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J-PARC放射能漏れ、もんじゅ1万件点検漏れ。 

 このどうしようもない安全管理。呆れるし笑うしかないのか?


 J-PARC(加速器実験施設)の放射能漏れはレベル1の事故だったという。驚くほかはない。世界中で原爆の他の原子力産業施設で、過去にレベル1~7までの事故が今回含めて8回起こっている。一回はアメリカのスリーマイル原発のメルトダウン。更にもう一回はチェルノブイリ原発事故(レベル7)であるけれど、そのほかはすべて日本で起きている。8回中6回は日本で起きているのである。


 これに対し、「またか・・・」という国内反応で、この反応にも驚く。これくらいの事故は日本では何とも思わない。狂っているとしか言えない。すくなくても国外ならば(日本以外の)大騒ぎであろう。


 世論の反応のにぶさもそうなのだが、発生した放射能を平気で外部に(室内の放射線を下げるため)換気扇で放出する無神経さ。これが世界でただ一か国の被爆国のやり方なのか。



 もう一つもんじゅの1万件の点検漏れ。原子力規制委員会から運転再開の準備をすることすら禁止された。言うまでもなくもんじゅは、核燃サイクルのポイントになる原子炉である。


 原発から出た使用済み燃料を青森県の六ヶ所村にある再処理工場で精製してプルトニュウムを取り出し、そのプルトニュウムを使ってもんじゅで発電するという核燃サイクルなのだから、このもんじゅの点検を1万件もやらなかった、ということは、事故続きで全然動かない再処理工場同様、核燃サイクルはもうメチャクチャである。


 栃木県では放射性廃棄物の最終処分地選定で、各自治体の反対にあってデットロックに乗り上げて、徐々に「福島の原発の近くに持って行け」という要求が高まりつつある。


 これでも安倍政権は、原発の運転再開と、原発輸出をすることに必死なのである。日本が崩壊の道を歩み、その先が見える。それでも日本人はそれを許す。無神経であり恐ろしい。



 恐らくその背景にあるものは、自分たちの日常が(仕事が)金儲けに必死で安全などに気を配る余裕というものがなく、生活に追われているなかで生まれてくるのだろう。
 しかし、だとしたら原子力関連の企業体質ばかりでなく、航空機の会社も(ボーイング787も)競争激化の中で追い詰められ、すべての企業で似たような安全無視の体質が横行していることになるのだろう。ボタンのかけ違いがすでに過ぎている。


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友人たちが福島第一原発に行ってきました。 

 当然と言えば当然だけど、東京電力は外部の人間に原発見学をさせても、自分たちで管理して、都合の悪いものは見せない。


 
 40名近くが一台のバスに乗って向かった先は、三基のメルトダウン原発を抱える福島第一原発。



 現地に到着すると、東京電力の社員6~7人が車内に乗り込んできて、全員の一人一人をカメラに抑える。
次に向かうのは、バスから降りて控室び行き、一人一人が座る席が決まられた椅子に座らせられる。
そうして身分証明書の提示(バスから降りるわけでもないのに)それをコピーされる。



 次に持ち物の検査とカメラの一時没収。一切の撮影の禁止。撮影を希望すると東京電力の社員が代わりに撮影し、後で本社と相談して、OKが出た写真を渡すという。(つまり問題の箇所が映っていないものか・・・)



 一通りバスで走り、5~6号機のある高台の方から1~4号機の方を眺める。最後に出るときのチェックをされる。



 今も第一原発は事故の収束がされていなく、専門的な人間が参加者の中に居れば、様々な指摘を受けて、見られたくない所も暴かれる。だから必然的に北朝鮮のように、厳しい監視のもとに見学させるのだろう。


 また、現在でも2号機などは72シーベルトもの放射線のに曝されるほど危険なのである。そんなところを見学されて、何かあっても困るのであろう。
 いずれ参加者の話を聞いただけでも大変なところであることは論を待たない。

ベクレル汚染は、細かくまだらに沈着? 

 前回2回目の放射性ベクレル検査をした、関谷地区の現場をもう一度見てみて考えた。何故に同じ場所でベクレルの値が13倍以上も差が出るのかを?


 確認のためもう一度、一回目のベクレル検査の結果は、35239ベクレル/㎏(草が生えているところの下の土)で。2回目のベクレル検査は2693ベクレル/㎏(表面に草がない比較的に固い土)であったことを確認しておきたい。

 
 2回目の検査の時に一緒だった〇〇氏は、「測った時の土の比重の差だ。」と断言的に言う。しかし2回とも土を持ったただ一人の人間として、その比重さ(重量の差)は誓って13倍もの差はない。せいぜい2~3倍程度である。


 検査を担当した人に感想を聞いたら、「すぐ近くでも、環境によって全然違ってくる。今回の場所は草もないところという話しからすると、雨が降っても流れてしまうのかもしれない。」とのことであった。


 いずれにしても、その地域のベクレル汚染の単位を正確に測ろうと思ったら、1平方メートルの土を10センチくらいの深さで正確に剥ぎ取って、丁寧に混ぜて1㎏のベクレルを測るしかないのだろうと思う。それも数か所。


 そういうのも素人の私が簡単に出来ることでもなく、いまはこれまでの検査結果をもって、考え想像するしかないような気もする。


 それで、わたしが現地を見ながら考えたこと。


 草などが生えている所や、木の葉が落ちて腐葉土となっている所などは、放射性物質が留まりやすいということ。草などが生えている所は、放射性物質は最初に草に捉えられて、雨で根のほうに沈着し留まる。土でも雨などが流れてしまう所は、そんなに沈着しないという事になるのではないか?ということである。
「そんなこととっくに知っている」と言われそうだが。正直同じ場所でこんなに差が出るものかと、不思議であったが、いまのところ私が知りうる限りはそういう結論である。


 そう思って現場を見てみると、10センチずれても汚染には違いが出てくる。細かなまだら模様に汚染されているとみることが出来るのである。

関谷地区の土のベクレル検査の結果に疑問。 

 このブログで、個人を特定できる書き方は慎むべきだ、という指摘を頂いた。受け入れたいと思う。ただ私は、今まで公人の場合は差支えないと判断して書いてきていたことは、理解いただきたいと思う。


 さて本題だが、前回から関谷地区の土のベクレル検査のことを取り上げているので、今回は2回目の検査の結果をお知らせしたい。


 前回35000ベクレル/㎏を上回っていた、草が刈りこまれている広場のベクレルは、2693ベクレルであった。正直に言って、びっくりするほどに低い。(事故前との比較ではびっくりするほど高いが)


 土を採取した場所は、前回の採取地点から20メートル位の場所。ただし、前回は草が生えている場所を、草を剥がして土を採取したのだが、今回は結構固い土で、草がない地点を採取した。


 その地点の放射線は、0.7~1マイクロシーベルト/毎時を示していた。普通に考えるならば、2~3万ベクレル/㎏が検出されても全然不思議でない場所である。前回のシーベルトと同じなのである。


 検査した人が曰く、「多分そこは流れているんだろう」と・・・
 理由は分からない。もう数か所の検査をして、検査の信頼性を上げないと何とも言えない。何か謎が深まった検査であった。

那須塩原市で知り合いになった7人を、旧警戒区域案内しました。 

 5月13日、放射能から子供を守る会の運動や、関谷・下田野の未来を考える会の運動で知り合いになった、年配(私よりという意味で)の方とその友人4人、そうして矢板市の友人と、合わせて7人で旧警戒区域になる、楢葉町や富岡町の半分の区域に、案内で行ってきた。


 1~2か月で、楢葉町は雰囲気が大きく様変わりしていて、いささか驚いた。除染作業の人たちが忙しく動き回っているのである。放射線量は、全体的に0.1マイクロシーベルト程度低減している感じであった。


 前回楢葉町だけしか入ることが出来なかったが、(3月24日)富岡町は3月25日から見直しの再編がされたので、一日違いで富岡町には入れなかったのでが、今回は立ち入り禁止の区域のすぐ前まで行くことが出来た。


 富岡町の、下郡山真壁という地区に入って、(ここは富岡町の方から第二原発を身近にみられる場所)皆で線量計を出して計測したら、平均で5マイクロシーベルト/毎時であったが、そこでは出入りが自由になったので、自宅の屋根を自分で除染している人がいて驚いた。5マイクロシーベルトはとんでもない高線量である。
 この地域、第一原発から11キロほど南に位置している。


 さらに北上する。富岡町役場周辺の畑でみんなで線量を測る。矢板市の農協から借りた線量計で、16マイクロシーベルト/毎時が出た。少なく出る計測機でも最低で11マイクロシーベルト/毎時。全員「こんなところが出入り自由とは・・・」唖然とした。「長居は無用」と、さっさと退散。
 このあたりで、第一原発から6~7キロほど南。


 富岡町はテレビで放映される、さくら通りの近くまで行けて、車の修理工場が出入り禁止で、すぐ近くの(5メートル)学校の教員の組合事務所の教育会館は出入り自由。
 この地域で第一原発から5~6キロ㍍南。


 富岡町の放射線量の高さにただ驚いて「こんなところが、警戒区域の解除準備区域になっている」という現実に、恐怖と驚きを感じた旅であった。
 

確実なデータにして臨む。 

 以前那須塩原市の市会議員だった、〇〇氏と、関谷地区の汚染が深刻な実態になっていることを、私が計測したデータを示して、相談に乗ってもらった。


 以前に私が放射線量を測った4か所の地点を案内して、意見を聞いた。


 氏は夫と二人で来た。そうして、計測地点が適当かどうか、計測方法は正確かどうか、など等検討してから、最も住宅地に近く、平坦地で、線量が高い地点を選び、「この地点を、更に4~5か所プラスして放射線量を測って、反論されないデータにしよう。」と言ってくれた。


 計測日は、連休明けにしたいというので、否定する理由もないので、了解して、協力していくことにした。




 某新聞記者が、私に電話を寄越して、「〇〇さん、この前言っていた、関谷地区の放射線の話はどうなっている?書こうと思うんだが。」と言ってきた。


 よく話を聞いていると、〇〇さんのことも知っているという。それならば、再調査の結果が出てから再度電話をもらえないか、という。


 渡りに船で、相談に乗ってもらおうと思っている。


 法的な問題はどうなのか?そういうことも視野に入れて、具体的に掴んだ実態の事の重大さを、いかに広めるか、じっくりと練っていかなくてはならないと、覚悟をしている。
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