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避難者の苦悩は、これからの生活の見通しが立たないこと。 

 昨年の12月から今年の2月まで、3カ月の賠償請求を終えた。


 今までに、数多くの「賠償の対象として認められない。」という東京電力の攻撃に晒されてきた。
 知らず知らずに「これは認めないだろう」と自主規制して賠償請求してきていたが、
 今回もまたまた同じようなものであった。


 賠償の中心的な問題は、家や土地などの不動産の賠償がどうなって、果たして自分たちはこれから生活していけるのだろうか?ということになる。


 私の家は(避難前の家)環境放射能の値が0.9マイクロシーベルト。(ついこの前まで1.2マイクロシーベルト)
 とても若い人たちや、小さな子供、そうして赤ちゃんなどが生活できるレベルではない。


 しかし、政府は我が楢葉町を”避難指示解除準備区域”というやつに指定した。


 ついこの前私の家の地主が、「今後の土地代のことで相談したい。」などと、金の亡者ぶりを発揮してきた。
 我が地主は帰宅するつもりだろう、好きにすればいいが、土地代?
 そんなものは、放射能で汚染して住めなくした東京電力と相談してほしいものだ。


 もう元の家のは帰れない、といいう避難者に共通した思い、とにかく不動産の賠償を元の生活が出来る環境でしてほしい。
 そういうことに尽きていく。


 ところで、3カ月の賠償の内容で、避難してきてから3回の引っ越しの時にかかった水道の栓の開け閉めの費用6千円、当初の「認めない」が当たり前のことだけれど、一転認めた。初めてのことだった。

ついでに言うと、趣味で揃えていた植物図鑑(2万円相当)を、隣の町の富岡町あった職場に置いてきたのだが、どうしても見つからなくて、それを買い揃えた場合賠償するのかと聞いたら、「賠償しない」という話であった。
 他人にとって何でもないようでも、私にとっては宝物。
東京電力を(社員ではないが)泥棒と呼びたいのだ。
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嘘八百並べ立てる(原発ゼロ電気料金が倍になる!)経済界・電力会社。 

 「黙っていればいい気になって、」ということがあるけれど、反原発(脱原発も・・・)が息切れするようだと、すぐさま
「原発をゼロにしたら、企業が海外に出て行って不景気になり、失業者が増える。」
「電気料金は倍になる。家計負担が増える。」と、マスコミ総動員で攻めまくる。


 電力業界も必死なのであろう、今は根拠が脆弱になっている、原発だけが料金が安いと、バカの一つ覚えみたいに繰り返している。


 九州電力は「原発ゼロだと電気料金が2倍になる」と、先頭を切って論陣を張っているし、経団連も本格的に原発再稼働・推進を声高に叫んでいる。


 原発ゼロを邁進中のドイツの電気料金は日本より安く、これまた原発ゼロの電力会社の沖縄電力の電気料金は、本土の料金に比較して1・12倍である。
こんな格差は原発の安全に金を掛けたらすぐさま逆転してしまう差なのである。
何故に経済界は沖縄電力の料金を隠すのか?


 今までと何一つ変わらぬ主張である。
 だから怖い。


 規制側まで原子力ムラで、反論する公的な機関が存在しないのである。
だから怖い。
これからも安全など確認することも無く運転再開の道が開かれようとするのだろうか。
阻止しなくてはならない・・・


 参加もせずにデモなど批判している場合ではない。

放射線量はそこに行って計測して初めてわかる事。 

 そんなの当たり前だ!?   そう言わずにちょっと聞いてほしい。


 この前、茨城県の高萩市に行ってきた。そうして行って先々で放射線量を測って歩いた。大体0,14マイクロシーベルトから0.2マイクロシーベルト程度であった。


 これはいつも思う事なのだが、普段各地の放射線量は新聞の発表で知ることになる。


 しかしそこに行ってみると、現実は全く違う。例えば私が住んでいる栃木県那須塩原市は、最も高いと思われているところの放射線量が0.5マイクロシーベルトで出ている。(下野新聞)
 しかし、現実はそこよりも低いと思われているところで、0.7マイクロシーベルトからそれ以上の所もある。


 前にも書いたけれど、知り合いの家の雨どいの下は、3.5マイクロシーベルト。県の施設で那須野が原運動公園というところは、水溜りが15マイクロシーベルトもあって、県が除染(移染)をしている。


 福島県の市町村は、県内各自治体53市町村のうち、国の基準値100ベクレル/kgを下回る基準値を設けている学校が、46自治体に及ぶが、あまり知られていないし、意外と思うかもしれないが、実は基準を上回る食品は福島県外からのものが多い。
会津地方などは、地産のものはほとんど基準値以下か検出限界以下なのである。


 別に福島県の生産物が放射線量が低いと言いたいわけではない。
そうではなくて、福島県外に広く放射能が降り注いで、ひどく汚染されている現実を知ってほしいのである。


 福島県産以外は安全などと思えない。むしろ気を付けていない分怖いのである。

誰のために原発はあるの? 

 聞くたびに怒ることがある。


 それは原発立地の地元の人たちが「原発が動かないから、客が減った。何とか原発を動かしてほしい。」という話を、マスコミで見たり聴いたりする時だ。


 福島第一原発の事故で、原発に何の関係もない人たちが、170万人も今なお放射線管理区域以上の線量の環境に住ませられている。過去に例のない甚大な被害に今なお苦しんでいる。


 自分の生活のために原発を動かせと主張する人たちは、その人たちのことはどうでもよくて、自分の生活が良くなるためならば、他人がどんなに苦しもうが関係ないという事なのである。理解に苦しむ。


 もう一つ、「原発を動かさないと経済に多大な影響がある。」と叫んでいる人たち。


 原発を動かさないと、電気料金が上がって、経済に打撃がある、というのである。


 しかし、原発は安全対策に金を掛けないことが、料金を低廉に抑えるただ一つの方法である。安全対策をきちんとすることになったら、火力発電などよりもむしろ高くなるのである。


 だから、原発を推進する人たちには、原発の安全対策をするために、多額の費用をかけるつもりはまったくない。口先で「安全が大切だ、当たり前のことだ、」などと平気で言うのである。


 今なお原発を巡る権力者の構造は、原発村の住人と経産省が牛耳っていて、福島第一原発事故以前と何一つ変わっていない。


 原発に群がる人たちは、まともな科学者など一人もいない。相も変わらず金の亡者なのである。


 

年間1ミリシーベルト以下への除染は不可能、と環境省。 

 もともと多くの人たちが、放射能の除染は出来ない、と言っていたのだから、今更環境省が1ミリシーベルト以下は無理、と試算したからと言って、驚く必要はないのだが、やっぱりと・・・


 私の避難前の家の環境放射線量は、現在毎時0.9マイクロシーベルトである。そこに居続けた場合、年間7.8ミリシーベルト被ばくする数値である。これは大人でも防護服を着ないで立ち入ってはいけない数値である。


 私の家の周りには、林も畑も野原もある。そこにある放射能の総てを集めて別な場所に移染(除染ではない)することは、机上の計算ならばできる。しかし現実はほぼ不可能なのだ。


 文化省によれば、飛び散った放射のうち、セシウム134が多く(約7割)3~4年で空間線量は半減し、土壌の(ベクレル)線量は6年で半減するという。


  私の家で2年後に空間線量が、もう少し下がる計算である。(もうすでに1年半過ぎているので)


 楢葉町はすでに警戒区域でなく解除準備区域になっているので、除染行動に着手している。しかし、年間1ミリシーベルト以下は無理という現実を前に、我が楢葉町の町民はどうなっていくのだろうか。

2大政党に希望も持てない脱原発。 

 当初は、原発の比率を2030年代に15%に、と目論んでいたが、世論の激しい反発にあい頓挫。

 やむ得ずに、0%を表明するしかないか、と渋々2030年代の0%を表明したものの、すぐに建設中の原発の建設を容認し、(40年廃炉ならば)50年代(58年)に繰り延べに・・・


 冷静に考えれば、今「一度決めたことはぶれずに、30年代に0%を目指す」などと言ってみても、その時まで野田が総理をしているわけはなく、最初から守る必要のない約束なのだ。だから言いたい放題なのだが、それでも閣議の決定さえできない。


 政党の支持率は、自民党が民主党を上回っていて、次の選挙では、(衆議院選挙のこと)自民党が勝利すると思われている。


 それならば、自民党の総裁候補はどうなのかとみてみたら、5人とも自民党の支持率が低いときは、立候補さえせずにだんまりを決め込んで、首相の芽が出たら途端に立候補した連中ばかり。揃いもそろって原発推進である。


 まったく、自民党にはあきれる。自分たちが政権に居ないときに原発事故が起きて、内心は「良かったよかった」とほくそ笑んでいるのだろう。一番の犯罪人は自民党と公明党と東京電力なのである。


 民主党での党首争いは、野田の再選は揺るがないらしい。野田は党首選の街頭演説で群衆から「反原発!」「うそつき」と野次られて、大声で反論せざるを得なかったというから、あきれる。


 消費税の時のように、「30年代原発0%を何が何でもやり遂げる」と言えない野田。


 オスプレイの配備では、全国の自治体から反対されても断固配備するのに、原発30年代0%には、青森と島根から一言反論されると、簡単に頓挫する野田。いい加減にしろと言いたい。


 2大政党を敗北させること、それ以外に脱原発を実現する方法はない。(勿論大阪維新の会など論外だが)

CO2温暖化原因説にもう一言。 

 一度にあまり長く書くのはどうかと思い、分けて書くことにしたい。


 地球の温度が上昇すると二酸化炭素(CO2)が増える。これは様々実験と観察から分かっていることである。


 問題は、CO2が地球の気温を上昇させたのか、それとも地球の温暖化がCO2の値を上昇させたのかどうか、ということである。


 過去のデータを見たことがあるけれど、大体が地球の温暖化が先行するのである。


 地球の大半の水が存在する海。海の機能は水温が上がると大量にCO2を排出する。そうして逆に水温が下がるとCO2を吸収するのである。これはすでに分かっていることの一つである。


 地球の温度とCO2の関係というのは結果的にいうと、連動しているのである。


 つまり地球の温度が高くなると海水温度が徐々に上昇する、するとCO2が増えていく。逆に地球の温度が低下すると海水温度も徐々に低下して徐々にCO2も減っていく。


 これは見方によっては、CO2が原因で地球の温暖化を加速させているようにも見えるが、見えるだけなのかもしれない。


 CO2の粒子が吸収した熱を地球の方向にだけ(地球の)外側の2倍反射するという理屈も何だか疑わしい。
 

 実のところ、CO2が温暖化の原因であるというのは、はっきりしない理論なのである。そんな理屈で原発推進何て言われたくはない。


 それがあたかもCO2が原因なのは間違いない、という理屈が癇に障る。疑問が多すぎるのである。

明確な根拠が希薄なCO2温暖化論。 

 過去に書いたブログで温暖化の原因は、「CO2というのは疑わしい?」という記事に、多少の批判の意見も頂いたので、原発推進者がCO2温暖化説を振りかざしているので、もう一度このことに触れてみたい。


 地球は宇宙に存在するようになってから、40数億年が経っているといわれているが、その間何度か銀河の渦の腕の中を通過しているというが、その時は恒星が密集しているところなので、盛んに多くの恒星が最期を迎える爆発を起こす。


 そのとき地球に大量のニュートリノや宇宙線が降り注ぐ。地球の大気にぶつかる物質は空気中に大量の埃のようなものを生み出す。


 地球の大気中のごみは、水蒸気と結合し水滴となり雨となる。


 過去の貝殻などの化石の物質を調べていくと、その当時の気温が大体判明するというが、大気中のごみは地球の寒冷化を引き起こしているという。一般的に大気中のごみなどの物質は雨の構成要素である。


 さてこうなると、CO2というゴミは、温室効果が出てくるのか、逆に雨の原因になるのか、実のところはっきりは分からない。色んな学説があるのである。


 白熊の生存が温暖化によって脅かされている、といった番組が流れると、「CO2を減らさなければならない」と危機感を持つ。しかし、白熊が地球に存在するようになって、何万年が経っているのだろう。


 過去には南極の氷が無くなったことがある、といった(神々の指紋)という本も出たことがある。白熊は何度も氷が少なくなったり無くなったりした地球を経験してるはずである。


 冷静に考えたら少しくらい氷が少ないからと言って絶滅などするはずがない。現地のエスキモーの人たちには、いまでも年間800頭の狩猟が認められている、という話も聞く。


 こんな話で、CO2原因の温暖化説に振り回され、原発を認めさせられてはかなわないのである。

しきいちは無いと言いながら、年間5ミリシーベルトならぎりぎり大丈夫という人を信じない。 

 誰の話かというと、獨協大学准教授の木村真三さんの話。


 木村さんがよく講演の中で出す数値に、「ICRP(国際放射線防護委員会)では、○○と言っている。」というのがある。


 ICRPは、原発を維持するために、原発に都合の良いことをいう国際的機関である。まず原発に批判的な学者がこの機関のいう事を、ほとんど信用しない。木村氏に名前を引用されている反原発の学者は同列に扱われることでいい迷惑である。


 ICRPは低線量被爆の被害を、引く低く評価している。いま日本で問題になっている年/20ミリシーベルトの5倍の100ミリシーベルトでも、1000人当たり5人の癌死を予測しているに過ぎない。


 この100ミリシーベルトに対して、原発で働いていて放射能被爆で労災に認定された人10人のうち、100ミリシーベルト以上被爆したのは、たった1名である(1999年129.8ミリシーベルト)。


 ちなみに、最低の被ばく量での労災認定は(2011年の5.2ミリシーベルト)である。


 日本も、ICRPも言ってることとやってることが違う。安全を叫んでる人たちが最も被ばくを恐れているのである。


 こんなICRPの数値を持ち出して「年間ぎりぎりで5ミリシーベルトまでは大丈夫だ」などという木村真三氏を信用してはいけない。

自然放射能と人口放射能を混同する人を信じないこと。 

 このことに何度も触れるが、自然放射能と人口放射能は区別して考えないといけないということ。


 小学校の放射能に関する副読本が、やっぱりそれを同列に扱っている。


 蛍光灯の光と放射線を同列にしているのである。やっぱり政府は人口放射能を「危険性のないもの」として広めたいのである。


 蛍光灯の光と放射能は、そのエネルギーに於いて全くの別物である。圧倒的に高いガンマ線のエネルギーは、紫外線の100万倍に相当する。


 このエネルギーが細胞を傷つけて、その細胞の再生過程で癌化する危険を増大させる。特に内部被ばくは危険性が高く、長期間影響する。(新陳代謝のスピードによるけれど)


 また、カリウム40などの自然放射能についても、人間は地球に存在した歴史と共に、カリウムをすばやく新陳代謝して体外に排出する方法で対処してきた。

 だが、人口放射能(数多くの種類が存在する)に対しては、人間はまったくの無防備なので、いままでの自然界の放射能に強制的に上乗せされる被ばくになる。(人間の今までの機能が逆に働き悲しい宿命となる)


 獨協大学准教授の木村真三さんの認識不足に、恐ろしさを覚える。氏が反権力の旗頭のように宣伝されているから、多くの人が影響を受けるのではないかと心配なのである。

原発ゼロは電気料金が上がるって? それって本当なの? 

 結論めいた話からすると、以前のように安全に費用を掛けなかったら、原発はもうかる電源である。


 経済界などで、「原発ゼロにしたら経済が困る。」と宣伝し、マスコミは「原発ゼロでは電気料金が上がるが、それを覚悟してるのか。」と盛んに原発を動かす必要性を宣伝をしてる。


 しかし儲かる原発では安全はおぼつかない。何故か?その結果が福島第一原発の事故だったわけだから・・・


 安全対策には膨大な費用が掛かる。それをやっていたら電気料金が跳ね上がり、「原発は割高だ!」と、危険と料金のダブルパンチで原発は動かせなくなる。


 つまりこれからの原発は、原油などを使った火力発電や水力発電と変わりはないし、むしろ高めになると思われるのである。


 いやーそんなことはないだろう、と思う人には、原発を動かしていないドイツの電気料金と比較してほしい。


 私が聞いてる範囲では、日本の今の料金の3分の2程度の料金である。多分いまドイツで原発を動かそうと思えば、それ以上の経費が掛かるはずである。ドイツでは経済界も原発ゼロを支持している。


 お金にまつわる事というのは、常にマジックが隠されている。そのことを忘れないようにしたい。

 マスコミの受け売りでなく、自分の頭は自分の肩に乗せていなくてはならないということ。


 

4割もの原発下請労働者が被ばく線量計を付けていなかったとは・・・ 

 私は各地で、原発事故による避難の実態を話して歩いた時に、「原発下請労働者は、線量計を置いて行っている。そうしないと被ばく限度を超えてしまい、仕事が出来なくなる。そのことが怖い、無権利の状態なんです。」と言って歩いていた。

 
 今度のニュースは、私の話を聞いた人たちが、「あーあの時○○さんが言っていた通りだった。」と思っていることと思う。


 私が下請け労働者の話で、もう一つ言って歩いたことがある。


 それは、危険なところに誰も行きたがらないために、「東京電力は、大手ゼネコンに要請し、東京・大阪など大都市部から、日雇いの労働者を連れてきている。その時の人集めは、身寄りのない人はいないか、」ということだ。もし何かあっても、騒ぎ立てる人が居ない人という意味だ。 そういって歩いた。


 そのことがいつか明らかになるかもしれない。


 ところで、この日の新聞の記事には、原発労働者の被爆による白血病罹病の労災基準が示されていた。


 年間5ミリシーベルトを被ばくすると、ほぼ自動的に労災に認定される。国が、「その人は放射能の被ばくによって罹病しましたと」認める基準である。木村真三独協大准教授が「被ばくしてもいいぎりぎりの限度は年間5ミリシーベルト」と言っていた数値である。


 この数値は、18歳以上の大人で、放射線作業従事者の話である。木村真三さんが言っているのは妊婦や昨日生まれた赤ちゃんに適用する話である。とんでもない数値である。

被災者無料招待の、ナターシャ・グジさん(チェルノブイリ被爆者)のコンサートに行ってきました。 

 私もそうなのですが、ナターシャ・グジさんもチェルノブイリ原発から3・5キロで被ばくした、被ばく者でした。


 事故から2日後に、「取り敢えず避難してください。すぐに帰れるので何も持たずに避難してください。」と言われて突然の避難から26年になるという。「人間は忘れることで、同じ失敗を繰り返す」と言っていたのが印象的であった。


 どこでも同じなのだが、原発が爆発したことも知らずに、丸一日外で遊んでいたという。ナターシャ6歳のとき。


 友達は何人も病気になっている、異常のある子供も何人も生まれた。今なお被ばくの恐怖から逃れられない想いを訴えていた。


 コンサートは、防人の歌・秋桜なども披露したが、声・表現ともに多くの参加者を感動させずにはおかなかった。


 私は、35年ほど前にナターシャさんの生まれ故郷の、ウクライナ地方に研修のような旅に行ったことがある。(双葉郡内で当時は2人目だった。)CDを購入して、サインをもらう時に、「35年前にウクライナに行ったことがありますよ。」と言ったら、「今はだいぶ変わってしまいましたよ。」と言っていた。

 それはそうであろう、チェルノブイリ原発の事故の影響もあるだろうし、時代は過ぎているのだ。

木村真三独協大准教授の講演会に行ってきました。 

 木村真三さんの言っていることは大体分かっていたので、特に真新しい話は無かったが、人柄が出ているし、実体験に基づくはなしも聞けた。


 私が、木村さんの話で気になっているのは、天然の放射線と人口放射線とを同列に扱うところであったが、今回もやはりそこの疑問は時間の関係で、解けず仕舞だった。


 木村さんは、「天然カリウム40(植物の3大要素のひとつ)は、人間にとっても必須元素(人間の体の中で作れず摂取が基本)である。その接種で60キログラム、167センチの成人で、4.000ベクレルの放射線を出している。しかし人間の体にはそれを直す機能がある。カリウム40は人間の体にはセシウムの7分の1以下の影響しかないが。」という論調であった。


 放射線そのものはそういう解釈になろうが、天然の放射線は、人間が地球の歴史と共に対応してきて、悪影響にならないように作られている。つまり一回空気を吸うと100が体の中に入ってくる。だがその空気を人間は吐き出す、すると100が出ていく。呼吸はそれの繰り返しである。つまり、人間に負荷はない。


 それに対して、セシウムは、100にプラスされる放射能である。だけど、今まで自然界になかったので、人間はそれを感知できない。


 それが人間が人口放射能を恐れる意味である。そこを聞きたかった。


 それと木村さんは、人口放射能の被爆基準を「ぎりぎり、年間5ミリシーベルト」と言っていたが、これは放射線管理区域(18歳未満立ち入り禁止)の5.2ミリシーベルトに匹敵する被ばく量である。木村さんが被ばく線量にしきい値はないといっている割には、あまりにも高すぎる。政府の言っている1ミリシーベルトという基準からも異常に高いと感じてきた。


 どうも、木村さんの話は、小出裕章さんの名前を出したり、栃木県の放射能アドバイザーの批判をしたりして、一見一般の人の見方のようなのだけれど、疑問符の付く内容であった。
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