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また引越し、流浪は疲れもピークに・・・ 

 地元の一部が警戒区域解除の動き、我々はどうしたらいいのか?

 栃木県の扱いで、避難者支援の一環として、住宅の買い上げ制度を実施するというのがあり、説明会に参加した。4人未満なら7万円までで、5人家族なら9万円までの家賃の住宅を借り上げるというものであるが、私は5人家族なので、一戸建ての物件を探して引っ越すことにした。
 今居る雇用促進住宅は昭和47年に建てたもので、住環境が悪くこの夏を乗り切ることに不安があったので、引っ越すことにしたのである。
 同じ雇用促進住宅で知り合いになった2世帯と、同じ地域の近くに一緒に引っ越すことにした。
 疲れる、と思う。2年間という期限付きで、そこもいずれまた引っ越すことが前提である。家族の和を保つのも本当に大変だ。
 そこに突然舞い込んだ、私が住む町が帰宅を解除するため警戒区域を一部解くというニュース。若い人は絶対帰らないだろうし、家族を維持していくのには若い人たちに着いていくしかない。人間とは何か、人生とは何か、家族とは何か、そんなことの一つ一つが深く考えさせられる。
 帰っても良いと言われたからすぐに帰れるとか、嬉しいとかそんなに簡単な問題ではない。今更なにを言ってるのかと思う。人の人生をメチャクチャにしておいて、本当に国・東京電力が強引に推し進めてきた原発に怒りを覚える。

自宅新築のT町長町民の前に姿見せず。

 ついこの前(6月25日)郡山市にあるビックパレットに行ってきた。ここはT町の避難所になっている。一階の避難所の一部はテント生地で仕切ってある部屋もあるが、大半はダンボールで仕切ったエリアーに個々別に住んでいた。実際に見ると悲惨である。こんな生活家族5人では続けられない、と正直に思った。
 T町の事務所も数箇所にあって、私は町長が居るのかと覗いてみたが、ついぞ発見できなかった。自宅新築の話は、皆知っており、流された金庫の中に多額の現金が入っていたことも、大半の町民は知っていた。
 後日談では、金庫を自宅近辺からT町議に頼んで持ってきたものが、川俣警察署に一時保管され、後で町長が、その確認をしたらしい。現金の額は、金庫の大きさから言って3億円程度で、あとは有価証券などに変えられていたと言う。ある町民によれば町長がどこに居るか分からないという。

F町も町民がバラバラに・・・

 埼玉県の方まで避難したF町。行くことを決めたのは町長の独断だという。この前、避難している町民の一人が軽犯罪を犯したことで、町民に等しく配布予定だった義援金を、これまた町長独断で断った。しかし、まったく収入を絶たれた町民から多くの不満と抗議で見直された。当たり前である。
 このF町。7千人ほどの町民のうち、埼玉県に居るのは800人ほど。同じ人数が福島県の会津地方の避難所にいる。その他福島県の各地に避難している人が相当数いるのである。
 F町長は、決断力と独断先行を履き違えている。町民はいまバラバラにされている。これからの自治体としての機能の維持も、他町村との比較で見ても困難であろうと思う。いつも犠牲は庶民などである。
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入院患者を投げ捨て自分たちだけ避難 

放置された患者は21人?も死亡 院長は県外に逃亡

 私は、1年以上に渡って双葉地域の医療を良くする会の事務局を担ってきた経験を持っている。
主な課題は、双葉町にある双葉厚生病院と、県立大野病院の経営統合を、地元双葉郡にとってマイナスにさせないことを中心にしてきた。
 郡内全住民7万人のうち、県立大野病院の救急部門を県が責任を持つことという署名を取り組んで、60%以上の4万人もの同意を得ていた。
 双葉厚生病院は老朽化した病院である。一方県立大野病院は真新しい施設である。県はその県民財産をJA厚生連にくれてやろうとしていた。
 双葉厚生病院の重富院長は、「双葉郡の医療は、心配しないで我々に任せてほしい」とあらゆる機会で主張してきたのである。
 我々の努力虚しく、経営統合は4月からの実施が決定していたのである。

 そこに3月11日の東日本大震災が襲ったのである。翌12日、福島第一原発の大原発事故が発生した。双葉厚生病院は原発から3.3キロ程度の距離にある。3.3キロというと、12日午後2時過ぎの1号機の水素爆発では、窓が振動している。
 12日朝の避難勧告。しかしその情報は伝わらず看護師長も知らずにいた。避難が遅れたのである。結果多くの入院患者が被ばくした。重富院長は何をしたいたのだろうか?
 
 もう一件。大熊町にある双葉病院のこと。双葉病院は精神病院と老人介護の施設を経営している。私の父はこの施設で2年前の9月に97歳で亡くなった。
 この施設は避難命令が出て、大半の職員は我先にと逃げた。結果全入所者は置き去りにされ、
最終的に救助したのは自衛隊である。入院患者はほぼ全員が被爆し、自衛隊に救助されるまでに21人が死亡している。避難先の施設に移って落ち着くまでさらに数人が死亡したという。 
 これは殺人である。合法的な殺人である。院長は「警察から言われたから避難したのだ」と言い訳したという。
 入院患者を見捨てて自分たちだけ避難しろなどと、警察が言ったとしたら、責任問題である。いうはずもあるまい。
 いつも犠牲になるのは社会的な弱者である。

T町長は、古里を見捨てて自宅を新築?

 いまT町の避難所で、もっぱらの噂になっていることがある。そうしてそれは避難所以外にも流布しているという。
 前にも書いたが、T町長は津波で新築した息子の家と5億円が入った金庫を流された。(という)
金庫は無事手元に戻ってきたらしいが、そのせいかどうか一時体調を崩して入院した体調もすっかり元に戻って退院し、いま避難先の郡山市に自宅を新築中という。
 T町に限らず、双葉郡民の精神の大半を支えているのは、「早く古里に戻りたい」「いつかかならず古里に戻る」という一点である。その町民を支えていかなくてはならない町長が、わずか3ヶ月程度の避難生活で古里に見切りをつけて、どこから貰ったか知らないが、大金にものを言わせて避難先に自宅を建設するとは、自分のこと以外に何にも考えない無神経ぶりに、ただただ飽きれるばかりである。

私なりの放射能の考え方 

自然放射能と人口放射能は違うということ。

「自然の中にも日常的に放射能はあって、その値からしてもすぐに健康に影響が出ることはない。」政府・東京電力がマスコミで言っている言葉である。それは同時に将来のことは知らない、というこをも意味している。
 自然界に存在している放射能は、人間の体の中にある放射能と基本的に=(イコール)である。放射能の値が自然界で100ならば、人間の体の中も100である。呼吸で100吸えば吐くときに100出て行く。そこに例え微量でも0.001が加われば、100.001となる。人間が呼吸すると、息を吐いても0.001が体内に残ってしまう。これを体内被曝という。つまり、人口放射能は体の中に溜まる。自然放射能はどんなに呼吸しようとも体内に自然界の放射能以上に溜まることはない。そこが決定的に違う。

 次に体外被曝と体内被曝の違いであるが 体内に人口放射能を取り込んで被爆する影響は、体外被曝の倍から10倍もの被爆をする。なぜかというと、放射能核種が人間の体に取り付いた場合、その被爆量は放射性物質からの距離の2乗に反比例する。例えば1mの距離で10の値なら、50cmの距離でなら、10の倍の20ではなく40の値に跳ね上がる。25センチならば1mのときの8倍の80に跳ね上がるという計算になる。体内に放射性物質がとどまる間強烈な被爆を続けることになる。
 しかし、放射性物質はいつまでも体内にとどまるわけではない。セシウム137で109日で対外に排出されるというデータもある。

体内被曝の計算式は、ベクレルの値×Kg×放射性物質固有の実行線量係数(セシウム134なら0.019)  石川正純北大教授

新聞などに毎日発表されている各地の線量は、一時間あたりの数値であるので、例えば0.15マイクロシーベルト)ならば、  0.15×24(一日の時間数)×365(一年の日数)=で1314マイクロシーベルト となる。それをミリシーベルトで表示するなら、1000の単位で割る(1000マイクロは1ミリ)すると、1.314ミリシーベルトという数値になる。

ちなみに福島市や郡山市などの一時間あたりの数値が1.3マイクロシーベルトだとすると、上の数式に当てはめると、11.3ミリシーベルトになる。場所によって数値は10マイクロシーベルトにも達するところがある。そこに居続けたら87ミリシーベルトというとんでもない数値になる。早急な対策や、避難などが必要になる。

放射能に安全基準はない。

 民間人の年間の被爆限度(安全基準)を20ミリシーベルトというのが政府が言っている基準である。それ以下ならば安全であるという。これはICRP(国際放射能防護委員会)の主張である。福島県の飯舘村などが計画的避難区域と指定された根拠になっているものである。しかしいまこの基準に多くの疑問と不安が出ているのである。ICRPは「合理的に出来る限り低く抑える」ということを根拠にしている。合理的というのは、放射能被爆を抑えるのにあまりに多くの住民を避難させるのは大変な場合は、合理的に考え多くの住民を避難させないように数値を合理的に判断する、ということになる。ちなみに原発事故で作業している人たちの被爆限度を250ミリシーベルトという狂気の数値にしたのは、100ミリシーベルトなどでは、すぐに作業者がいなくなるので、合理的に作業者を確保するために弾き出した数値である。
 原発で働く人たちが白血病に罹患した場合、労災として認定される被ばく線量は年間5ミリシーベルトを被爆するとほとんど100%認定である。
 年間4ミリシーベルトなら安全かというとそんなことになるはずはない。
 「出来る限り可能な限り低く」LAPS(ラップス)というのが今は放射能に対して正しいと、多くの学者が言っている。ヨーロッパなどの流れである。だから基準値など無いのである。放射能は微量であっても危険なのである。どんな場合も、放射能の値は限りなくゼロに近い状態でなくてはならないのである。そのために放射能の値に不安を感じる地域では、庭の土を削って穴を掘って埋めるとか子供たちを一時的に疎開させる等の対策を、早急にさせなくてはならないと思うのである。

3月12日原発事故で避難命令。避難訓練など役にたたず、蜘蛛の子を散らすように・・・ 

$原発現場労働者の叫び



 避難命令で奪われた人生

 3月12日の時点では混乱していて夢中であったので、自分のことで精一杯だったが、今になって振り返ると、様々なことが見えてくる。
 東日本大震災は、3月11日午後2時46分に発生して、原発は1号機と3号機がその時点で配管破断が発生し、鉄塔の倒壊で電源が喪失し、非常用のデイーゼル発電機も動いていた2基が津波によって破壊された。それが3時30分頃だから、それから5時間に満たないうちにメルトダウンが始まったらしい。午後8時30分である。
 私はといえば、福島第一原発から16キロ程の地点に居るのだが、まだ何の情報も無く、家の前で夜を過ごしていた。しかしそのころ大熊町や双葉町周辺では、自治体に情報が入り、大熊町では、茨城県から40数台のバスを用意している。双葉町は同じ情報でもバスの準備はほとんど出来ていない。(4~5台か)富岡町でも4~5台と聞く。一般住民はまだ何も知らされていない。次の日の朝から大熊町や双葉町では住民避難が始まる。私のいるところは、第二原発から3~4キロのところにあるので、実は、第二原発からの3キロ以内の住民への広報無線による避難指示によって避難を始めることになるのだが、それがメルトダウンから12時間後の朝の8時30分頃である。
 突然の避難指示で、混乱のなかいわき方面の学校など3箇所にバラバラに避難、まさに蜘蛛の子を散らすという状態になる。・・・  
 しかし私の家族は病人がいて集団生活が不可能なため、個人的に郡山方面に避難し、最後は親類の多い那須塩原市の方に、途中地震で寸断された道路を何度も迂回し、2日かけて逃れた。途中福島第一原発から50キロ程離れたところで車中泊した際に、テレビで一号機の爆発のニュースに接することになる。津波の映像が流れ、時々原発の事故のニュースが流れるという、地震・津波・原発大事故と何をどう受け止めてよいのやら、混乱の極みであった。我々は原発事故で避難しているのだが、全て個人的対応と個人的判断で動かざるを得ず、分かっていたことだけど、避難訓練で全町民を安全に避難させる計画など、何の役にも立たず、放置されたのである。一部の人のみ行政が避難に関わっただけである。

 友人も私と大差は無いが。ある知り合いは、3月11日の午前中に実父が死亡した。午後になって葬儀社と葬儀の打ち合わせをしているところに地震が発生して、打ち合わせは中止。次の日の朝原発事故で避難命令が出て、父の体を持って避難したという話を噂に聞いた。どこで遺体を焼いたのだろうか、どんな心境であったのか。
 
 避難所も悲惨であったと聞く。富岡町の住民は4~5台のバスと個人の車で山間にある隣の川内村に避難した。バスは20キロ程の距離をピストン輸送。避難所は立錐の余地もなく、誰も横にもなれず、座って休むか車中に泊まる状態で、全員にヨウソ剤を服用させている。その後郡山市に川内村とともに避難することになる。
 私の友人がしばらく暮らす避難所では、東京電力の関連会社の社員が世話役係を買って出て、そこに東京電力から会社名を大書したダンボールが大量に届き、カップラーメンなど食品が配られるという。
そういう避難所では、東京電力の役員が謝罪に訪れると、世話役係が「今日は文句を言う日ではないので、東電から来たら拍手で迎えてください。また、帰るときは感謝をするために拍手で送ってください」と強制されているという。
 今まで普通に生活していた年配者が避難生活で急にボケ始まって、家族に多くの負担がかかってきているという話が多い。
 古里の放射線量に一喜一憂する生活が長期化して、家族の中では仕事を失い、収入の道を閉ざされ、(私の家でも息子と私が3月12日から失業状態です)帰れる見通しもたたず、若い人たちは「もう帰れない」と諦め、小さい子供を抱える家族は年配者を抱えての避難生活で絶望し、年配者は「古里に帰りたい」と望郷の念を募らせている。家族の中でも帰る、いや帰らない、と諍いが絶えないのである。
 私の家の隣には息子の先輩が、家を新築して、地震の日が子供と奥さんで少しの引越をして、避難命令のひが全てを引っ越す予定の日だったのである。またある隣人は、2年前に自宅が火事になり、昨年新築した家を置いて避難生活。心が折れる。

 町長個人の金庫が流され、回収したら5億円の金が・・・

 T町の町長の自宅は海の近くであり、自宅の前には子供のための家を新築し、誰もが羨む豪華な生活を送っていた。その家は津波で流された。
 避難中町長は体調を崩して一時入院する。何故かは分からない。その後、ある町議会議員に金庫の回収を依頼したという。(この辺は周りの人の噂である)町長はこの議員と黒い噂が絶えない。町の工事を集中的に受注する土建屋の経営者である。まだ警戒区域になる前に、金庫は回収された。単に回収してもすぐに持ち主のものにはならないのだろう。警察が確認するのは、本当にその人の物であるかどうかである。「中には何が入っていたのか」と聴かれ、町長は「○○と○○そうして現金は5億円」と答えたのであろうか。
 いま陰で動く金は、銀行に置けない。捜査の対象となるからである。だから金庫に現金で置いておく。
 さて何の金であろうか。T町長は「国に裏切られた」と言っていると聞く。決して「東電に裏切られた」とは言っていない。私は、双葉郡に住んでいるので感覚的に思うのだが、地元の人間が身近に感じるのは東電である。決して「国に裏切られた」とは言わない。T町長をある人がネットで「自分のことを省みないで町民のために頑張っていることに感動した」等と訳の分からぬことをほざいていた。私から観れば、町民のことを考えず自分のことばかり考えていることにがっかりしているのである。
 ちなみに、T町長は金庫発見後に退院している。ルンルンなのであろう。

 もう一つ言いたいことがある。福島県知事の佐藤雄平氏や地元原発立地の町長たち。遠くの県まで独断で避難して、マスコミに持て囃されている首長。それぞれ被害者ぶっていて飽きれる。前の佐藤栄佐久知事が安全性が確認できないとして導入させなかった、プルトニュームを燃料に混ぜて使うプルサーマルを3号機で東電に協力して導入しているし、近隣の首長たちもT町長と50歩100歩なのである。間違っては困る、彼らは加害者である。原発で一儲けしようと企んだ加害者なのである。
 

福島第一原子力発電所は東芝製の炉で、請負費を丸投げで上前撥ねて・・・ 




原発現場労働者の叫び




やっぱり原発事故は人災なのだ 




 原子力発電所は、電力会社が作っているわけではない。東芝・日立・三菱などのメーカーが作っているのだ。それを電力会社が運転しているのである。


 福島第一原発の原子炉は東芝製である。原発の仕事は東芝が第一次下請けになる。それが二次・三次と下請け孫請で最も多くの中間業者が入ると、第六次くらいまでいく。第一次の東芝は20%程の上前を跳ねる。次から次と中間業者が上前ハネをするので、最終的に現場で作業する下請け会社には最大で40%程度の経費になるというのである。


 日立も一次下請けであるが、日立はいまマル投げでの上前跳ねはやっていない。福島第一原発の原子炉は東芝制なのである。


 だから下請けなどの小企業では、東京電力から研修センターに職員を出せ、と言われても、その費用も仕事上の余裕もないのである。当然技術者などの後継者など育てられない。だから少ない技術者に仕事が集中する。重要な仕事をする人たちが、仕事にまったく余裕がないからミスや事故が、ヒューマンエラーという形で続発する。




東日本大地震の揺れは、東京電力の耐震設計基準よりも低かった。





 刈羽・柏崎原発がある新潟県で新潟中越地震があって、原発が火事になって騒ぎになった。そのときの地震の加速度(ガル)は2515ガルだった。今回の東日本大震災の加速度(ガル)は2933ガルである。加速度は一秒間に1cm移動することを言うから、マグニチュードが小さくても直下型などで、加速度は大きくなる。


 東京電力発表では、耐震基準を以前の370ガルから600ガルに上げている。今回福島第一原発の6号機で観測されたのが、507ガルである。それで、一号機と三号機は配管破断が発生した、とマスコミは発表した。


 詳しく見ると


 設計基準値では、東西の揺れの限度は448ガルとしてるが、実測は431ガルで17ガル下回っている。南北は基準値限度は445ガルだが、計測は229ガルである。これも155ガルも下回っている。上下は基準値の限度は415ガルダが、計測は244ガルで、これも171ガル下待っている。


 東京電力から言わせれば、今回の地震は「千年来の地震で、想定外であり、人知を超えた災害だ」と言っているが、総て想定内で、しかも津波ではなく、配管破断など初期の段階の事故は地震のみで発生していることを考えると、今回の原発事故は明らかに人災である。





危険地帯に入る作業員がいない





 三号機や一号機の近くの作業は、放射線量が高く、そこに行く職員がいない。まして被爆限度の250msv(ICRPが決めた線量)を作業員が超えると、下請けの労働者などは仕事が出来なくなる。ということは首である。


 東京電力はいま、熊谷組などに作業員の派遣を要請している。熊谷組は都市部の失業者などを勧誘して運び込んでいる。一日3万円ともそれ以上とも・・・ そうして放射線管理者の管理の元ではあるが、初めての仕事に就いて、5~10分と時間を区切った仕事に就いているのである。いままさに日本の、日本人の命がその人たちに委ねられているのである。

原発労働者の恐るべき労働実態  金さえ儲かれば人の命はどうでも良い。 




原発現場労働者の叫び






はじめに 


 福島第一原発から10数キロの地に住む小生は、約5年程前に双葉郡内に住む原発で働く、東電社員、下請け、孫請の労働者の話を多数聞くことが出来た。当時それを纏めておいたものを、今回の原発の世界的事故を機会にもう一度読み返してみた。そこではっきりと見えてきたことがある。何故あのような事故につながったのか、JR西日本の尼崎脱線事故や様々なヒュウマンエラー(人的ミス)などの事故に共通する、金儲け第一主義がもたらすもの。東京電力がやろうとしてきた様々な実態と施策からそれを追ってみたい。





Ⅰ.福島第一原発の事故は人災であるということ





1.原発一基一日止めると一億円の損失





 これは東京電力が、現場の技術者など東京電力社員・下請け社員・孫請け社員など全ての労働者に念仏のように唱えてきた言葉である。現場はこのスローガンに追い立てられて仕事をすることになる。


 東京電力は、原発の原子炉運転稼働率を少しでも上げるために、(80%以上)安全よりも徹底した効率化を労働現場に求めることになる。そういう意味でも原発は、少しの地震の揺れで大事故に発展する状態になっていたのである。事実、地震は加速度(ガル)が中越沖地震以下であったのに、1・3号機は配管破断が起きていたのである。東京電力は、想定外の自然災害を幾ら強調しようとも、今回の事故が人災であることが日を追うごとに明らかになっているのである。





2.3ヶ月の定期点検が2ヶ月に短縮、それも実質1ヶ月に・・・





 第一原発は6基あり、第二原発は4基ある。13ヶ月に一度の定期点検が義務付けられていれば、ほとんど一年中2基以上の点検の仕事が地元に回ってくるわけである。


 原子力発電所の定期的点検は建設当初十三ヶ月に一度で3ヶ月実施していた。3ヶ月のうち実質的な点検は少しづづ短縮し2ヶ月とか1ヵ月半に短縮して来た。定期点検の残りの期間を調整運転と称して運転してしまい、売電する。それが歴史である。


 原子炉にもよるが今は点検期間は2ヶ月である。現場の技術者には原発を止めると1基一日一億円の損失というのが重くのしかかる。僕が5年前に現場の技術者に聞いてまとめた資料によれば、「仕事が忙しくて後継者の技術者を訓練育てる余裕がない」「東京電力は原発で事故やヒューマンエラーがある度にチェックシートを増やして責任を現場に押し付ける。その度にチェックの仕事が増えていく。すると日常の仕事が益々忙しくなるからヒューマンエラーは増えることがあっても減ることはない」「チェックシートが増えてきて忙しく、チェックが形だけで誰もきちんとチェックする人なんていない」といった訴えが並んでいる。


 技術者が少なく、少ない技術者に仕事が集中する。したがって定期点検中は猛烈に忙しくなる。ある下宿屋のおばさんが「原発で働いている人が朝の2時3時に帰ってくる。疲れきっていて食事をしながら寝ている。あんな状態でまた朝普通の時間に仕事に出て行く、原発で事故があるのは当たり前だと思うよ」と証言していた。そんな労働者に日本の安全を任せているのである。それもこれも一日一億円の利益の為の安全の犠牲である。





3.13ヶ月に一度から18ヶ月に一度に、さらに・・・ 





  電力業界からの定期点検の間隔延長の要請に基づき原子力安全保安院は昨年から24ヶ月までの延長を容認し、地元では自治体の合意を受けて18ヶ月に延長することが決まり、実施に移されようとしていた。いま電力業界は26ヶ月に延長することを求めている。


 その定期点検も、以前はたっぷり3ヶ月を要していたが徐々に短縮し、今では2ヶ月程度で、それも1ヶ月も過ぎると、調整運転と称して運転・売電を始めるのである。東電の言う通り原発を止めると一基一日一億円の損失なら、一ヶ月で30億円の利益を上げ、福島第一原発十基で300億円の利益である。


 定期点検の間隔期間延長で、更に150億円程の利益がプラスされる計算になる。





4.定期点検の省略化を後押しする維持基準の導入




 電力会社と原子力安全保安院の合作で、原子力発電所の定期点検に関して維持基準が導入された。僕はこの維持基準というものの細部の技術的な内容については詳しく説明はできない。しかし維持基準が大枠どういう趣旨のものかは理解しているつもりである。


 原子力発電所は、点検をしながら運転をしなければならない。暴れ馬(放射能の核分裂)を制御するのが発電ということになる。だからその制御機能を点検しなくてはならない。その安全には手間とお金がかかるのである。原発には膨大なパイプや様々な機器がある。しょっちゅうパイプや機器の故障があるが、応力腐食割れは年間数ミリ進む。今まで毎回交換していたものを、数年間交換しなくても良いというふうに法律を作ったのが維持基準である。多少の浅い傷などがあっても深刻ではないので、そこの点検は2回のうち一回は省力したり、ボルトなども全部点検するのは大変だから、2回に一回に省力しようということである。このことで今までの膨大な点検の簡素化を合法化してきたわけである。





5.原発は国際的販売競争の渦中に




 原発を作っているのは東京電力などの電力会社ではない。電力会社は東芝や日立や三菱などのメーカーが作った原子炉を運転している、運転事業者である。


 原発メーカーはいま外国に原発を売ることに躍起となっている。国を挙げて国策として諸外国との販売競争の最中である。そのために、いつの世でもそうなのだが”儲かる原発”を買いたがり売りたがる。儲けるためには稼働率を上げなくてはならないから、80%以上の稼働率を目標にしている。安全のためといって点検に時間を費やしている場合ではないのである。





6.3号機はプルサーマルで放射能再利用




 プルサーマルとは、ウランを原子炉で使用した際に精製されて出てくるプルトニュウムを、もう一度ウランと混ぜて原子炉で再利用しようということである。


 プルトニュウムは原子爆弾の燃料で、核分裂の反応がウランと比較しても高く制御が難しいと言われている。今回の震災で3号機は津波が来る前に配管の破断が起こったといわれている。今回の東日本大震災の揺れのスピード、加速度(ガル)は中越沖地震のときよりも小さかった。しかし細管破断は起こった。1号機も同様である。4号機は炉の中に燃料は入ってないので、津波だけの理由による事故は2号機のみなのである。


 プルトニュウムは燃料代はかからない、廃品利用だから無料である。それにプルトニュウムは原子爆弾の燃料なので溜まり続けることには国際的な批判が付きまとう。減らさなくてはならない課題にもなっていたのである。




Ⅱ.現場労働者が原発を運転しているのに・・・





 


 1.5年前に、現場労働者の声(箇条書きで)





 ○若い東電社員が、お前らこんなことも分からないのか、という対応だ、我々           が働いているから原発は成り立っているのに。


 ○90台あるバルブの点検あるが、1台に最低でも5枚のチェックシートか書かなくてはならない。


 ○忙しくて家に持ち込んで仕事をやるしかない。


 ○事故とかあると3~4日家に帰れない。


 ○定期点検が短縮されてとにかく仕事が忙しい。


 ○自分は班長になっていて色々させられるが、技術の新人教育など任せられるが、教育の時間が取れない。


 ○一回ミスすると報告書(チェックシート)が増えると又それだけ忙しくなる。ミスが許されない。


 ○定期点検の短縮で、忙しい仕事の中で教育・点検まで言われるが無理な状況だ。決まった仕事をするだけで精一杯だ。


 ○ミスや事故があると元請が東電から言われるが、苛められるのは下請けなどの現場だ。


 ○売り上げを上げるため定期点検の半分の期間しか点検してない。


 ○測定器1台につきチェックシート4~5枚あって、やるときはそれを何台もやる。チェックシートの記入だけで1~2時間かかる。自分の仕事が出来なくなるので、実際はチェックなんかきちんとやっている人なんていない。


 ○メーカーの人たちなど元請は大変だ、「昨日は10時に帰宅できて良かった」なんて言っていた。


 ○対応策が事故やミスの度に出てくる。それが現場のプレッシャーになるだけだ、これからもヒューマンエラー等の事故は絶対なくならない。


 ○下請けなどで事故・ミスがあると、その会社は原発から仕事を外される。そこで働く人たちは、同じ仕事の別な会社で仕事をしている。何も変わらない。


 ○ミス・事故のたびにチェックシートが増えたり項目が変わったりする。それが忙しくてチェックシートを書くことが目的になってて、実際一項目づづチェックしてる人はいない。


 ○ミスや事故に対する対応策は水平展開だから、どこかで何かあると皆で大変なことになる。


 ○システムはきちんとなっているが、仕事が忙しく出来ない。東電は実際にチェック出来るかどうかよりも、書類としての形が出来ていれば良いという感じだ。


 ○不注意のミスが多い。結局は人の問題なんだ。


 ○東電社員に(チェックシートの)確認貰うのに朝の3時に書類出しに行った人もいる。


 ○東電工業・東電環境では4割カットして下請けに出している。アトックスは2割カット、一番下までは更に中間下請けが入る。


 ○元請の職員もどんどん減って大変みたいで、下請けの社員に東芝の服着せたりしてる。


 ○下請けから東電に人を派遣しろといわれる、社員の半分を派遣させられ、自分たちの会社は別な下請け会社から人を借りている。


 ○中越沖地震で、原発の再開に向けて東電は必死だ。そのしわ寄せで福島が大変になっていく。いまでもシェラウドの交換も先延ばしにしている。


 ○バブルがはじけて社員を減らした。それから社員が育っていない。技術者が育たないのにヒュウマンエラーなんか防ぎようがない。


 ○作業工程を短くされるから2交代が3交代になる。自分も帰宅は12時過ぎること多く、2時とか3時になったり、あまり遅いと家に帰らずそのまま続けて仕事する。後継者なんか育つわけがない。


 ○研修センターに職員を出すように東電から言われるが、元請から4~6割も請負費用をカットされて、下請けは仕事を外して職員をセンターに出す余裕がない。





 現場労働者の悲鳴のような訴えが聞こえる。東京電力に、人の命や安全などはまったく眼中になく、ただひたすら金儲けに突き進む姿勢が、労働者の実態に顕在化されているといえるのではないだろうか。





2.東京電力社員も自由ではなかった・・・




 東京電力社員から人間扱いされていない。という声が多い。しかし、その東京電力社員が過酷な労働環境の中に居る。最近では地元採用と中央での採用者に、能力の点で格差が生じていて、地元採用の社員がついていけてない、という話がまことしやかに囁かれている。社員の自殺を巡って怪文書が出回ったことがある。怪文書は名指しであった。


 僕の知り合いで、55歳でうつ病を発症し退職した人がいる。40歳代で精神疾患で早期退職。毎日12時過ぎに帰宅していて、体調を壊し、出世コースから外れたら5時30分に帰宅できた。など東京電力の社員を巡る噂は枚挙に暇がない。


 東京電力の労働者の支配は、差別と分断を背景にした支配である。



3.清水正孝社長はコストカッターマンというあだ名で。


 どこの企業でもそうなのだが、如何に営業経費を抑えるかが会社としての至上命題である。清水正孝前社長が出世したのは、その手法に対する社内評価が高かったからである。現場労働者は「現場が掃除されてなくて汚い。放射線が高すぎる」と嘆いている。放射能の除洗費用・掃除費まで削っていた。
 東電は新潟中越沖地震の影響で、設備利用率が53%まで落ち込み、08年は900億円の赤字に転落した。09年には修繕費や人件費を徹底して削減し、1600億円の黒字にⅤ字回復をさせている。
コストカッターマン面目躍如だったわけである。その犠牲は原発で働く労働者であり、地域住民であり、日本国民である。


Ⅲ.JR西日本尼崎列車脱線事故など過去の事故に共通する背景





1.スピードアップを求められたJR西日本





 尼崎の列車脱線事故のとき、安全装置(自動制御の)を着けなかったことが問題とされた。JR西日本は他の鉄道会社とのスピード競争に明け暮れていた。1分1秒を争っていたのである。社員がちょっとでも列車を遅らせたら、日勤教育という罰が待っている。カーブでスピードを自動制御する装置など、競争の邪魔以外の何者でもなかったであろう。東京電力が、ECCS(緊急炉心冷却装置)の電源喪失の場合のデイーゼル発電機を、津波が来ても安全な格納容器の中に移す経費が大変なために波の来るところに放置したのと背景にある思想は同じである。(金儲けのためには人の命や安全などは無視して進んであるのである)だから今回の福島第一原発の事故は人災なのである。同時に日本にある原発全てに同じ事故を発生させる危険性が迫っているのである。もっというと、航空機や列車や食品など様々なものに同様の危険が迫っている。





2.60年代の三池炭鉱炭塵爆発も背景に共通点が・・・





 炭鉱での採炭作業には炭塵ご舞う。作業の安全は採掘トンネルの崩落を防ぐ工事と、火に触れると爆発する炭塵に水を散布することが避けられない。三池炭鉱の炭塵爆発は、採掘した石炭をベルトコンベアーからベルトコンベアーに移す際に石炭が移るのに炭塵が舞うので、そこに保安員が散水するのだが、その保安員を合理化で減らしたのである。トンネル内に充満した炭塵に引火して、大爆発が発生したのである。これも金儲けに奔走した三池資本が、安全や人の命よりも金儲けを優先させた結果である。





3.社会の仕組みに問題はないか?問われる企業・社会





 今の社会で起きている様々な事故・ミスその背景を冷静に分析していくと、今の社会の有り様、企業が金儲けをするのは当たり前とするこの現状。しかし、それが声高に当たり前と叫ばれる今の社会の中では、そうであれば原発事故が起きても当たり前なのである。事故が起きるのはダメだが、安全よりも金儲けを優先するのは構わないというのでは、矛盾である。だから、こんな事故は二度と起きてはならない。起きない社会を作ろうと思えば、企業の野放し金儲けは辞めなくてはならないのである。





あとがき





 福島第一原発の事故は、世界中に衝撃を与え、いまなお日本中に放射能汚染を拡大し続けている。僕は3月12日の原発事故による避難勧告を受けて(私の町には半日遅れの勧告)病弱な家族を抱えて、今約100キロ離れた地まで避難し、公的な住宅に仮住まいしている。


 友人の何人かが避難所で暮らしている。避難所では東京電力の関連会社の職員を中心に、世話役係をやっているという。そこに大量の支援物資が、東京電力と大書されてくるという。原発の事故で住んでいる古里を追われ、我が家を捨てさせられているというのに、その張本人である東電の物資に頼らざるを得ないその心情と屈辱を思う。避難所に東京電力から役員が手分けして謝罪にきているという。世話役係は「今日は文句を言う機会ではないので、別な日に言ってください。今日は拍手で迎えましょう。また帰るときは、感謝の拍手で送ってください」と言われ従わされている。


 金と権力で、人の心まで支配しようという電力会社のやり方は、あの大事故を起こした前も、そうして今もまったく変わりが無い。それは、日本中の大企業・電力会社に共通していることでもある。そうであれば日本全国に存在している全ての原発にいま、いつ福島第一原発と同じような事故が起こる危険性を孕んでいるということなのである。


 自由社会という言葉がある。何が自由なのかと考えたら、自分のことではなかった。企業が金儲けをする方法が自由なのである。今回の福島第一原発の大事故をつぶさに見てきて思うのは、人の命や安全など眼中になく、金を儲けることのみに突き進む企業の姿である。今回の東日本大震災と福島第一原発の事故は、日本社会のあり方、特に企業の利益追求のあり方に対して、「このままこんなことをしていたら日本の社会は崩壊するぞ」という警告を発しているのである。

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