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除染説明会に行ってきました。政府は「除染が無駄でもやるしかない」と・・・ 

 私が住んでいた、楢葉町の井出地区と北田地区の除染に関する住民説明会に家族4人で行ってきた。


 参加者は120~130人程の参加であった。
 町当局の方も、政府の担当者3人と、町の管理者がいるだけという力の入りのない姿勢であった。
 町長は町の復興委員会に出ていたようである。不参加であった。


 例のごとくに私は最初に発言した。


 内容は2点で、
 ① 除染して帰るための条件として、赤ちゃんを産んで育てられる環境を作ること。年配者だけの意見では   町の復興はできない。その為にも年間1ミリシーベルト以下は必須目標である。

 ② 原発の事故が未だ解決していない、ということ。一時間当たり1000万ベクレル、一日24000ベ   クレルの放射能の放出。一日240トンの放射能汚染水の放出が続いていて、地震でいつ事故が起きる   かもわからない。又避難するなどというのは絶対に嫌だ。原発の完全収束なくして帰還はあり得ない。
 ということを訴えた。(政府委員は「原発の近くでも年間1ミリシーベルト未満の値だから大丈夫」という説明)


 何と言ったらいい反応なのか、皆無言で聞いていた。どうしていいか分からないというのが本当のところなのだろう。


 その他の質問として。

 除染の範囲について、20メートルというのは狭すぎる。原子力規制委員会の田中委員長が50メートル必要と言ってる。(政府委員は譲らず)後で再度質問で論戦に。


 除染そのものについて、中国から黄砂が飛んできて防げないのに、山も除染もしないで20メートル除染して大丈夫と・・・信じられない。
 
 除染なんて無理。今朝のテレビで5歳の子が甲状腺に異常が出て泣いていた。もう大変なことが起こってしまったのだ。隣の家が除染に合意しなければ、自分の家の除染にも意味がない。いい加減に除染は無理だと気付いてほしい。


 これには政府担当者も「無理だかもしれないが、今はこれしか方法が分からない。取り敢えずやるしかないんです。」というしかなかったのである。


 結局のところ、政府が言いたいのは、住民は、無駄な除染でもやってやるから、黙って帰宅して賠償は打ち切らせてもらう。ということに尽きるんだなーと受け取るしかなかったのである。
 
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原発大事故の度に自民党圧勝を繰り返す日本という国。 

 日本全体の政治的な流れはもうどうしようもないかもしれないが、それにしても困ったものである。


 今から26年前当時のソビエトに於いて、チェルノブイリ原発で大事故が起こった。
 10基の原子量発電所を抱えていた双葉群ではその直後に国政選挙が行われた。


 双葉郡内の二大政党自民党と社会党は原発の問題で闘ったのである。


 自民党は争点を隠して闘った。社会党は真っ向から原発を取り上げた。


 かくして結果は自民党の圧勝であった。社会党は普段の選挙よりも票を減らした。


 それは、スリーマイル島原発の事故もそうであった。


 原発の事故を振り返ってみると、約7年に一度、1基の原発でメルトダウンの大事故を繰り返している計算である。


 しかし、その何れも、その後の選挙で原発を無批判に推進してきた政党が圧勝している。


 今回も自民党は事前の調査で300議席に迫る人気ぶりだという。


 恐らく脱原発を訴える政党は軒並みに敗北を期することになる。


 日本というのは支配を好む大衆性を持っている。無批判に権力に従うのである。そうして気になるのはそのたびに、その後に大事故が控えているのである。


 中央高速道路の笹子トンネルで、天井の崩落事故が起きたのは、老朽化であるという。安全に目をつぶってきた結果でもある。その最たるものが原発なのである。


 自民党の圧勝を受けて、原発の再稼働は前倒しというから、もう一度原発問題が逆戻りすることは避けられないだろう。それもこれも、圧倒的多数の労働者が貧困にあえいでいて、安全よりも金を優先せざるを得なくなっていることと、無関係ではないだろうが、自民党の勝利は貧困を一層深めていくことにも繋がるだけなのだが、もう誰の耳にも聞こえないのだろう。

帰村宣言で犠牲になる人たち。 

 放射能の汚染に自治体の境で何の違いもないのに、20キロ以上原発から離れていて、尚且つ30キロ以内の地域に”緊急時避難準備区域”というのがあった。


 これが思いのほかに多く、対応も難しくなっている。南相馬市・広野町・田村市・川内村・葛尾村などが対象になっている。


 川内村には私の知り合いが何人かいるが、そのうちの一人に、川内村第六区の住民がいる。(130人位の住民数)


 川内村は今年の早春に帰村宣言というのを決断して、村は村長を中心に住民の帰村を促している。帰村を進める村に対して今第六区の住民の不満が高まっているという。


 第六区は放射能の空間線量が1マイクロシーベルト程度と高く、除染をしても3か月もすると元と同じ線量に逆戻りしてしまうという。「帰るに帰れない」状態に追い込まれているのである。


 加えて避難中の賠償金の慰謝料の一月10万円(仮設住宅は12万円)が今年の8月で打ち切られてしまった、というのである。


 川内村は農産物の大半を自給自足(自分たちで畑を耕しているので)に頼っている人たちが多い。しかし、避難生活ではそれもできないし、村に戻っても放射能線量が高くて畑を耕せまい。


 「除染の見通しもたたず、放射線量も下がらないのに村長が帰村宣言したから賠償を打ち切られてしまった。こんな状況で帰村させるなら何で避難させたんだ!これからの生活をどうすればいいのか!」という声が多いのである。


 村長の自宅近くや、村役場近辺は比較的に放射線量は低いという。(それでも汚染は深刻だが)そうして村長の娘は村内に居住していないという話もある。


 帰村宣言(帰町・帰市も)の判断基準は、生まれたばかりの子供を安心して育てられる環境、ということにつきる。それでなければ人間社会は成り立たないからである。

 
 村にも悩みはある。しかし、村を見て人を見ない今回の村長の決断は禍根を残すように思う。
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