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避難準備区域の見直しなんて、何の展望も無いのに・・・ 

 福島第一原発から20キロ以上30キロ未満の地域が、避難準備区域になっているが、政府がその解除縮小を地元自治体と協議はするが、解除するという。

 楢葉町は、警戒区域と避難準備区域に分かれる。楢葉町は木戸川を挟んで、昔の木戸村と竜田村が別れていたものを合併させた。旧木戸側は比較的に放射線の値が低い。(竜田側との比較で)そのために木戸川に検問所を設けて、木戸側の警戒区域を解除するのではないか、という話が、一部で噂になっている。


 この動きに対して、大きな疑問がある。


① 楢葉町は福島第二原発から3キロ以内の住民に対する避難指示によって避難させられた。しかしその第二  原発がどうなっているのか、一切の説明が無い。それなのに戻れとはどういうことか。

② 第一原発もまだ完全復旧もしていない。地震があるたびにびくびくしている。

③ 除染作業がどの程度効果があるのか、またどこまでやるのかまったくはっきりしない。

④ 第一原発の3号機が3月21日に2回目のメルトダウンを起こしているのではないか?プルトニュウムが楢葉町から検出されているというニュースが以前流れている。

⑤ 東京電力は早めに住民帰宅をさせて、損害賠償の軽減を図りたいのではないか。?

⑥ 一部の住民が戻っても、若い人たちが居ない状況が作られ、いずれゴーストタウンとならないか?

  また、医療・店・行政サービスなどが確保できるのか、課題の解消が先である。


 ちょっと考えつくだけでも、困難な将来が予測できるのである。学者・技術者など専門家から見れば、更に様々な疑問が出てこよう。これらの疑問に応えるのが先である。第一原発の放射能漏れが目立たなくなったから、とすぐに帰宅させようとする今の政府・東京電力の姿勢には、地元住民を無視した棄民政策が見て取れると思うし、許されないと思う。

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大人の反省から考えよう原発事故 

 8月6日は広島市に原爆が投下された日である。私は4日から広島市に居た。

 5日の日には市内にいて、原爆ドームを見に行った。今までに何度も見ているのだが、今年は今までとまったく違った感覚で見た。福島の原発事故の原発建屋の破壊された姿とダブって見えるのである。同じ放射能による惨劇である。

 原爆ドームの前に、峠三吉の「二度と過ちは繰り返しませんから・・・・」という詩がある。何度か読み返してみた。峠三吉は少なくても原爆の加害者ではない。しかし、この言葉には被害者としての言葉というよりもむしろ自らを責任ある人間の一人として捕らえている。

 翻って、我々はどうだろうか。「オレはずーっと原発に反対してきた、俺の言ったとおりだろう」 そんな態度がないだろうか。原発で働いていた人たち、原発に生活の為と賛成してきた人たち、その行動は様々だ。しかし、原発の事故を防ぐことが出来ず、子々孫々に、汚染された故郷を残してしまった、ということでは何れも同じである。

 共産党は「共産党だけが○○に反対してきた唯一の政党です」とよくいう。しかし、だったらどうだというのか。それを聴いて「その通りだ、やっぱり共産党しかない」と思う人は、極少数である。

 反省から始めなくてはならない。

 第二次世界大戦では、多くの大人たちが「あの時はしょうがなかった」と言って、戦争に突き進んだ自分の罪を認めず、本当の反省をしなかった。その責任を誰もとらない。今だかつてA級戦犯は靖国神社に奉納され、「あの時はしょうがなかった、」と言っていた人たちが、御参りしている。原爆で被爆した国民が、また原発で被爆する。何度でも同じ過ちを繰り返す。外国から見たら、「どんなに酷い目にあっても、冷静でいられる国民」と、不思議な国民性として映る。見方によっては、何回も同じ失敗を繰り返す馬鹿な国民、とも見えるのである。

 「自分は反対してきた」「あの時はしょうがなかった」と自らの責任を否定してきた中からは、次へ進むための反省や、前向きな行動は出てこないと思うのである。

 我々は反省から始めなくてはならない。

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