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第二回目の賠償説明会に30名近くが参加。 

 那須町の夢プラザで27日午前10時から二回目の、原発事故賠償説明会を開催した。


 前にも書いてけれど、東京電力の説明が一回目の説明と変わり映えしない、ということだったので、
 原発事故被災者義援の会の代表、矢内世夫氏に来ていただき、色々今までの取り組みや考えていることなど自由に話していただいた。


 ここではないようには詳しく触れないが、勝論からいうと、「だまって東京電力の言い分を聞いていてはだめだ、被災者が声を上げていこう」ということに尽きていたように思う。
 この話は、私が思っていたよりも評判が良かった。


 実は東京電力も、前回よりは若干具体的な話も聞けた。(今までのように3か月ごとではなく、一年分~5年分まで一括賠償の方法などでの前進も見られた。)


 楢葉町役場からの説明員や、浪江町からの説明員も呼んで話てもらったことも評判がよくて、「次は大熊町や双葉町や富岡町などからも来てほしい」という感想も頂いた。


 最後に桑原さんという浪江町の避難者が、放射能のことについて15分ほどに渡って講演した。


 個人的言うと話し方が上から目線で参加者を叱りつける感じで、抵抗感があった。
 しかし、チェルノブイリの子供の癌多発の問題、避難者の中でも子供の中に癌が出ている話など、じっくり話してほしいという声が多かった。
 わたしの経験だと、話してやっている、という姿勢は聴衆から受け入れられない。
 大きい問題ほどじっくり話さないと、人には伝わらないのである。ちょっと残念であった。


 今回の集会を総じて言えば、参加者からの評判が良かった、という事になるのではないだろうか。


 次回は12月頃に交流懇親会を開催して、その後の集まりの展望を見出したいと思っている。
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せっかく開発した技術だから、使わなきゃ損? 

 まったくこの人は何を言っているのかと思う。


 石原東京都知事のことで、原発のことについて「せっかく開発した技術だし、やっぱり止めるのは人類の損だ」と述べたくだりである。


 こんなことを言うだけならば誰でもできる。つまり、実際に日本国内で原発の事故が起きたのにも関わらず、東京都は避難計画も作ってはいないし、石原知事の家族が全員被爆する可能性については、全然触れていない。


 石原知事は、東京都民や石原知事の家族が被ばくして、私たちのように避難生活になる可能性に言及し、
 それでも原発の為には我慢する。
 だから原発を動かすべきだ、と言うべきなのでる。


 そうしてその覚悟があるのならば、東京湾の真ん中に100万キロワット級の原発を10基くらい作ればだれも文句を言えないのである。


 トラブルメーカーである石原は、自らの行動で尖閣諸島問題で日本を危機に陥れておいて、何らみずからは責任を負わない。


 原発に対しても同じである。
何ら自分では原発に対するリスクを負わず、総ては他県・他市に任せておいて、「人類にとって必要だ」などとうそぶくのである。

尖閣諸島問題に一言。 

 先ごろの朝日新聞の投稿欄に、歴史学者が「尖閣諸島を、国連の管理下に・・・」という趣旨の記事を書いていた。


 歴史学者らしき見識と感心して記事を読んだ。


 しかしこれとて、中国との関係悪化を解決する糸口になるかは未知数である。
 本当にこの領土問題というのはやっかいである。


 元をただせばという言葉があるが、
途中一度日本人が缶詰工場を作ったことがあるが、それだって誰から購入したのか?ただ勝手に使っただけなのだろう。


 つまり、元をただせば誰のものでもない無人島なのである。それを「俺のものだ」「いや俺のものだ」と争っているわけである。


 東京都の石原知事が「東京都で管理する」などと言い始めたのが事の発端である。石原は火種をまいておきながら今は素知らぬ顔をしている。
 東京都民は中国と戦争する決意までして石原を知事に選んではいないと思う。


 勿論私見だが、外務副大臣に口が達者で日本の立場も十分考えられる在日中国人を起用してはどうだろうか。


 ついでに、副大臣を二人にしてもう一人を、韓国担当の在日韓国人にするのである。


 いい方向に向かえば、反日感情も薄れる効果は出るし、日本国内の中国に対する感情も和らぐ(韓国も・・・)そんなとんでもない効果があるかもしれないのである。


 意外に解決の糸口がつかめるかもしれない。(メンツがあるから政府はそんな方法は取れないだろうが)

WG(ワーキンググループ)の恐怖。 

 日本で最も多く放射制物質が集中するところは、青森県の六ヶ所村にある、放射能の再処理工場である。


 WGというのは、原子力安全委員会の中にある、原発の安全を評価するところである。


 そこで、六ヶ所村再処理工場の近くにある断層の評価をしたという。


 委員の一人東京大学の池田安隆准教授は、「95%活断層に間違いがない」と主張しているが、WGでは「活断層ではない」と結論付けたという。


 池田准教授は「断層が大きくひしゃげていること、海岸が30メートルも隆起しているのは過去に何十回も動いている証拠」と言っている。


 しかし、WG主査(首都大学東京教授の山崎晴雄)によれば、「地震でなくても隆起する」というのが、活断層でないと判断した理由という。


 さらに山崎は言う。「もしそれを認めれば、六ヶ所村の再処理工場も、隣村の東通村にある原発も、補強が必要になる。”疑わしきは黒”では、総て黒になってしまう。」 「原発は必要だ。化石燃料は限りがあり、太陽光発電もまだまだだ。分からないとき、最後は原子力に対する価値観で決まる」と。


 つまり、活断層などの危険性はどんなに危険であっても、”WGとしては危険と判断しない”。
理由は原発を推進するためには、危険性に目をつぶらなくてはいけないからだ。   ということになる。


 山崎(WG主査)は、学者としての社会的な責任を捨てて、原発推進のために安全を犠牲にすると公言したにも等しいのである。


 さらに山崎は「もう委員会の主査なんてやりたくない。」と漏らしている。


 こうして、日本の原発は破滅への道を歩むのである。


 日本の生存権は尖閣諸島の領有権などではなく、原発の運転によって脅かされるのである。

11月11日に宇都宮市で1000人規模の集会開催。 

 私の所にも、連絡がきた。
 「11月11日に宇都宮市で、栃木県の脱原発団体が共同で集会を開くので、ぜひ参加してほしい。」
 これが最初の呼びかけであった。そのご、私に対して、「いろんな人から報告を受けるが、あなたにも是非3分間のスピーチをしてほしい。」と言われ引き受けることにした。


 色々と聞いてみると、どうもメーンは作家、落合恵子さんの講演にあるようである。何人かの報告の中で、避難者を代表してのスピーチになるみたいである。


 主催者は、革新団体と、県内各地で子供を放射能から守る会の団体など様々に共同で開催するという。


 
 以前から思っていることであるが、原発に反対している各団体が、自分たちの考えと少しでも違っただけで、その人たちを非難して行動を別々にすることが多い。


 結局は原発推進派を喜ばせるだけである。



 せめて目的が同じなら、その同じ目的を達成するまでは、違いを乗り越えて共同歩調を取れないものかと思う。
 


 つまりは最終目的の駅までの一緒は無理でも、途中の(脱原発駅)まで一緒に行こうという度量が無ければ、強固な原発推進のグループを凌駕することは出来ないと思う。


 この当たり前のことがなかなか難しい。それでも今回の組織の垣根を越えた行動には全面的に賛同し、協力を惜しまないつもりである。


 今回の経験を是非前向きに生かして行ってほしいと切に願うのである。

二回目の東京電力の賠償説明会、対策。 

 8月に一回目の、賠償に関する東京電力の説明会を開催したけれど、まったくの説明不足で、
 二回目を10月27日に開催することにしたのだけれど、「10月の中旬には、ある程度の方向性が出るので、10月下旬に開催しましょう。」
 などと言いながら、結局は「前と変わらない説明しかできません。」と担当者が言ってきた。



 もう、那須塩原市と那須町に避難している、440名あまりの人たちには連絡してしまったので、どうしたものかと対策を練った。


 避難区域からは、浪江町の担当者に来てもらい、避難解除準備区域からは、楢葉町の担当者を呼んできてもらうことにした。


 加えて、今回は富岡町出身で、大きな規模で賠償の方法を考えている矢内さんという人が中心の組織にも来てもらうことにした。


 矢内さんたちの組織は、簡単に言えば東電と喧嘩しようという人たちの組織である。もうすでに1万7千人を上回る署名も集約している。
 加えて、東京電力に見舞金を請求するための署名を3000人集めたという。


 無償で来てくれる矢内さんには、感謝である。矢内さんが今までの賠償の問題点を書いた本も持参するので、ぜひ協力したい。


 そんなことを盛りだくさんにして、10月27日那須町に置いて、二回目の賠償に関する説明会を開催したいと思っている。


 結果はいずれ報告します。

私が避難元の家に帰れないと思う理由。 

 戻りたくても戻れないのだけれど、私の知り合いや親戚の中に、戻るという人が意外と多い。
 しかし、戻れることになった地域の住民帰還が進んでいない。



 広野町・川内村などは、政府が戻れると言ってから早いもので、一年が過ぎる。
 それではその地域の人は戻ったのかというと、11%の住民が戻ったのみなのである。しかもお年寄りがほとんどという。


 はたして広野町や川内村は元に戻るのかというと、否である。理由はいろいろあるだろうが、
 一つには福島第一原発の事故が収束していないのが最も大きな理由かもしれない。


 毎時700万ベクレルの放射能を放出し、毎時860トンの汚染水がどこに行くかも分からない。
 その穴はどうなっているのかも分からない。1・2・3号機の中がどうなっているのかも分からない。


 廃炉にするというが、その廃炉まで30年かかるか40年かかるか、それよりかかるか誰も分からない。
 その間いつまた地震が発生し、4号機の使用済み燃料の暴走を始め、1~3号機がいつ壊れるかびくびくして暮らすことになる。


 私の家の周りの空間線量は、0・9から1.2マイクロシーベルトある。
 18歳以下が厳しく立ち入りを制限されている、放射線管理区域は、0.6マイクロシーベルト、そこに赤ちゃんを住ませるという。


 私は町を再生して生活をする場合、年寄だけで住む社会などあり得ないと思う。
 赤ちゃんが生活できる環境があって始めて”人間社会”なのである。


 周りに行けないところがいっぱいあって、畑も耕せず、子供もいない社会。
 これは人間が住んで生活する空間ではない。
 だから私は戻れないと思うのである。

元には戻らない避難区域。 

 警戒区域・避難準備区域・計画的避難区域・避難指示解除準備区域。
本当にいろいろあるけれど、避難準備区域が解除されてから1年が経過したが、戻ってきたのは11%の高齢者を中心とした人しかいないという。


 大きな理由は未だに事故が収束していない原発が近くにあることだという。


 さてこうなると、20キロ圏内にあるわが町楢葉町は、どうなっていくだろうか。


 知り合いや親戚の人たちの多くが戻ると言っている。
しかし現実は逆に多くの人が戻ることなく、町は瓦解する方向に向かうと思う。
理由は、原発がさらに近くにあり、未来をになう子供や若い人たちが帰らないからである。


 自治体や国が戻そうと思えば思うほど、深い底なしの闇に向かっていくような気がしてならない。


 放射能は目に見えないが、膨大な生活圏を破壊した。見えなくても破壊されているのが分からない人たちが多い。
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