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チェルノブイリから二人が来日。楢葉町に表敬訪問。 

※ このコーナーで4月17日の楢葉町の警戒区域見直しの検討会が17日に開かれて、29日からの実施については延期されたことを報告しておきます。


 4月22日、前日から来日して福島県内を、回っていた二人のロシア人(ベラルーシ)二人が、(小児科医と元教師)楢葉町に表敬訪問するというので、一緒に行くことになった。

 午前10時40分ころに楢葉町の、町長・副町長・総務課長・企画課長など町の幹部と、私たち15名程が会見した。訪日団は脱原発県民会議で招いたので、社民党の県代表や、いわき地方の代表があいさつし、和やかなうちに話し合いは始まった。

 ベラルーシから来た二人は、子供の健康を守ることが最も大事であること。自分たちの居るところがチェルノブイリから250キロ離れているということ。除染はしていないこと、などが話された。

 一方楢葉町からは、町長が「除染をして、その除染物を貯蔵するところが町民から理解されないこと、」などが話された。

 楢葉町としては、中間貯蔵施設が町民から理解されなければ除染は進まない、と考えていて、「海の底に穴を掘って埋めるしかない」などと言っていた。

 訪問団はその後、いわき市四倉町というところで、小さい子供を持つ親が集まる小さな集会場で、40名ほどを集めて話し合いが2時間ほど行われ、夕方には楢葉町の仮設住宅で、仮設の人達との夕食交流会を開催した。


 私は23日の朝に帰宅したが、訪問団は23日は警戒区域への立ち入りや、夕方6時からはいわき市の文化センターでの集会に臨んだらしい。


 除染と中間貯蔵施設の関係が悩ましいが、原発はトイレのないマンションと言って批判してきたのだから、当然と言えば当然である。いくら議論しても結論などは出ないのだが。敢えて言えば、チェルノブイリでは、土地が国有地なために、人の住んで居ないところに貯蔵して、立ち入り禁止にしているというから、

 楢葉町もそれにならって、国有地の山に大きな横穴を掘って、そこに貯蔵する交渉をするしかあるまいと思う。そうして、そのとき掘り出した土を公共施設や住宅の放射能の被覆のために使えばいいのでは・・・ トイレがなくては住民は住めまい。この案で行けるならば、交渉相手は基本的に国である。

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ボケている楢葉町草野孝町長、町民の反対を押し切って警戒区域見直し受け入れ。 

 4月11日から13日に掛けて、楢葉町の警戒区域から警戒区域解除準備区域への見直しについての住民説明会が行われた。


 私は、前のブログに書いたように、「町長選挙寸前であり、避難指示がされた時点と何ら進展がない状況下であり、除染の効果もはっきりしない中では見直しに反対」であることを最初に発言した。

 

 11日は国と町の見直し案に大半の町民は反対であることが明らかになり、12日・13日にはそれが尚更はっきりする説明会であった、と聞いた。


 町民の意見を聞いて、国は「町民の意見が反対なのに、無理に見直すことはしない。」と見解を示し、町も「町民の意見を聞いて決める」との見解を示していた。 

 しかし、草野孝町長は、町民から「新聞に、説明会を開いてから受け入れる、と町長の意見が出ている、どうなんだ」と詰め寄られて、しどろもどろに・・・


 かくして、3日間の説明会を開いて町民の意見は、早期の見直しには反対であることがはっきりした。


 しかし草野孝町長は、4月13日の説明会が終了するや否や「警戒区域の見直しを受け入れる」と正式に発表したのである」(14日新聞に掲載された。)(受け入れ時期は協議会で検討)


 受け入れ発表2日後の4月15日は、草野孝町長が立候補しない町長選挙が行われる。つまり別な人が町長になるのである。 駆け込みでの警戒区域の見直し受け入れである。陰に利益が蠢いていること以外に考えられない。


 これからは町民からも、様々な動きが出ることが予想される。準備区域の時期なども17日に検討するが、今回のやり方が酷かったために、影響は避けられまいと思う。


 草野町長も半分ボケて、町民から恨みを買うような行動は現に慎むべきであろうに・・・

楢葉町警戒区域の見直しで住民説明会。 反対の合唱に・・・ 

 福島第一原発から20キロ圏内の警戒区域で、初めてとなる、警戒区域を避難指示解除準備区域に再編するという、政府と町当局者からの説明会が4月11日実施された。

 字数の関係から、政府の説明は除外して内容を紹介する。

 500名程の住民が参加した説明会は、最初私が発言した。質問内容は「① 避難して今まで何が変わったのか。第二原発事故で避難したのにその後の説明もない。除染の効果も分からない。町長選が15日に実施されるのに、今の時点で何故警戒区域の見直しを急ぐのか、性急な見直しには反対である。(大きな拍手と、そうだ、という掛け声)チェルノブイリでは、汚染区域に住民の95%が空間線量年間1ミリシーベルト以下の地域に住んでいるが、毎時0.12マイクロシーベルトだ、楢葉町には一か所もない。私の家は年10ミリシーベルトだ。人が住めるか?子供が戻れずに町の復興は出来ないということを考えてほしい。 ② それに合わせて、賠償・保障の問題がある。自分の住むところは自分で決めるという原則を確認したい。戻る人も、戻れない人も、判断は自分である。国ではなくて町でもない。町民の希望を適える賠償と補償を町は先頭になって、東京電力や国に求めてほしい。 ③ ボランティアによる除染を計画に挙げているが、チェルノブイリでは短期間に20ミリシーベルト被ばくした8人にうち7人が癌で死亡して、何の補償も受けられない。町ではそういう結果に対して責任が持てるのか?除染は専門教育を受けた、業者にさせるべきだ。」と質問した。

 町当局の他に政府の方からは、内閣府(富田以下3名)復興庁(福井以下5名)環境省(カネヤ以外4名)経産省(4名)名前言わず。文化省(松浦以外 名)県警(小椋)等が説明員として参加。


 富田氏やその他役人の説明はロボット的な説明で、「危険性があって避難してもらったが、今は冷温停止状態で、第二原発も15日には冷温停止になった。低線量被爆も説明が足りなかったが、ICRPも100ミリシーベルト以下なら大丈夫と言っている。」などと、大よそ今では誰も信じていない数値を機械的にあげて説明していた。

 私が、政府の担当者があまりにも問題ないという説明に終始するので、「絶対安全と言えるのか」と声を上げると、保安院の担当者が「はい、絶対安全です。」という一幕があって。参加者からあきれたという反応が上がった。

基本的に政府の安全という説明を、誰も聞かないというか信じていないのである。


 説明会の流れは、政府と町に対する非難と、計画に対する反対の声に圧倒された

 主な発言は。1.町長選挙と町議補選が終わってから判断すべき。2.原発は今でも危険でないか。3.事故後の除染の効果は分からない。4.3年後から返すといっても待てない、早く賠償を。5.住民投票で見直しを決めろ。6.東京電力がここに来て謝るべきだ。7.町長は新聞に、この説明会が終わったら見直しを認めると言ってる。真意はどうなのか。など等、予定の2時間を40分も上回る説明会となって、町長は、7、の説明が出来ずに、副町長が乗り出す場面があった。

 政府担当者は「町民が反対しているのに無理に進めることだけはしません。」と答えるのが精いっぱいであった。

 説明会全体として、警戒区域の見直しに対して、「見直しは時期尚早、」という町民の意見が反映された空気に支配されたものとなった

 

警戒区域の解除幾つかの問題点 

 政府が急いでいる警戒区域の解除だが、いくつかの問題がある。

 

 まず第一は、私が住んでいた楢葉町は、町全域が年間50ミリシーベルト以下で、警戒区域の解除対象だという。

しかしこの解除、簡単ではない。チェルノブイリの原発近くの地域では、年間1ミリシーベルト以下の地域に90%の住民が住み、5%が1ミリシーベルトから5ミリシーベルト以下の地域に住んでいるという。

 これを楢葉町に当てはめると、一か所も年間空間線量1ミリシーベルト以下のところは楢葉町にはない。


 警戒区域の解除は、その値が空間線量年間1ミリシーベルト以下になった時に行われるべきことである。放射線量が基本的には判断基準なのである。

 インフラの整備とかそういうことは、放射線量の値が、生まれたばかりの子供も安心して住める、年間1ミリシーベルト以下になってから方向性を出していくべきである。インフラは放射線量が下がれば何とかなる課題である。

 帰宅の条件を緩和して、都度届を出せば警戒区域に入れるようにすべきであろう。

第一福島第一原発が未だに政府さえもが、冷温停止状態と言っている。収束ではない。放射能も出ている。地震がある度にびくびくして生活が出来るのか想像してみるといい。

 町当局が、除染の効果も分からずに警戒区域の解除に応じる等というのは論外である。政府の口車に乗ってはいけない。


 次に、そのことを踏まえて確認しなくてはいけないこと、それは「自分の住むところは自分で決める」という大原則である。

 楢葉町を・故郷を放射能で汚染したのは東京電力である。戻るにしても、戻れないにしても、国に言われたから決めるのではない、自分の住む所を自分で決めるために、そのための賠償・補償を、東京電力及び国にしてもらわなくてはならない。町行政はそのために頑張ってもらはなくてはならない。


 最後に、町は放射能の除染をボランティアを含めて実施するとしているが、ほかの地区でもやっていて、800ベクレル被爆した、などの声が聴かれるが、その責任の所在がないのである。誰が被爆の責任をとるのか曖昧なまま実施すれば、後々大変なことになる。チェルノブイリでは除染で一時的に20ミリシーベルトを被ばくして2年後に8人のうち7人が死亡したが、誰も保障されていない。

 除染は専門的な教育を受けた、専門の業者にさせるべきである。

本当の被害はこれから・・・ 

 原発事故による避難から1年以上が過ぎて、益々将来に対する不透明さが増している。

 一つは、除染ということである。

 楢葉町では、2月に除染の説明会を実施して、4月には11日と12日に掛けて、警戒区域の解除と帰宅の条件に向けて町民対象の話し合いが行はれるが、それもこれも放射能が、小さな子供も含めて生活できるレベルに低減するのか、ということに結局はかかっている。

 すでに先行実施している町役場庁舎などは、高圧洗浄機での庁舎表面の放射性物質の除去なのだが、実施した後は、ほぼ半分程度に線量が下がっている。

 しかし、これは以前にも書いたけれど、くっついていない放射能は、移動することを意味しているし、3か月もすると線量の値が元の数値に戻る。国の基準年間1ミリシーベルト以下などあり得ない。因みに、私の家の庭は1.2マイクロシーベルト(毎時)で年間10ミリシーベルトを上回る。

 従って、チェルノブイリ原発事故の例でも分かるように、特別の除染の方法でも発明しない限りにおいては放射能の除染は不可能である。

 一度壊れた町は元通りに復活することはない。想像してみればすぐに分かる。

 第一に子供が戻れない町。→ 帰宅して20年後くらいには、町の機能はなくなる。

 いつも身の回りの放射能に脅える生活→釣りが出来ない。山菜取りが出来ない。畑で野菜が作れない。あちらこちらに行けない場所がある。具体的な生活再建の道筋が見えない。

 インフラの整備→ これは行政の頑張りで何とかなるが、町民が戻らない・戻れないという状況で、いつまで赤字覚悟の維持が出来るか。

 そんなことを考えると、覆水は盆に返らずで、元に戻ることはあり得ない。それでも戻るのは東京電力関係で周りの人との関係で戻らざるを得ない人と、高齢者だが、いずれは消えゆく運命である。


 この、故郷を奪った犯人は東京電力の金儲け主義であるし、国の原発推進の政策である。

 本当の災害はこれからなのであり、本当の闘いもっこれからなのである。

 

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