を巡って、県知事と地元自治体の対応が割れている。


 福島県双葉郡にある原発反対同盟と市民グループは今も東電交渉を続けているが、いま問題になっているのが「今までは、原発は5つの壁に守られているから絶対に外部に漏れることはない」と言ってきたではないか。
 今までベントなんて一度も言ったことがなかったのに、急に5つの壁が無くなった。防護の意味はなんだったんだ?と問いただしているのである。


 どさくさに塗れて、急にベントは出てきたのである。ベントがないと原発の運転は認めない、と言いだしている。今まで放射能を環境に出させないために東京電力と交渉を重ねてきた当事者からすれば、ベント?ベントって何だ?となるわけである。


 電力会社の対応は、常に人を馬鹿にして運営してきた。だから今度も世間はベント設置を、原発事故後にはあるべきもの、と思っている。反対運動グループもその流れで説明してしまえ・・・と思ったわけである。


 東京電力の説明は明らかに矛盾していて、(今までは、絶対漏れないと説明。今度はベントで放出すると説明)説明がつかない。

原発事故後に急に「俺は原発に反対だったんだ!」とは・・・ 

 最近プロメテウスの罠、という朝日新聞の連載記事に、木幡仁とますみ夫婦が、大熊町での反原発運動をしていた中心者のような顔をして登場している。


 原発に問題提起をして、反対するものが増えるのは良いことと思う。しかし今まで表だって活動していなかったものが、急に(木幡仁。ますみ夫婦のように)「(実は)前から極端な原発反対派だったんだ」などと嘘を吹聴する姿に、激しい嫌悪感を覚えるのである。


 わたしが双葉郡で、石丸小四郎氏を中心とする原発反対同盟の活動に共に参加した歴史の中で、木幡仁が、一線に出て活動していた事実は、知る限りにおいて一度もない。(プルサーマル問題で一度事務所に来たことはあるが、議会で反対したのは、富岡町議会の関友幸一人である)


 木幡仁(以後彼)は大熊町で学習塾を経営しており、原発関連の親を持つ子供を教えていた。表だって活動するわけがない。


 実は、私は避難前に県立大野病院の統廃合に反対し、”双葉地域の医療をよくする住民の会”の事務局を担当し、双葉郡内の各町村議会に救急医療にかかわる議会決議の取り組みをしていたのだが、郡内全町村の議員に(保守系も含めて)協力を要請し、8か町村の中で大熊町だけが困難を極めた。


 彼は、大熊町の町議会議員で、私は「彼は元は左翼だったから、少しくらいは反権力の気持ちが残っているかな?」と紹介議員になってくれるように、わざわざ自宅までお願いに行ったのだ。(郡内に住民90%以上が賛成する命の問題だった)


 彼はその時は「分かった」と答えておきながら、後で「実は私は農協の役員もやっているので、協力できない」と断ってきたのである。(県立大野病院は、農協の厚生病院に無償で統合するという案だった)(農協は原発事故後に、双葉郡の医療からは手を引く、と公表)


 彼は、町議会議員でありながら、郡民(町民)の命よりも自分の都合を優先する町の議員であったのである。
 (この運動で私たちは、7万人の郡民の内4万人の反対署名を集めたのである。)

 こうして大熊町だけが議会の決議が出来なかったのである。
 自分で美味しいところだけを食い逃げする卑怯者が、今更「実は俺は原発に反対だったんだ」なんて今頃になって新聞に取り上げられている。新聞も彼も馬鹿じゃーないかと感じるのである。


 私はこういう輩が大嫌いである。正直に「今まで賛成したのは間違いでした。これからは反省して反対します」という人間の方がずーっとずっと好きである。

福島県が県民に犯した七つの大罪。 

 福島県民は東京電力と国から多くの被害を受けさせられたのは誰しもが言うまでもない事実である。


 私は、県民に被ばくを強要したのは福島県当局も同罪であると常々思っているので、そのことに触れてみたい。


 まず一つ目は、佐藤雄平知事が、SPEEDI(放射能拡散予測)のデータをひた隠しにして、多くの県民を放射能の高い地域に結果的に誘導したという事である。飯舘村の住民は、飯舘村が放射能が高いのを知らずに、これまた放射能が高い事実を知らずに避難してきた、南相馬市や双葉郡民の避難者の世話をし続けたのである。


 二つ目は、山下俊一と言う長崎大学の教授を、福島県の放射能アドバイザー(兼福島医大副学長)に任命して、「100ミリまでは健康に全く問題はない、気にするとストレスで病気になる」と全県民に宣伝。


 三つ目は、東京電力に、「放射能の健康への影響はないと発表してください。」と要請。


 四つ目は、子供の甲状腺検査を、福島医大関係以外の医療機関で受診することを妨害した。(数多くの証言)


 五つ目は、千葉県などが、福島県民の放射能被害を食い止めようと支援しようとしたことに対し、「自分の県でやるから必要ない」と支援を拒否。


 六つ目は、除染による放射能低減基準を、年/1ミリシーベルト以下では達成不可能なので、引き上げるように政府に要望。


 七つ目は、県内の避難者には手厚く保護対策し、県外避難者には予算を使わない。(栃木くらし応援会への予算を減額、カット)(避難者支援のNPO法人)


 佐藤雄平福島県知事は被害者ではなく、加害者である。


 国会の事故調査委員会の調査の時には、政府の対応を激しく非難した佐藤知事に対して、黒田委員長から「3号機のプルサーマル発電容認の時に、何で安全対策をきちんと求めなかったのか?」と詰問されて、しどろもどろになっている。


 最後に、私が講演をした矢板市の緊急市民集会で、一人のご婦人が「原発で潤っていたんだから、廃棄物を受け入れるのは当然だ」と発言していたので、誤解をされている部分に一言反論しておきたい。


 原発の交付金は、許認可権を持つ県が反対しないように、交付金の7割を県に収める仕組みになっていることをご理解いただきたい。勿論地元にも交付金は降りる、しかし金額が大きかったときは、公共事業に特化された予算であったのである。だから小さい自治体に不似合いな施設や道路が出来上がっている。


 双葉町は公債費比率が悪く、財政は硬直化し全国で下から三番目の借金町で、破たん寸前であったのである。原発を作り続けなければ潰れてしまうという、地獄のような街になってしまっていたのである。

企業競争社会の原発。 

 安倍内閣が原発を海外に売り込もうと、福島第一原発で事故を起こした東芝(1~3号機)日立(4号機)などの原発メーカーを引き連れて、外国訪問をしたのはごくごく最近。


 物を売るというのは、メーカーが一社でない限り当然企業間競争が生まれる。今回も当然のごとくそうであった。


 売り込むためにアピール合戦になるわけである。そこで日本の国内の販売合戦との対比の事例を紹介したい。


 ディスカウント商品 → ディスカウント原発

 消費税還元セール → 消費税還元原発はいかが?

 割引商品 → 割引原発安いよ安いよー!

 格安航空 → 魅力的な格安原発

 アウトレッド商品 → 傷物商品アウトレッド原発

 1年で元が取れる太陽光発電 → 1年で元が取れる原発


 など等、 物を売らんかな、の商売合戦は競争だから、需要が少なく供給が溢れれば売りにくくなり、販売合戦はし烈さを増していくだろう。競争原理の法則である。
 こんな状況下で企業にコンプライアンス(法令順守)などを求めても無理である。あの手この手で逃げ道を探し、売ろうとするわけである。死活問題だからである。


 故黒沢明監督の7人の侍という映画のワンシーンに、古老が「熊だって食うものがなきゃ―山降りるだー」というセリフがある。生死がかかればなんだってやらざるを得ない。これまた法則である。


 格安原発、こう書いてみると刺激的で、あり得ない恐ろしさを感じる。企業にとって当たり前なのだが原発メーカーはこの言葉は使わずに売り込んでいるのだろう。しかし、真実はこの通りなのである。


 忘れるなかれ、日本や世界の企業競争社会は、アウトレット競争中であり。割引合戦中であり。消費税還元セール中であり。格安合戦中である。

 そんな原発は嫌だというなら、安全無視の競争を止めるか、原発の運転稼働を止めるしかないのである。
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