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原発事故の風化に抗して。② 

 どんな悲惨な事故も災害も、時の経過とともに忘れ去られていく。
宿命であると思う。


 私はその一つの原因に、悲惨な被害者のことだけに問題意識が集中することもあるのではないか、と思っているのである。


 多分悲惨さにおいては、第二次世界大戦のほうが、今回のそれを凌駕すると思う。


 自民党が原発の運転再開を言い始めていて、そのことにいま反対が強いのも、「福島の原発事故がまだ収束もしていなくて、事故の概要も分からないのに、運転再開する気か!」という、”早すぎ”論にあるような気がする。


 多分自民党のなかには、「もう福島の事故は風化してきている・・・」という読みがあるのだろう。


 多分次に原発事故が起こるときは、津波ではなく、別の原因の可能性が高いと思う。
 何故なら、津波については安全対策が進むからである。


 わたしは、原発に共通する危険性は、電力会社が、安全よりも、人の命よりも、金儲けを優先する本質的なものに原因があると思う。そしてそれはどんな職場にも・・・


 中央高速道路のトンネルの天井崩落事故は、点検を手抜きしていたことが問題視されている。


 ボーイング787の相次ぐ故障も、安全性を無視して、あまりにも経費節減のための効率を求めたことに原因があるように思う。


 この両方と、原発の現状に共通する問題・課題が潜んでいる。


 点検する労働者が悪いのではない。経費節減(合理化)で点検の人員が減らされ、十分な点検をする余裕がなくされているのである。今の原発の現場労働者の環境そのものなのである。


 福島第一原発の放射能は、3月12日の朝(一号機の爆発の半日も前に。)に双葉郡一帯と南相馬市からテルル132という1000度以上にならないと発生しない放射性物質が検出されている。
 原発は850度になるとメルトダウンを起こすことは、すでに明らかになっている。


 つまり津波ではなく、地震の揺れで配管の破断が起きて、爆発前にメルトダウンを起こしていたのである。


 原発の運転をしているのは、そこで働く下請けの労働者である。元請に上前を跳ねられ、中間業者に上前を跳ねられ、やくざ業者に雇用されて働く人たちの労働環境で、安全など保てるわけがないのである。


 これは何も福島第一原発だけがそうなのではない。全国の原発に交通する実態である。
 
そのことを理解したら、全国のあらゆる職場で、また、全国のすべての原発に共通の危険性があることが分かるのである。


 
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汚染の実態は中々掴めない・・・ということ。 

 今いるところの放射能の汚染がどの程度なのか、その測定をするために、簡易の測定器を購入した人は相当数いることだろう。


 そうして、〇〇マイクロシーベルトだ・・・と、その数値を安心の拠り所にしてるのだと思う。


 しかし実はそれだけでは汚染の本当のところは、分からない。


 プルトニュウムなどが出す、アルファ線の場合は、紙一枚で放射線は防げる。ストロンチウムなども意外と簡単に放射線を防げるのである。


 防げるというのは、シーベルトで表示する測定器には検出されないということになる。


 シーベルトの測定器で検出されるのは、遮蔽が難しいガンマ線を出している、セシウムなどである。


 一秒に一回の放射線を出す単位を、ベクレルということで表す。しかし、それでもそれで汚染実態をすべて把握したことにはならない。


 ガンマー線・アルファー船・ベータ―線の其々の放射能核種(どんな種類か)を把握して、ベクレルとシーベルトの数値を把握して、初めて放射能汚染の全体像を把握したことになる。


 何故ここまで言うかというと、プルトニュウムなどのアルファー線を出す放射能の場合は、原発の近くに多く存在していると思われているからである。(プルトニュウムなどは空気との比較では、重いのであまり遠くまでは飛ばないと言われている)


 プルトニュウムなどを吸い込んでしまうと、遮蔽物のない状態で内部被ばくを生きている間受けることになってしまう。


 いうまでもなく、プルトニュウムやストロンチュウムはカルシウムと科学的性質が同じと言われているので、吸い込んだり食べ物から体内に取り込むと、造血作用をする骨に取り込まれて、白血病を誘発するのである。(骨は人間の体の中で最も新陳代謝が遅い)


 双葉郡の各地には、2万4千年の半減期を要するプルトニュウムが、他地区よりも多く存在していると思われる。

 早く原発事故を風化させたい連中は、そういう実態に住民の目を向けさせず、帰宅を促してしまいたいのである。

原発事故の風化に抗して。 

 政府・東京電力は、①事故の過小評価と風化 ②放射能汚染の形骸化 ③被爆の過小評価 の3点に、原発事故の対策を絞っている、と言われている。


 私はその何れにも抗していきたいと思っている。


 このブログを書き続けるのもその一つなのだが、賠償問題を闘い責任追及をすることもその一つである。


 最近暫くぶりに、避難者の立場から話を聞かせて・・・という話が2つ舞い込んだ。


 一つはここ地元那須野が原9条の会、という団体である。以前にわたしが宇都宮市の集会で話していたのを聞いていたのである。


 もう一つは鹿児島県の知り合いが、「何人かで福島の行こう、と言ったが、来てもらった方が多くの人に知ってもらえるのでないか、となった。」と言ってきたので、行くことにした。


 最近は、各地からの講演の要請もない。(私は去年の3月からは他県には行っていないし、宇都宮市で11月に話したのが最後である。)それは私ばかりではなく、双葉郡全体にも講演の要請は無くなっている。


 この時期のこの要請に苦慮するのは、情報が古くてはダメで、生きた情報を話す必要がある、ということだ。


 今は福島に住んでいない私は、この生きた情報を掴むのに相当の努力を要する。


 それでも、今住んでいる那須塩原市と、避難前の楢葉町の放射線の比較、食品汚染に対する福島県とその他との考えの微妙な違い。旧警戒区域に対する政府の対応・姿勢。現在の避難の現状。警戒区域以外の避難の状況。原発内部の労働の実態。・・・話すことは尽きない。


 そんなことを地道にやっていこうと思っている。

どこの地区でも人集めに苦労している避難者の会。 

 先月、クリスマスも含めて避難者の集まりを開いた。参加者は14名であった。

 それで、今後の集まりをどうしようか、ということで話し合った。


 私がいる那須塩原市や那須町でも、賠償の話といっても、八方ふさがりの状態で、同じ課題でそんなに人を集められない。


 どうしたものか、少旅行をしてはどうか?とか、はたまた地元のイベントに双葉郡のB級グルメを呼んではどうか?などなど・・・どこでも考えそうな意見はあるのだが。


 そこで、隣の地区の大田原市にある避難者の会ではどんなことをやっているのか、と連絡してみた。
そうしたら、「毎月第三土曜日に決めて会を開いているが、10名以下がほとんどで、少旅行もしたが10名未満だった」という苦労話であった。


 いま、避難者の気持ちは、「自分のこれからはどうなってしまうのか」という状態の人が多い。悩みも話したいし聞きたいが、言いたくないこともあるし、・・・といった感じであろうか。


 そこで、わたしが提案しているのは、「会を情報発信の場(基地)にしてはどうか?」ということである。


 最初は出だしが悪くても、個々人から無記名で記事を募集する。そうしてその内容を崩さずに編集して、情報として避難者に返していくのである。いきなり今まで集まりに来なかった避難者から記事は寄せられないだろう。しかし、書ける人から始めて少しづつ広げていくのである。


 これならば、集まりに参加しなかった人も身近な声に目を通し、悩みなどの心の交流が可能ではないだろうか。


 取り敢えず、情報を出している地方の避難者の会と連絡を取ってみて、方法・取り組み状況を調べてみようと思う。

セシウム134と137の比率について。 

 各地の放射能の汚染数値が、ここ二年で下降している地域が多い。
 セシウム137は半減期が30年なのに、何故なのか? 疑問に思っている人も多いと思う。


 福島第一原発の事故による放射能の放出で、いま自然界にある放射性物質は色々ある。


 ほとんど検出できないが、ヨウ素131、カルシウムと科学的組成が似ているストロンチウムそうしてプルトニウム・コバルト60、更にセシウム137・セシウム134、その他・・・
 これらは一般的に言われている放射性物質である。


 わたしは、放射能の線量が下がっている原因のほとんどは、セシウム134の比率にあると思っている。


 セシウム134とセシウム137が、様々な放射能の中で、今は最も多い放射能の割合である。


 大体その割合はセシウム134が、1に対してセシウム137も1で、同じくらいであると言われている。


 半減期はセシウム137が30年なのに対して、セシウム134は2.06年である。


 例えばヨウ素131の検出が難しくなった、1年7か月前ころに10マイクロシーベルトの放射線があったところでは、この計算だと、あと5か月(2年)で、セシウム134の放射線が、5マイクロシーベルトの半分の2.5マイクロシーベルトに下がる計算になる。するとその計算だけで、10マイクロシーベルトは7.5マイクロシーベルトに下がる計算になる。


 プラス、セシウム137の減少分である。(半減の30÷2年=15で、5マイクロシーベルト÷15=0.3マイクロシーベルトで、0.3マイクロシーベルト下がる。)


 すると、2年間のセシウムだけの放射能の減衰分は、2.8マイクロシーベルトという計算になる。


 2年でこれだけ下がるのである。
 だから私は、「効果も期待できない除染などしているなら、自然減を待ったほうがまだましではないか」と言いたいのである。


 ちなみに、セシウム134は約20年で検出が難しい数値になっていくはずである。20年後には今の数値の半分以下になるのである。 


 1~2か月前の新聞報道で青森県の自然界のキノコから、基準値を2~3倍超すベクレルが検出されて「400キロも離れているのに、何で?」と驚かれた。


 それで、その中に含まれている放射能核種を調べてみたら、セシウム137が大半で134はごく微量しか含まれていなかった、という。「チェルノブイリ原発事故の影響のものだろう。」という報道であった。


 結局は無駄な抵抗(除染)はやめて、自然の流れに沿うようになるのではないだろうか。

除染の同意を迫る国。 

 ついこの前、環境省から2回目の自宅の除染に関する書類が、書留で送付されてきた。


 1回目の時に委託業者の担当者が、今の自宅に同意を求めて訪問してきたときに、「除染の範囲が狭すぎるし、将来孫が生まれたときに、赤ちゃんが暮らせない放射能の線量で帰宅を了解されても困るので、その辺の疑問が解決しなければ同意はできない。」と言っておいたのだが、音沙汰がない中で、2回目の書留の送付だったので、担当に電話をした。


 「原子力村出身の原子力規制委員会の田中委員長が、除染範囲は50メートル以上にしないと効果は低い」と発言していることと、今やっている20メートルとの整合性はどうなるか?


 0.23マイクロシーベルト以下(年間1ミリシーベルト以下)にならなくても、一度除染してしまえば、除染は終了した、とばかりに、一気に警戒解除準備区域を解除してしまうのではないか?


 業者が手抜きをしていることを認めている。形だけやればいいという手法にしか見えない。除染そのものが無駄であり、意味がないという声が多い。ゼネコンの除染そのものに信頼がおけない。


 原発の事故がまだ収束していない。未だに毎時1000万ベクレルの放射能を出し続け、汚染水を毎時2トン垂れ流している。この解決なくして帰還はあり得ない。


 など等数点を主張した。何一つまともな回答は出来なかった。
 しかし、「今はそれをやってみるしか方法がないんです。そうしてその結果を見てその後の対応を検討するしかない。」ということであった。


 色んなところで国の言い分を聞いていると、「多分無理だろうが今はそれをやるしかない。」「早く形だけでも除染をやってしまって、一日でも早く避難解除して、賠償も打ち切りたい。」ということに尽きるのではないかと思う。


 ところで、川内村で原発から20キロ圏内の一部を、勝手に国・村・業者で線引きを変えてしまって、20キロ圏外にしてしまって、本来国がやらなければならない除染を、村に担わせているという。20キロ圏内ならば、避難解除準備区域、ということになるし。扱いも変わってくる。勿論賠償も・・・


 どこでも経済優先個人犠牲がまかり通って、いつの世も犠牲者は地方、であり、支配されるもの、であり、弱いものなのである。

放射能のゴミが捨てられないという現実。 

 人口27万人の90%以上の民家が、毎時0.23マイクロシーベルト以上(年間1ミリシーベルト)の放射能汚染地域にあたる福島県の県庁所在地の福島市。


 その福島市の90%の民家を今除染している。


 それがいわゆる手抜き工事であって、高圧洗浄機で放射能を吹き飛ばして放射能を垂れ流しているという。
その事実を業者も福島市も認めている。


 市の担当者は「除染したごみを捨てるところが決まらない。垂れ流しにする以外に、急いで除染するという住民の要望に応える方法がなかった。」と言っている。


 私が今住んでいる那須塩原市の隣の矢板市には、いま最終処分場の建設を巡って、住民の反対にあって闘いが展開されている。「自分たちの故郷を破壊するつもりか!」と・・・
 茨城県の高萩市も同様である。


 除染を早くしてほしい、ということと、除染した廃棄物を受け入れられない、というのは一般的には矛盾である。


 青森県でも、再処理工場建設の時「最終処分場にはしない」ということで建設に合意した。


 以前から言っていたことで、「原発の建設は、トイレのないマンション」なのである。住民が生きている限りはウンコは溜り続ける。放射能も同じである。


 「自分たちのところに放射能のごみを持ってきてください」という地域・地区は、これからも現れないだろう。もう帰れない、と思っている双葉群の自治体・住民でさえ、「中間貯蔵なのだから何年後にどこに持ち出すかはっきりさせてほしい」という声が圧倒的である。


 私の結論をいうと、「だから原発を作るという選択枝はないのである」ということである。作ったら最後、この袋小路から抜け出す方法はない。もう私たちの未来は放射能汚染と共存なのである。 

到底無理な除染。 

 私にとってタイミングが悪かった。除染の住民説明会に出席した後でこの記事が出たのだ。


 楢葉町から放射能の除染を188億円で委託されている業者(前田建設)が、除染のために決められた手順を守っていないというスクープが朝日新聞に載った。
 川内村や田村市や飯館村でも同様だという。


 大分前に、緊急時避難区域に指定されていた広野町で、全町的に業者によって除染がされていたが、郵便局は町民が戻り始めると同時に集配の再開をしていた。


 郵便局の知り合いが曰く、「あんなのは除染でも何でもねー、たーだ洗浄機で吹き飛ばしているだけだ」とよく言っていたが、それが取材によって明らかにされた。


 私が記事で気になったことを数点あげてみたい。


 その一つが、「計測地点だけきれいにすればいいと指示された。」ということ。これで何人の人がそれを信じて帰宅を決めるのか・・・という点。

 その二つが、「作業ルール通りやればとても終わらない。」ということ。

 先の一点目と合わせると、きちんと除染なんてやっていたら終わらないから、計測地点だけやって、早く終わったように見せて、避難住民を帰らせてしまえ、ということになる。


 40代男性作業員は「拭き取っても線量は下がらない、ほとんど水で洗って垂れ流している。」と。また除染した民家が再び線量が上がることについても、「風で放射能が飛んできたのかも。どこでも除染して線量下げようなんて無理だ。」と証言している。


 世界中で除染の成功例はない。だから無理なのは分かっている。しかし、やって上手くいってるように見せかけて、早く住民を帰宅させてしまえ、という今の形だけの除染をいまやっているのである。

 

 わが故郷は、なおさら遠くなりにけるである。
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